三題噺を毎日投稿 3rd Season

霜月かつろう

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妖怪・甘い甘い・マルチ商法

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「妖怪なんてほうとうにいるのかしら?」

 部室で先輩が急に話しかけてきた。ずっと本を読んでいることが多い部活動時間で珍しいこともあるものだ。

 ふたりっきりの文芸部。

 部員自体はたくさんいるのだけれど。文化祭の直前。締め切り間近にならないとやって来ない人がほとんどだ。確かに本を読むだけの部活でわざわざ部室に現れる必要はない。昔はがやがやと文章について語り合っていた時代もあったらしいのだけれど。段々とそういうのも減っていった。時世の影響も大きかったと先輩は言っていた。確かにそうだったなぁと、早くも過去になりつつある時代を思い出しながら本を読み続けていた。

 そんなところで妖怪について質問されるとは思わなかったのでびっくりした。確かに先輩が読んでいる本は妖怪の話だ。妖怪が活躍するとか、昔話風にホラーじみたものでもない。ただただ、妖怪について淡々を語っていく本だったはずだ。

 妖怪と呼ばれるものがどうやって生まれたかを検証している本。おそらく読んでいる内に存在自体が気になってきたのだろう。

「この本はいないことを前提として書かれているのだけれど。やっぱりいないことを証明するのは無理だと思うの。実際ここに書かれているのも。本当にそうかなって思うのもいくつかあるし。ほらこれ」

 甘い。甘い甘い匂いが先輩が近づいてくるのと同時にふあわっと漂ってきた。思わずこちらからも近づきそうになって、必死に堪える。

 よくよく思い返せばこの部に入ることを決めたのも、こんな先輩の近づいき方にやられたのだ。

 部員が多いのも、本を少しでも読む人なら誰でもいいからと言われて必死に増やしたから多いだけ。まるでマルチ商法みたいなやり方で本を持っている人に声を掛けさせて部室まで足を運んでもらった。みんな先輩と話すと入りますと言ってくるので驚きでしか無かった。

「ねえ。聞いてる?」

 先輩が距離を更に縮めてくる。いい匂いがさらに強くなってくる。みんなきっとこの匂いにやられたんだ。

「ええ。妖怪はいると思いますよ」
「そうよね。やっぱりそう思うわよね」

 なんだか喜んでいる先輩にどこに視線を向ければいいの分からずにキョロキョロしてしまう。

「ねえ。なんでいると思うの? 教えてほしいな」

 妖怪は先輩ですよ。多くの人を惑わす妖怪。

 とてもじゃないけれど。そんなこと言えなかった。
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