三題噺を毎日投稿 3rd Season

霜月かつろう

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六分の一・上級・脱出

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「ねえ知ってる? 月の重力。地球の六分の一なんだって」

  急にどうしたんだ。昼過ぎなのにはっきりと月が見えているからなのか。確かに昼の月は光っている神秘的なものと言うより、あれは星なんだと思わせる雰囲気を纏っている。石の塊が遠くに浮いているように見えるその様子はたしかにその上に立ったときの想像を掻き立てるには十分な理由にも思えた。

「いつか行きたいとか思ったりしたの?」

 こちらは思ったりした。あそこへたどり着いたらどんな感覚なのだろう。重力が六分の一と言うのは身体が軽くて浮遊感が心地よかったりもするのだろうか。片足ずつ跳ねるように歩くのを想像すると楽しそうだと心が跳ね始める。

「うん。ちょっとね言ったときを想像してワクワクしてたの。体も心もここにいるよりずっと軽くなるのかなって」

 まるで地球の重力が重すぎるといいたげ。でもそれが本当のことだと知っている。

「きっとそうだよ。あそこはここよりもずっと軽くて、なんのしがらみもない場所。そう思うよ」
「そうだよね。いつか行きたいね」

 行きたいわけじゃない。ここから脱出したいのだと言うこと知っている。でも、それを指摘したところでなにも始まらない。

「ねえ……その時は一緒に行こうね」

 ちょっとだけ悩んでしまってもキミを傷つけてしまう。

「うん。もちろんだよ」

 だから、なるべく即答してあげる。キミが不安にならないように。それを続けてガラスを積み上げたように脆いボクらの友情でも愛情でもない曖昧な関係は続いている。

「よかった。ねっ。できるだけ近くへ行こうよ」

 キミが楽しそうに走り出す。アスファルトを蹴る音がいつもより軽くてそれこそ重力がちょっと軽くなったかと思うほどだ。

 月がよく見える場所かぁ。

 近くに丘がある。木も少なくて空を見上げるにはちょうどいい場所だ。上級者向けのハイキングコースもあるくらいにはちゃんとした山に近いが今からならい登って帰ってきても心配される時間にはならないはず。

「そしたらあの丘に行こうよ。きっと月がすごっく近くなるはずさ」
「ふふ。そんなわけないのにそう言ってくれるなんて優しいね」
「う、うん」

 これは優しさなのだろうか。いや、そうじゃないことをキミも分かっているはずだ。これはそんな響きのいいものじゃない。もっと心の奥底で渦巻いている鎖みたいに縛るやっかいな感情だ。

「ほら。いこっ」

 そのやっかいな感情をこのままじゃいけないと思いつつもキミの隣を譲りたくない。

 そうキミの跡を追う。いつまでも。
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