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パトラッシュ・激辛・誘拐

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「パトラッシュ。もう疲れたよ」
「なに言ってんだよ。大げさな」

 大げさじゃない。疲れたのは確かだ。確かにパトラッシュ、疲れたよだといかにも死んでしまう前と思われるのか。いや、冗談じゃないか。それくらい分かって欲しい。そして同じくらい助けを求めていることも分かって欲しい。

 先輩に突然連れてこられたのはカレー屋さん。お祝いだからと半ば強制的にだ。なんのお祝いかも分からないまま椅子に座らされた。その中には同期も数人いるのだけれど、どうやらお祝いされるのは自分だけだと言うことが話の流れで分かっていった。

 注文もいつの間にか終わっていて、カレーが届くまでの間に、なんのお祝いをするのかも効いて回ったのだけれど誰もが知らないの一点張り。じゃあ、誰が言い出しっぺなのかと聞いても知らないとしか言われない。そうやって心が折れたときに漏れたのがその一言だ。

「おっ。カレー来たぜ」

 次々とテーブルの上に置かれていくカレーを見ていて違和感を覚える。

「なんか僕のだけ色違くない?」

 ひとつだけ明らかに辛そうな色をしている。

「まあ。お祝いだし? 特別の超激辛カレーだよ」

 恒例。恒例。みたいな声もどこからか聞こえてくる。恒例ならなんのお祝いか知ってそうなものだけれど、誰もが無視してくる。

「これを食べなきゃいけないんですか?」
「そう。それが恒例。ちょっと辛いけど、残すとここの店長さんめっちゃ怒り出すから完食してね」

 優しくそう言われたけれど、到底優しくない内容。

 きっとそんなに辛くないんだ。見た目だけだよ、きっと。そう試しに口に運んでみた。

 一口でヤバいのが分かる。口の中がしびれにも似た感覚で何も感じなくなる。いや、そうじゃあい。確かに旨味だけは感じ続けている。それがあまりにも美味しいカレーだと言うことは間違いない。

「おめでとう。これで君もデビューすることが出来た」

 周りが一斉に拍手し始める。それは一体どういうことなのだ。

「このカレーを食べられる人は限られている。そして君はその限られた人に選ばれたんだ」

 辛さと旨さ、そして周りの異様さに頭が混乱してく。これは何がおこっているのだ。

 そんなことを考えている間にもカレーを食べる手は止まらない。身体が食べたがっているのだ。

「次は誰を誘拐してこようか?」

 不意にそんな言葉が聞こえてくる。どういうことだ。誘拐? 次? 僕はどうしてここでカレーを食べているのだ。

 誘拐された? 誰に? この人たちに? いくら考えても思い出せない。次第に考えることもやめる。食べることを身体がやめてくれないから。そうしてどれくらいのカレーを口に運んだのか分からない。辛いと思いながらも気がつけば完食してしまった。

 胃の中がおかしくなりそう。それ以上に身体が次のカレーを求めてもいる。

 パトラッシュ。もう疲れたよ。
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