悪魔勇者

製作する黒猫

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2 疑わしきものは処刑

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 その者がどういった者だったのか。

 歴史に名を遺すほどの者は、どういった者だったか?あの人はどういう人か?



 すべて、他人の評価でしかない。



 その他人の評価で、勇者は後に悪魔と呼ばれた。彼の行いが、どういう意図によるものだったかは考えられず、行ったことの非道さで、悪魔と呼ばれる。



 すべて、彼は承知していた。







 勇者召喚も行われた謁見の間で、勇者は王の前に悠然と立ち微笑んだ。



「そろそろ魔王討伐に赴こうと思って。そこで、城の不安要素を排除したいと思い、一つお願いがあります。」



 そう言って、勇者は手元の紙束を周囲にばらまいた。

 魔法でも使ったのだろう、その場にいる全員の手元に舞い落ちる紙。そこには、多くの名前が列挙されていた。



「これは?」

「君たちは、魔王についてどこまで知っているのかな?まさか、魔物と同列だとは思ってはいないだろうね?」



 質問には答えず、勇者は魔王について語り始めた。



「魔王は、魔物の力と人間の知性を併せ持った存在なんだ。そして、人をよく理解し、人をそそのかす天才でもある。魔王と戦うのは、国を相手にするのと同じだ。国同士の争いでは、諜報員とか、工作員とか使うでしょ?」

「・・・まさか、この者たちは・・・!」



 どよめきが広がる。

 つまりは、魔王の手先の名前が列挙されているという話だ。



「こんなにも!?」

「いいえ。真実がどうかは僕にはわからないよ。ただ、彼らは己の欲に従って動いていると、僕は判断した。それは、利己的で、今の人間にふさわしい態度ではないよね?」



「今、人類は苦境に立たされている。強大な敵と対峙しなければならない。一致団結するべき時が来たというのに、それが分からない人間がいる。このままだと、僕は安心してここを出ることができないからね。」

「それはそうだが・・・あまりにも多すぎる。中には高位貴族、政治の要を担う者もいる。全てをどうこうするわけには・・・」



「疑わしきは罰せよ。」

「・・・!」



 勇者は微笑みを崩して、視線を下げる。悲しげな表情だ。



「こんなこと、僕だって本意ではない。だけど、正しい行為をしなければならない。己の感情に任せ、慈悲を与えることは・・・新たな悲しみを別の人に植え付ける行為でしかないんだよ。」

「勇者・・・」

「全ての人が、笑って穏やかに暮らせるのならば、どんなにいいことだろう。彼らだって、今は間違えているけど、いつかは正しい道に戻れるかもしれない。しかし、それを待っている余裕はない。」



「祝福の力は、人の善意によって、増減するもの。悪意を減らさなければ、いつか悪意は善意を上回り、僕は力を発揮することも困難になる。わかってくれるよね?」



 誰よりも痛ましそうな顔で願う勇者は、集まった者たちの中で一番それを望んでいないように見受けられる。だが、実害があるから仕方がないのだ。

 それを見て、王の意見は決まった。



「悪意を減せ。」



 それから1週間で、100人近くの死体が出来上がった。

 勇者は、死体が出来上がる度に祈りを捧げる。



 それを、人々はどこまでも哀れに思う。

 慈悲深い勇者を苦しませているのは、目を背け続けた自分たちのせいだと、己を責めた。







 いよいよ、勇者が魔王討伐に向かう日が来た。

 用意された馬車に、用意された仲間たちと共に乗り込んだ勇者は、首にかけてある懐中時計のような金のペンダントのふたを開けた。



「千里の道も一歩から・・・とは言ってもね。」

「勇者様、それは?」



 仲間の一人がペンダントについて聞くと、勇者は悲しげな顔をしてふたを閉じた。



「知らない方がいいこともあるよ。これは、呪いなんだ。」

「呪い!?そ、そんな・・・今すぐそれを外してください!」

「そんなことに意味はないよ。それよりも、君たちの話を聞かせて。どんなところに生まれて、どんな風に生きて、どうして僕と共に危険な場所へと向かうのかを。」



 勇者を召喚した神官。

 彼は、勇者を信仰の対象にしている。



 城に努める騎士。

 彼は王命に逆らえず、その命を懸ける。



 同じく城に努める騎士。

 彼女は、さらなる昇進のため、その命を懸ける。



 王族に使える暗殺者。

 彼は、王族の命令に従うのみ。



 老齢な魔術師。

 魔術を極めた彼に思い残すことはなく、未来ある者たちのため彼は命を懸ける。



 嘘偽りなく、彼らは勇者に答えた。

 勇者に絶対の信頼を寄せる彼らは、勇者に嘘をつこうなどという発想はない。





「そう。それぞれ違った理由があるけど、目指す先は一緒だ。これからよろしくね。」



 勇者は自らのことは語らずに、ただ挨拶を交わす。それに何の疑問もなく、彼らは勇者の微笑みにつられるようにして、にこやかに応えた。



 彼らには、勇者がとてつもなく慈悲深い存在で、彼が世界を救う理由など必要ないと思い込んでいるのだ。だから、聞く必要がないと。







 勇者一行を乗せた馬車は、数時間ほどで町に着いた。

 まだ先に進めるが、勇者は立ち寄れる町や村には立ち寄りたいと願ったため、その町にも立ち寄ることになった。



 王都よりは小さいが、それでも他と比べれば大きな町。

 馬車を下りて、大通りを歩く勇者は、とある場所を見て非常に痛ましそうな顔をした。



 建物と建物の間、光の射さない暗闇にうずくまる男。ボロをまとっている、裸同然の子供たち。

 そこは、スラム。大通りに面したところに、このような入口があるとは勇者も思っておらず、足を止める。



「あぁ、可哀そうに。」



 彼らは何も悪くない、だが彼らは明日を生きられるかもわからない存在だ。



「勇者様・・・」



 スラムへと歩み寄る勇者を、神官は恍惚とした表情で見つめる。



「やはり、あなた様は神よりも慈悲深い。神が見捨てた人にですら、あなたは慈悲をお与えになる。」





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