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第19話 増やされる少女

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 エレベーターの扉が開く。てっぺんと違って地下は広かった。でも、それは用意された空間だけの話で、実際に身動きできる空間はてっぺんよりかははるかに狭い。稼働し続ける機械とそれを動かしているであろう歯車の音が響いている。そしてその機械は何かを作り出していた。

「これは私?」

 ひとつひとつのパーツ単位でしかないので間違いないとは言えないが、その形には見覚えがある。

「そうです。ここはアンドロイドを作る場所。ここでは主に戦闘用……つまりあなたと同じ型の子たちを作っています」
「そう。ここで作っているから、ここに戻ってくるように仕組めるのね。それでこれを見せてどうしようっていうの?」

 自分たちがどこかでこうやって作られているのは知っている。でなければ、仲間があんなにも補充され続ける訳無いのだ。だからといってそれを見せてどうしようというのかは分からない。

「目的地はここではありません。もっと奥深くです。ここはこれまでのこと。見せたいのはこれからのことです」

 次々と作られていく自分と同じ姿の者たちを、少女は不思議な気持ちで見送りながらお姫様へついていく。そんなお姫様を見ながら考える。同じ型でもこんなにも歩き方も違えば考え方も違う。それこそまったく違う存在だと認識できる。それは不思議なことに思えた。今から生まれる新しいアンドロイドたちもそれは同じ。似たような経験もするだろう。もしかしたら意識覚醒するものもこの中にはいるのかもしれない。でも、彼女と自分は違うものだと。そう言い切れる自分を少女は疑問に思う。

 何が自分を形成していて、それがどう異なっているからお姫様と違うのかと。考えても答えははるか遠い場所にある気がした。

「不思議なことを言うのね。さきほどまでの言葉を聞いていると現状を維持したいかのように聞こえたのだけれど」

 人間社会の維持を目的としている管理者が未来を見据えているのかと疑問に思わないでもない。

「そうですね。そう思います。私も昔は維持を続けることだけでいいと思っていました。そしてそれはいずれ限界は来るのことも知りませんでした。来たとしても創造主に作られた自分であればきっと乗り越えられると。そう思っていました。ただそれは幻想でした。私には力が足りなかったのです」

 お姫様は何かを思い起こしている様に見えた。それも最近のことではない。はるか昔のことを。

「人間社会を維持するために必要なことは行います。しかし、それには犠牲がつきものなのです」
「それがセントラルの外のアンドロイドたちだと?」
「そうですね。彼らもその一部です。そしてあなたも。それがこの世界を残すための最適な手段だと思っているからそうしているのです。あなたが気にしていることも理解できます。しかし、それだけでは世界は成り立たないのです。そこはいずれ分かってもらうしかありません」
「それが理解できる日がくるとは思えないのだけれど」
「今はそうなのでしょう。だからこそ、この先のものを見てもらいたのです」

 お姫様は自分の三倍はあろうかという扉の前で立ち止まった。扉に意匠が施されているあたり、特別なものに見える。よく見てみるとこの扉だけ古いようにも見えた。

 お姫様はその重たそうな扉をゆっくりと開けていく。建付けも悪くなっているのか、ギギギと鈍い音を立てながら開いていくその先はまた違った光景だった。

 所狭しに並んでいるのはカプセル状の機械。少女くらいなら楽に入ってしまいそうなそのカプセル。その中には緑色の液体が満ちていて何かが浮かんでいる。緑の液体は濁っているため遠目からではなにか分からない。カプセルには太いケーブルが何本も繋がっている。そこから何が送られているのかはまったく見当もつかないけれど、それがカプセル内にある何かのためなのは分かる。

「これは一体なに?」
「これが次世代のアンドロイドです。私たちが一歩先の世界に行くために必要なものなのです」

 お姫様がひとつのカプセルに近づいていく。濁った液体に入ったそれの解像度が徐々に上がっていく。

 そこにいたのはお姫さんと似たアンドロイド。そしてそれは幼い姿をしている。

「これは?」
「こちらもどうぞ」

 ひとつ隣のカプセルへ移動する。そこには同じようにアンドロイドが入っているのだけれど、それは先ほどのアンドロイドよりもさらに幼く見える。

「どういうこと? こんなに年齢のパターンを作ることに意味があるの?」
「そうではないのです。この子たちは成長しているのですよ」

 お姫様の言葉をそのまま信じることはできない。アンドロイドが成長することはない。悠久の時を同じ姿で過ごす。少女自身もどれくらいの年月を過ごしてきたか覚えてはいない。時間という感覚が希薄。それがアンドロイドの共通点のはずだ。

「これが私たちの進む新しい未来なのです」

 お姫様は確かに希望に満ちた顔でそう言葉にした。
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