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第一章「未知なる異世界」~八人の転移者~

第十一話「人外の街へ」/キョウ(伊集院京介)

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 翌日、長老に話をすると木片に仕事場への紹介文を書いてくれた。

 そして着いたら、まずは服を買えとお金を貸してくれる。中程度の銀貨が五枚だった。

 今はずいぶんとみすぼらしい格好だし、仕事場では作業用の服を購入する必要があるらしい。

 もちろん俺たちが、短い間だったが村の為に一生懸命に働いていた姿を見ていたし、何より半数の仲間が残るからこその信用だ。

 それにここの村のゴブリンたちは人間以上に人間らしかった。

 元いた世界にも人間の皮をかぶった怪物は大勢いた。ゴブリンだからといって好戦的だとかはないらしい。俺は恥ずかしかった考えを改めた。


 総勢五名でその人外の街で働き、現金を稼いで物資を調達し情報を集める。

 翌日の朝早く、俺たちは村の外れに集まった。

「なんとしても金を稼いで食料を調達してくるよ」
「頼む。こっちはなんとか、この村で自活できるか模索してみる」

 俺とタカ高丘は握手を交わす。

 まだ薄暗い中、俺たちは皆に見送られて村を出発した。

 深い山中の小道をしばらく歩くと木の開けた場所に出て、これから行く街の全景が見渡せた。奥には海原が広がっている。

 時計がないのでこの世界の一日の時間は分からないが、体感的には前にいた世界とたいして変わらないように感じた。

「長老は昼頃には着くと言っていたな」

 だいたい片道六時間は掛かる計算だ。

 いくつかの山を越えると山道は徐々に平坦になり、森が所々切り開かれていた。

 どうやら材木資源として切り出しているようだ。驚いたことに木を伐り出した後の土地は植林されている。

「凄いね。木を切った後に苗木を植えている」

 トモ久世が感心したように言う。

「ええ、この世界の文化レベルは思ったほど低くないんじゃないの?」
「ああ、そうだね」

 文化の水準は文章書きのアヤノが気にするところだ。

 景色はヨーロッパふうの田園風景に変わりつつあった。囲いの中で羊などが放牧され麦畑が広がる。

 太陽の位置を見ると、時刻は正午近くになったようだ。

 俺たちは休憩し、持って来た昼食、薄く伸ばし焼いた小麦粉と干し肉を食べ、竹で作った水筒の水を飲む。

 山の上から見えた道端の農家は人間の村だった。こちらの姿を見ても特に気にするふうでもない。山奥にゴブリンの村がある事を知っているからだろう。

 畑や放牧地には所々に赤レンガが積まれた城壁跡があった。かつてはこの場所で何かの戦いがあった名残だ。


 街中を抜けて海を目指しす。大勢の人が歩いていて、ゴブリンや他の人外の姿も見えた。

「けっこう賑やかなんだな」
「活気のある街なのね……」
「稼げれば色々買えそうだね。頑張って働かなきゃ」

 俺に続きコトネ風早ミッツ飛鳥が互いに顔を見合わせて言う。

 アヤノ西園寺トモ久世はキョロキョロと町並みを見回していた。

 みすぼらしい恰好の俺たちに、特に注意を払う人はいなかった。山中の村から人外が買い出しにやって来るなど珍しくもないのだろう。

 それにしても俺たちの格好は、あの村の中にあってもみすぼらしかった。俺は構わないが、女子たちはちょっと可哀相だ。


 海に出るとすぐに港が見えた。中型の木造船が何隻か、奥には大型の帆船が二隻停泊している。

「すごいなあ、手前の船は沿岸用の船だけど、その先のは外洋渡航能力もあるよ」

 トモ久世は鉄道とミリタリーのオタクとの触れ込みだったが、船のことも分かるようだ。

「このレベルって日本の歴史だといつぐらいになるのかな?」
「そうねえ……、平安時代の末期には大陸との物資の交流があったし、人的交流ならもっと前からあったわ」
「江戸時代に鎖国をしてから、日本は海洋国家としては衰退していったんだ」

 アヤノとトモが解説してくれる。中学時代に授業で学んだような気がするが、あまり覚えていない。俺は、歴史小説はあまり読んでいなかった。

 港の左側遠くには小舟が何艘か見える。そっちは漁港の機能があるようだった。

 右手には大きな赤レンガの倉庫が何棟も立ち並んでいる。ここが俺たちの求めている職場だった。

 男子の仕事は港湾の荷運びだ。体力がある人外が大勢働いている。


 事務所らしき場所に顔を出すと、カウンターに狼人外の女性が座っていた。

「あの~。ここで働けると聞いて来たのですが……」

 俺は長老からもらった紹介状の木片を差し出す。

「ああ、ルシトチャ村のゴブリンね。男が三名に女が二名。大丈夫よ。ここは初めて?」
「はい」

 空きがあるようなのでホッとする。それにしても、今更にあの村の名を知った。

「保証金が三百ギット、作業着が二百。五人で合計二千五百ギットです」

 俺はよく分からないまま、長老から借りた銀貨五枚を出す。

「ちょうどですね」

 この銀貨一枚は五百ギットになるらしい。長老は相場を知っていたようだ。

 とりあえずは足りたのでホットする。

 女性は紐の付いた鍵を差し出す。鍵の他に番号らしき文字が刻まれている金属片が二枚付いていた。

「部屋の鍵とここで働いている身分を証明しますから。首から下げて身につけていて下さい」

 狼人外の女性は就業のルールや、ここでのマナーなどを説明しながら施設を案内してくれた。

「ここがあなたたちの部屋ね」

 二段ベッドが片側に三つ並んでいる。

「一人分余るけど五人分でいいわ」

 男女相部屋は普通のようだ。この五人で一部屋を貸し切れるのは助かる。


 夕食まで間があったので港湾施設の周辺を散策する。目に付くのはほとんどが人外だった。

「この辺は、人間があまりいない地域なんだな……」

 見えるのは人外の労働者と、人間が操る少数の荷馬車ぐらいだ。

「港の近くは普通倉庫街だよ。湾岸エリアに商業施設があるなんて最近の話だしね」
「トモは軍事だけじゃなくて、こっちも詳しいのか?」
「まあ、輸送とか兵站能力は軍にとっては重要な要素だし」
「なるほどね」

 倉庫街には労働者向けのような雑貨屋と酒場が数軒並んでいた。

「お店を探すなら街の中心部だろうなあ……」
「そうね。時間ができたら探検してみましょう」
「探検ねえ……」

 アヤノはわざとなのかあえて・・・探検などと言う。

 小説を書いているのなら、もうちょっと別の語彙ごいも思いつくのだろうが、わざと場を明るくしようと努めているようだ。このは本当に……。

「何?」
「いや……」

 無意識に見つめていたアヤノの目が俺を見つめ返した。


 夕食の時間になり五人で大食堂に移動する。トレーを持ってカウンターに並び食事を受け取った。

 大きな皿にスライスされた黒パンが数枚と、ビーフが入っていないであろうビーフシチューが盛られている。

 俺はパンにかじり付きスプーンでシチューをすくう。固いパンだがゴブリンの牙にはちょうどよい。

「うん、旨いじゃないか」

 肉なしではあるが肉の旨味がたっぷりだ。スープをしっかりと、とっているのだろう。

「正直言って、粗末な食事で重労働なんてことも覚悟していたけど……」
「うん、この世界の料理はおいしいわよ! 何だか村に残った人に悪いわね」

 ミッツとコトネが互いに顔を見合わせて笑う。

 味付けは少々塩っ辛く、肉体労働者向けのようだ。


 夜の街に行ってみようかとも考えたが、金もないし不明な街で夜間に出歩くのは止めにした。ラノベ的展開で、何かのトラブルにでも巻き込まれれば全てが台無しだ。

 部屋にはランプなどの明かりはない。明日に備えて早寝しろとのことなのだろう。

 俺たちは明日から肉体労働者だ。
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