三題噺を毎日投稿 3rd Season

霜月かつろう

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昔話・野生・哺乳類

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 その先生は昔話をするのが好きな人だった。

 授業が脱線するのなんて日常過ぎて、誰も疑問に思わなかったくらいだ。だれも集計を取っていないけれど、きっと授業の半分位は関係ない話をしていたに違いない。

 先生はもうすぐ引退まじかのおじいちゃん先生だったのだけれど、その若々しい見た目のお陰でそんな風に呼ばれたことは一回もないはずだ。だいたいみんな強面とかカタギじゃないとか、そんなとても教師とは思えない呼び方をしていた。それも先生に直接いったツワモノはいないはずだ。みんな影でこっそりと言っていただけ。

 そんな見た目がおっかないのと正反対にしゃべるのが好きな先生だった。生物の先生だったのだけれど、昔は野生のライオンに会いにアフリカまで行ったりだとか、実際に触ろとうして腕を噛まれただとか、そんな話を淡々と、けれど文脈は面白く、聞いていてドキドキする話し方で延々と話すのだ。

 そんな先生なのだから当然のように人気はあった。年が離れているのもあってみんな尊敬するおじいちゃんに接するように懐いていた。

 だから、これはその結果なのだ。たくさんの人が黒い服を着てズラッと列を作っているのをその列の一員になりながら思うのはそんなこと。

 未だに信じられないし、周りもおんなじだと思う。泣いている人は少なくて、笑っている人が多い。それも先生の話題をしながらだ。語りたい話が沢山あるんだなと思う。

 それにあの先生がもういないだなんて誰もが信じられないのだ。たとえその知らせを受けたって、すぐにでも棺桶から出てきていつものように淡々と授業に関係ない話をしだすに違いないと、どこかで思っている。今はその前フリの時間でしかない。そう思うのだ。

 誰かが先生は哺乳類の中でも最強だからさ。そう言ったのが耳に入ってくる。確かにそうだ。ライオンに腕を噛まれてカッとなってライオンを投げ飛ばして振り払ったなんて哺乳類を他に知りやしない。

 ただの病気に負けたなんて、信じられっこないんだ。

 でも、時間が経つにつれて帰りを迎えた人たちの中に泣いている姿を見始めたかころ、不安が段々と押し寄せてくるのが分かる。きっと先生を見てしまったら受け入れてしまうのだろう。

 同時に先生の言葉が蘇るのだ。

『どんな生物にも終わりは来る。それは個体としての終わりだ。けれど、キミたちにはつなげる先がある。当然私にもだ。そしてそれはキミたちのことでもある。だから、いつかこの言葉を思い出して私の話したことを少しでも次に繋げてくれるのであれば私は笑っていられるのだと思うよ』

 最後の授業の昔話の締めくくりがそれだった。結局最後まで授業と関係ない話をし続けたなと思った。その内容は覚えていないが、その言葉はきっと大勢の中で今も生きているのだ。

 そう思い出しながら見たこともないようなくらい笑顔な先生に向かって手を合わせた。
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