三題噺を毎日投稿 3rd Season

霜月かつろう

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スチール缶・コーヒーカップ・レモン

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 缶コーヒーを自販機から取り出す。スチール缶は自販機の中で熱くないっていて、少しの時間、手の平の上で転がし続ける。

 すっかり吐く息も白くなった。空も気のせいかもしれないが寒く見える。同じ空なのに夏とこんなにも印象が違うのはなぜなのだろう。おもむろに息をゆっくりと吐き出したくなって、ふぅう。と口をすぼめて肺にある空気を徐々に体外へと押し出していく。その行為は特に意味を生まなかった。

 意味がないといえば、この缶コーヒーの中身をどうしてもコーヒーカップに移したくなりもする。缶で飲むコーヒーはどこか味気なく、もったいない気がしてしまう。湯気の立ったカップを手で包み込みながらあちっ、と些細なミスをしながら啜るのがちょうどいいのだ。

 だからと言ってこんな缶コーヒーを買っているような状況で、贅沢なことを言ってはいられない。

 はあ。年始早々駐車場の警備員の仕事なんて引き受けるんじゃなかった。少しの休憩時間。その間に体温をちょっとでも取り戻さないと、この後も辛いだけの時間が過ぎていく。本来なら、そんなことを考えている暇もないくらい忙しいはずだったのに。

 なにやらのっぴきならない理由が各所で起こっているらしい。それによって遠出をする人が極端に減った。今日ここに来るのはそんな状況でもわざわざこんな田舎の大きな神社にお参りをしたい人たちばかり。

 せわしなく、車を降りて、さっと戻ってくる。なって効率がいい動きだ。平時のときでは信じられない。

 ああ。彼らを見ていたら早い所、家に帰りたくなってきた。

 コーヒーにレモンを添えたりなんかしたら最高だ。こんなときまでがらっがらの駐車場を警備する必要なんてあるようには思えない。もうバックレて帰ってしまおうか。

 きっと怒られるし、職を失っても文句は言えないよな。それでもこんな有事にそんなことを気にしている場合なのだろうか。

 それに誰も見張っちゃいない。逃げたってバレやしないだろ。

 あーあ。こんなことなら最初っから出勤なんてしなきゃよかった。

 後悔しても、もう遅い。仕方ない。缶コーヒーのプルタブを開け、身体を暖めるように一気に流し込んだ。吐き出しそうな想いごとすべて内側に入れ込むように。
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