3 / 11
3 狂信者を作り
しおりを挟むスラム育ちの少年は、数日前まで使ったこともない剣を振っている。雑な扱いしかまだできないが、それでも弱い魔物倒すことはできるようになった。
勇者に拾われたスラム育ちの者たちは、5人一組になって弱い魔物に立ち向かう。その中の一組に少年も入っている。
5人が徐々に追い詰めたゴブリンは、もうすでに虫の息。それを、少年が剣を叩きつけるようにして振い、絶命させた。
「やった。勇者様!僕たちやりました!」
笑顔で勇者のもとまで駆ける。それに気づいた勇者は、微笑みを浮かべて彼らを出迎えた。
「怪我はないかい?」
「はい!勇者様、僕たち魔物を倒すことができました!」
「そうか、よかったね。」
「はい!これで、勇者様のお役に立てますか?」
「そんなことしなくたって、君たちは世界の役に立つんだ。それは、僕の役に立つと同義だよ。無理はしなくていいからね。」
「無理じゃありません!僕、勇者様のためだったら何でもします!」
人間らしい生活・・・綺麗な衣服、満腹になれる食事を提供してくれた勇者に、スラムから付いてきた者たちは絶対の忠誠を誓った。だから、勇者のためになることなら進んでやりたがるのだ。
「僕、あの日助けてもらえなかったら、勇者様に出会っていなければきっと死んでいました。それくらい、ご飯にありつけなかったんです。だから、この命は勇者様に捧げます!」
少年の嘘偽りのない言葉に、一瞬驚いた様子の勇者だったが、すぐに微笑んで少年の頭をなでた。
「ありがとう。」
「はい!」
喜ぶ少年の顔を見て、勇者はその瞳に悲しみの色を浮かべた。それを見ていたのは神官ただ一人で、その神官は恍惚の表情を浮かべる。
「勇者様・・・あなたという人は・・・」
少年が放った、勇者に命を捧げるという言葉。勇者の脳裏には、勇者をかばって死ぬ少年の姿が浮かび、それを思って悲しんだのだと神官は解釈する。
「誰にでも分け隔てなく接するあなた様は、やはり素晴らしい。」
「神官、ちょっといいか。」
浸る神官に声をかけたのは、騎士の男だった。
神官は若干眉をひそめながらも、騎士に顔を向ける。
「なんでしょうか?」
「このままだと、金が足りなくなる。」
「・・・・・」
町や村を周って、貧しい人々を吸収して大きくなった勇者一行は、総勢300名を超える。今まで金の問題が出てこないだけ、城から必要経費はもらっていたがそれも限界のようだ。
「今の人数なら、何とか持つ。だが、これ以上増やされると流石に金が足りない。勇者に相談するべきだろう。」
「・・・その必要はありません。」
「しかし!このままでは・・・」
次の町にも立ち寄る予定だ。そこにも貧しい者はいるだろう。勇者は貧しい者がいれば、また救いの手を伸ばす。止めなければ、勇者に相談しなければならないのは明らかだ。
「勇者様の御心を乱すわけにはいきません。救えない苦しみをあの方に味わっていただくなど、ありえない。」
「だが、そうするのだ?金のあてでもあるのか?」
「あてはありますが、流石にこれ以上の人間が増えると統率も危うくなります。」
「なら、ますます勇者に言うべきじゃないか。」
「・・・」
焦る騎士に、神官はぞっとするような笑みを向けた。
「ようは、救う相手がいなければいいのです。」
「は?」
次の町に着いた勇者は、そこで大量の死体を目にした。
たまらず眉を顰める勇者に、神官は悲し気な表情で勇者を見つめた。
「流行り病のようです。どうか、お近づきになりませんように。」
「・・・わかったよ。ここで祈りをささげることとしよう。」
その場に跪いて祈りを捧げる勇者に続いて、スラム出身の者たちもたどたどしく祈りを捧げる。もちろん、神官も同様に祈りを捧げている。
周囲を警戒するために祈りに参加しなかった騎士の男は、青ざめた顔で神官の背中を見る。彼には、神官が流行り病に見せかけて貧しい者を殺したようにしか見えなかった。
「狂信者・・・」
「どうかしたの?」
「いや、なんでもない。」
女騎士に不思議がられたが、結局彼は何も話さなかった。
それから3日ほど流行り病の死体を見て、そのたびに勇者は祈りをささげた。そのとき、ポツリとこぼした言葉を神官は拾う。
「君たちの犠牲は無駄じゃない。」
犠牲・・・流行り病の犠牲という意味とは思えず、神官は頭を巡らした。すると、勇者が城で行った粛清を思い出した。
悪意を減らさなければならない。人の悪意が多ければ、祝福の力は減少する。それはつまり、勇者が弱くなるということ。
そして、貧しいものたちは、そのほとんどが罪に手を染めていた。それは、人の悪意だ。
あぁ・・・間違っていなかったのですね。
神官は、自らの血に染まった手を眺めた。実際にはその手に血の一滴も付着していないが、人を殺したその手は血に汚れているように神官には見えた。
もっと、この手を汚さなければ。勇者様のために。
「悪意を、減らさなければなりませんね。もっと。」
神官の呟きを聞いて、勇者は神官に微笑みかけた。
「そうだね。全ての悪意を消せば、きっと人は・・・幸せになれる。生きられるんだ、理不尽な死の恐怖に苦しめられることなくね。」
「わかりました、勇者様。私のやるべきことが見つかった・・・」
たとえ、人に理解されなくても、勇者様が理解してくださるなら。
人類を救うために、勇者様のために、私は手を汚し続けましょう。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
ニートの俺がサイボーグに改造されたと思ったら異世界転移させられたンゴwwwwwwwww
刺狼(しろ)
ファンタジー
ニートの主人公は一回50万の報酬を貰えるという治験に参加し、マッドサイエンティストの手によってサイボーグにされてしまう。
さらに、その彼に言われるがまま謎の少女へ自らの血を与えると、突然魔法陣が現れ……。
という感じの話です。
草生やしたりアニメ・ゲーム・特撮ネタなど扱います。フリーダムに書き連ねていきます。
小説の書き方あんまり分かってません。
表紙はフリー素材とカスタムキャスト様で作りました。暇つぶしになれば幸いです。
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる