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1 新たな生命の誕生を憎み
しおりを挟むどこにでもあるような話。
魔物が現れて人を襲い、その魔物を統率する魔王が人類を滅ぼそうとしている。
勝てない。人類にあるのは勇者召喚という希望のみ。
世界名「ドルミート」にある人間の国の一つ、アーカン王国。そこで行われたのは、勇者召喚。後世には悪魔召喚と伝えられる儀式だった。
疑り深い王のもとで行われた勇者召喚の儀。王と第三王子から第七王子の王族と、王都にいる貴族、騎士、その他もろもろの者が参加した儀式は、成功した。
「勇者様・・・」
部屋の中央に強い光が発生し、それが消えるとともに現れたのは一人の男。目を瞑っている男は、つぶやきを聞いてゆっくりと目を開けた。その目は、髪と同じでどこまでも深い黒。
それを目にした、召喚を実行した神官は涙した。
男の瞳に浮かんだのは哀れみ。それをどう解釈するのかは人それぞれだが、神官は男をどこまでも慈悲深い存在だと認識した。
「どうか、我々を救ってください、勇者様。」
神官は、気づけば頭を垂れて跪いていた。
本当なら、この世界の状況などを説明する予定で、その説明によってこの世界の危機的状況を理解してもらい、救ってもらう予定だったのだ。でも、それは必要ないと感じる。
この方は、救ってくださる。
神官が言葉を発してから、誰も動かない。固唾をのんで状況を見守っているので大勢の人間がいるにもかかわらず、異様に静かだ。
その沈黙を破ったのは、男だ。
「僕は、何をすればいい?相応の代価を払えば、僕はできる限り君たちを救ってあげるよ。」
にっこりとほほ笑んだ男は、周囲を見渡す。男の顔を見た者たちは、自分たちは救われるのだと確信し、ほっと息をつき胸をなでおろした。
「君たちの望みを聞かせてよ?」
「発展?それとも、魔王の排除?君たちの望む未来は、どんなもの?」
「魔王を!」
「魔王を、討ってください!」
「勇者様、どうか、魔王を!人間を滅ぼさんとする魔王を、悪を、討ち滅ぼし下さい!」
「魔王におびえない生活を、お与えください!」
周囲から上がる声を聞いて、男は・・・いや、勇者は頷いて答えた。
「わかった。この僕が、勇者となって魔王を倒すよ。それが君たちの願いというならば、召喚された僕はその願いを叶えてあげよう。」
・・・相応の代価はもらうけどね。
勇者は、すぐに魔王討伐には行かず、しばらく城に滞在することになった。
勇者のために開かれた歓迎パーティー、勇者に会いに来る人々。勇者の世話をして快適な生活を提供する使用人。全ての人に穏やかに接する勇者のことを、勇者に出会った人々は好意を持ち、彼なら魔王を倒し平和な世界を与えてくれるという確信を持った。
朝。朝食を勇者の部屋に運ぶため、侍女が勇者の部屋を訪れた。
勇者は、部屋のソファに座って侍女に微笑む。
「いつもありがとう。」
「いいえ。では、準備をさせていただきます。」
「よろしく。」
勇者の前にある机に、手順通り朝食を並べる侍女。それを待っている間、勇者は首にかけている手のひらに収まるサイズの懐中時計のような金のペンダントを開いて見ていた。
「また、増えた・・・」
「?いかがなさいましたか?」
「いや、何でもないよ。」
パチンと、ふたを閉じると勇者はそのまま侍女の支度が終わるのを微笑んで待つ。侍女は不思議に思ったが聞くことはせずに、自分の仕事を終わらせた。
「何か、変わったことはあるかな?」
「そうですね・・・今朝、第三王子のお子がお生まれになりました。」
「へぇ、それはおめでた・・・」
おめでたいことだね、と言おうとしたのだろう勇者の言葉が止まった。
「勇者様?」
「・・・そういうことか。」
「はい?」
「申し訳ないけど、宰相殿にお会いできるよう取り計らってくれないかな?」
「承知いたしました。」
唐突に何をとは思った侍女だが、朝食の支度を終えるとすぐに行動に移した。
そのおかげで勇者は、朝食後すぐに宰相と会うことが叶う。
宰相自ら勇者の部屋に訪れる。
簡単な挨拶を済ませて向かい合って座ると、時間が惜しいとでもいうように勇者は本題を口にした。
「一つ、お願いがありまして。」
「どのようなことでございましょうか?何か生活に御不満がございましたら、すぐに対処させていただきます。」
「いいえ、今の生活には満足しているよ。話とは、僕の操る力に関してのことで、皆・・・すべての人間の協力が必要になることなんだ。」
「勇者様のお力・・・我々がお手伝いできることがあるのならば、ぜひ協力致します!」
「ありがとう。僕の力の源は、神の祝福なんだ。」
「神の祝福・・・なんと、聖なるお力でしょうか。」
「ですが、神の祝福とはすべての人間に与えられるべきもの。それは、祝福の恩恵を受けるのは僕だけではないということなんだ。そして、与えられる祝福には限りがある。」
「勇者様だけではない・・・すべての人間に与えられるもの・・・」
「そう、君たちは知らずに祝福の力を消費しているんだ。普段はそうあるべきだと僕も思う。けど、魔王を倒し僕がこの地を救って去るまでは、その力を僕にすべて使わせて欲しい。」
魔王を倒すという偉業をなすには、いつも以上の祝福の力が必要だと勇者は言って、なるべく自分以外の人間には使わせないようにお願いをした。
「しかし、どうすれば勇者様以外が祝福の力を使うことを止められるのでしょうか?我々はその力を。」
「簡単なことです。子を授かる行為を行わなければいい話です。」
「子を授かる行為を?」
「はい。子を授かるということは、祝福の力を使ったということなのです。もちろん、本人たちにそのつもりはないでしょうが・・・」
勇者の説明を聞いて、子を授かることが祝福の力を使う行為だと信じた宰相は、すぐさま動いて法を作った。
「これで、多少は抑えられるかな。」
首に下げたペンダントを手でもてあそんで、勇者は一人窓の外を眺めた。
誰もいない部屋で、勇者はどこまでも無感動な顔をして、城下を眺めていたがそれを知る者はいない。
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