三題噺を毎日投稿 3rd Season

メカニック・不正出金・バスソルト

　メカニックとして優秀な人だった。

　とてもじゃないが他の人が何人も集まっても彼ひとりの補完をできやしない。それくらいに彼の技術も知識も人柄も、誰にも真似はできない。

　そしてそれをみんなが知ったのは彼がいなくなってからだ。

「これでどうすりゃいいんだよっ」
「知るかっ。とりあえず手を動かすしかないんだよ！」
「アレ何処に置いたんだ！　誰か知らないか！」
「おい。一号機動くぞっ。そこ通るからすぐにどくんだ」

　現場は大混乱だ。すぐに工事を再開しなくてはならないのにすべてを影で統括していた彼がいなくなったばっかりにすべてが混乱している。

　そもそもだ。彼は目立たない人間だったのだ。それがすべての原因だったりもする。彼がやっていた偉業の数々を誰もが知らなかった。その結果が現状。

　始まりは不正出金だった。工場のお金が消えていたのだという。その犯人探しが始まったあたりから様子がおかしくなった。工場全体の空気がおかしくなっていき、彼の機嫌も損なわれていった。そもそも環境がいいという理由だけでいついていた人だ。それが居心地が悪くなればなるほどいる意味もなくなっていく。

　気がつけば彼の心は違う場所に移し終えていたのだ。それを止めるにはちょっと動きが遅かった。それは今でも悔やまれることだ。けれど、こうなってしまった今は仕方がない。

　彼の代わりになれるだろうか。いや、ならなくてはならないのだ。

　彼のことを唯一、見続けていた者にしかできないことのはずだ。

　それにしても。彼の去り際にバスソルトをプレゼントしてくれたときは驚いた。彼もまたこちらを見てくれていたのだ。

　居心地が悪いのもどうにかしたい。不正出金の犯人が自分だとしてもだ。