三題噺を毎日投稿 3rd Season

霜月かつろう

文字の大きさ
上 下
136 / 145

パスカル・悪代官・反復横飛び

しおりを挟む
「はっ。はっ。はっ。はっ」

 悪代官みたいな笑い方が室内に響く。注文どおりの笑い方に発注した側が驚いている。まさに悪代官がそこにいる。大きな身体に突き出したお腹。普段から運動をしないことを体現しているその姿に全員が視線を送っている。

「……次のセリフなんでしたっけ?」

 笑い終わったあとに悪代官みたいなおじさんは困った様子でそう続けた。なんだこの落差は。その展開についていくことがだれもできない。さきほどもそうだった。悪代官みたいに笑ってください。たしかにそう指示をした。指示しなくちゃいけなかったのはあまりにも棒読みな笑い方だったからだ。

 それまでのセリフは完璧とは言えないものの上出来と言ったところだった。でも笑い方だけがどうにも気になってシーンを止めたのに。笑い方が完璧になった途端、他のセリフが飛んだ。

 まるで反復横飛びみたいな人だ。どっちかにしか寄れない人。そんな印象をこの短い時間で与えてくる。さっきまで出来ていたことが全くできなくなって。代わりに出来なかったものが出来るようになった。振れ幅がすごい。すごすぎる。

「次も期待してますよ。社長……です」

 短いセリフだ。忘れるようなタイミングでもない。

「ああ。でした。でした。そうでした。もう一度お願いします」

 その言葉で仕切り直しが始まる。時間を巻き戻すようにセットを元に戻していく。周りのキャストも準備を整えシーンの始めから取り直しだ。

「はっ。はっ。はっ。はっ」

 そのセリフに全員がまた固まった。けれど、それは先ほど違う理由。悪代官がどこかへ行ってしまった。まるでパスカルみたいだ。そうつぶやいたら、それってラスカルですよと突っ込まれた。

 悪代官がいなくなってしまった現場に訪れる戸惑い。きっとどっちを取るのか悩んでいるのだ。この感じだと反復横飛びを繰り返すことになりそうなのだ。そりゃ悩む。どっちもできたりしないのかい? と問いかけたいが問いかけた結果どちらも失ってしまいそうな危うさもある。

 どっちをとってもどっちもどっちだ。悩みどころではある。

「悪代官みたいに笑っててください。ずっとです。それで行きましょう」

 セリフは言わなくもいい。そういう決断だった。ずっと笑ってれば画《え》になるってことか。

 まったくいい身分だよ。

「はっ。はっ。はっ。はっ」

 そう室内に響き渡るのをただ聞いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》

小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です ◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ ◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます! ◆クレジット表記は任意です ※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください 【ご利用にあたっての注意事項】  ⭕️OK ・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用 ※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可 ✖️禁止事項 ・二次配布 ・自作発言 ・大幅なセリフ改変 ・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...