三題噺を毎日投稿 3rd Season

霜月かつろう

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薄毛・飛び回る鹿・失われた時間

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 失われた時間。まあ、それはだいぶ誇張した表現だ。でもあながち間違ってもいない。本当に駆け抜けた期間だった。

 仕事を駆け抜けすぎて記憶も曖昧だ。毎日やらなければならないことで一杯一杯。それでも成果もろくに挙げられなければ、給料も上がらなかった。残ったは壊れかけている身体と精神だけだ。

 後悔はしていない。他の生き方を知らなかった。会社には感謝もしている。かれど、失ったものはあまりのも多い。

 それを取り戻すのに必死になってあちこち旅行に行くことにした。それもひとりでだ。友人と呼べる人を作れなかったのだから仕方がない。

 今日は山登りだ。人気の登山コースは人もたくさん。その分、安全だと聞いている。この前なんて挑戦しようとしたらあまりにお無謀だと管理している人に止められた。

 その不完全燃焼な気持ちは今日まで続いている。やる気は満々だ。

 なので失われた時間なんて言ったけれど、おそらくそんなことはないのだ。こうやって次に繋がっている。

「あっ。鹿っ」

 沢山の人の中で誰がそう騒ぎ始めたのかは定かではないし、その人を見つけるつもりもない。ただ、みんなが見る方向を一緒になって向くだけだ。

 確かに鹿がいる。山の中腹で辺りが木々に囲まれているとは言え、これだけ人が多い場所に現れるなんて珍しい。それが証拠に周りもざわざわし始める。

 そんなことになっても鹿がその場を離れないのも騒がしくなっていく原因だ。何かを訴えているよにも見えなくもない。

 自分のテリトリーに侵略している人間に抗議でもしたいのか。

 ふと。鹿と目が合った気がした。これだけの人がいる中でそんなわけ無いと思ったが明らかに視線が外れない。

 それになんだか頭の上の方を気にしているようにも感じられる。まさか、髪の毛なのか。

 失われた時間ですっかり薄毛になってしまったてっぺんを見て哀れんでいるとでも言うのか。そんな馬鹿な。

 やがて鹿はその場を立ち去っていった。ゆっくりとではない。なにかに駆り立てられるように、はしゃいでいるようにも見える。飛び回る鹿は人を避けつつも山頂に向かって消えていった。

 本当になんだったのだろう。気にしても仕方がないので同じ方向を目指す。

 失われた時間を取り戻すように一歩ずつ。しっかりと今を感じられるように。ゆっくり、ゆっくりと。
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