三題噺を毎日投稿 3rd Season

霜月かつろう

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編纂者・原宿・アイスキャンディー

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 原宿。
 自分には縁もゆかりもない場所。おそらく一生の間で訪れることはない。そう思っていた場所。それがどういうことだ。今この時。その場所に足を踏み出した。
 偉大な一歩を踏み出すというのはこんな時のことを言うのだろうか。いや、言うはずもない。なぜって、同じように電車から一歩を踏み出だす人が大量にいるのだから、偉大なはずもない。
 流れに逆らわずにいると自然と改札へと導かれるのだから不思議なものだ。自分の意思を持つ必要もない。それは別に原宿に限ったことではない。上京してからそれが楽でもあり、難しいところでもあった。今回のようにとにかく改札から出たいだけであればいいのだけれど、目的地から一番近い改札からでなければならないとき(特に新宿駅とかだよ)は意思を持たなくてはならない。けれど、持ったからと言って目的地にたどり着けるとも限らない。
 今はすっかり慣れたけれど最初のころは心が折れた音を聞いたことが何度もあった。
 さて。
 そう改札から出た先を見渡す。あらかじめ地図は頭の中に叩き込んでいる。目指すアイスキャンディー屋はここから遠くないはずだ。
 仕事でアイスキャンディー屋に出向くことになろうとはついこの前まで想像もしていなかった。すっかり中年になって仕事も慣れを超えて惰性になっていた。
 それが。当然部署異動。それも他業種へだものな。勘弁してほしいものだ。
 結局原因はわからずじまいだ追求したいとも思わなかった。仕事に執着もなにもしていないのだと気が付いたのはその時だ。
 であれば何のために働いていたのだろうと疑問に思った。考えれば考えるほど深みにはまっていったとはまさにあの時のことを指すのだろう。
 だからと言って辞める選択もできない。やりたいこともない、貯金も潤沢とはいいがたい。スキルも経験も活かせる場所を求めるつもりもない。であれば会社が下した決定を素直に受け入れることが自分の生き方だと割り切った。
 いよいよ異動後初の、仕事の始まりだ。いきなり外仕事だとは思いもしなかったがそれが編纂者としてのありかただと、年下の上司から説かれたらその通りですとうなずくしかない。
 実のところワクワクしていた。
 仕方なくとはいえ新しいことを始める自分に。それは上京したての右も左もわからんかったあのころと少し似ている。不安も抱きつつ、見知らぬ何かが起こることを期待している。
 そうなればやっぱりこの一歩は偉大な一歩なのかもしれない。
 そう中年には少しばかり目が痛くなるような街の中へと踏み込んだ。
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