三題噺を毎日投稿 3rd Season

霜月かつろう

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バラ園・1995・アタッシュケース

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「ここ1995年に出来たんだってー。私達と同い年だよ!」

 楽しそうにしているのを見て、ここに連れてきて正解だったと半ば確信する。久し振りの外出だ。テレワークというものが始まって以来、なにかと家の中でことを済ませることにしがちだ。

 買い物は通販サイトに頼りっきり。最近では食事だってそうだ。自炊もする機会も増えたが、少し贅沢するときだって宅配を頼んでしまう。ちょっと前と違って、頼める種類も増えた。何処かへ行きたいと思ってもVRゴーグルをつければそれでどこへだって行ける。

 ようは家の中でなんでも出来るようになってしまったのだ。それが悪いことだとは思わない。でも、何かを失ってしまったのも確かだ。

 手に持ったアタッシュケースがやたら重たい。どこでも仕事ができるように一式持ち歩いている。いつ連絡が来てもおかしくない状況が続いているのだ仕方ない。

 こんなことをしなくちゃいけないのもきっと何かを失った結果のひとつだ。

「ねえ。次はあっちに行ってみようよ」

 楽しそうに走り回るのも久し振りなのだろう。いつもより元気な気がする。随分と若返ったみたいにも見える。

「ちょっとまってくれよ」

 こちらも一緒になって若返った気になって走り出した瞬間だった。ポケットの中に入れた携帯端末が震える。走り始めた足を止める。楽しかった気持ちにもブレーキがかかる。

 今いる場所を見渡す。冬のバラ園には誰もいないし、バラも咲いてない。だから作業できそうなスペースはすぐに見つかった。一声かけてから、そのベンチへと向かう。向かい合わせになるように設置されたベンチ。骨組みだけだが円錐形に組まれた場所。バラが咲く時期であれば色とりどりのバラに囲まれ匂いが漂う人気のスポットなのだろう。

 しかし、今は誰もいない。ベンチの間にぽつんと置かれているテーブルにアタッシュケースを置く。

 いつでもこうやって会議に参加できてしまうのはよくない。一緒に外出したのに。そんな思いが溢れ出そうになる。でもそれを押し込んでモバイル端末を立ち上げる。この時間もちょっと前に比べて随分と早くなった。

「ねえ。ここに来てまで仕事なの?」

 いつの間にか後ろに近づいて来ており驚く。このままではカメラに写ってしまう。

「ああ。すまないな。少しだけ待っていてくれないか?」
「ええ。分かったわ。ずっと待ってるから」

 そう言って離れてくれた。


「ではそんなところで進めていきましょう……ふぅ」

 ようやく終えたときには辺りは赤みを帯びた空。日が暮れるのも随分と早いものだ。

「おまたせ……っと。お?」

 辺りを見渡してもその姿を見つけられない。

「どこに行ったんだ?」

 バラ園自体は広くもないが見渡して全景を把握できるほど狭くない。仕方ないと片付けるのも後回しにして辺りを探し回ることにする。

 でも、いくら探しても見つからなかった。どこかへ行ってしまったのか。いや、でもずっとここで待ってると言っていたはずなのに。

 絶望にも近い感情が溢れ出る。そう思えば最近は調子が悪そうだった。外に行きたがったのもしかしたら、最初からこうするつもりだったのかもしれない。

 テレワークが始まって一緒にいる時間も増えたのだけが幸いだ。よく生きたほうだと思う。

 あんなふうに喋ったりしてる気がするときもあるのだけれど、ちゃんと猫だったんだなと、泣きながらそう。諦めた。
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