上 下
35 / 50
第一章「未知なる異世界」~八人の転移者~

第三十五話 「仲間との再会 その二」/キョウ(伊集院京介)

しおりを挟む
 ギルドで払う金の大部分は保証金で、以前の所有者から奴隷が逃げ出していた場合はそちらに支払われる費用だった。

 逃亡奴隷の場合は前の奴隷主が申し出ない限り、一定期間の後に保証金は返還される。つまり転移者の九条の場合は戻ってくる金なのだ。

 プラスしてこの場で払う金は、奴隷商への手数料や保護期間の実費に相当する金のようだ。

 サーヤが冒険者の身分証を出し、イーヴが手続きを始める。

「複数の買い手が現れた場合は入札にするのよ」
「入札? それは困る。すぐに救出したいんだけど……」
「ゴブリンでそれはあまりないわ。手数料に少し上乗せすれば即決取引もできるけど……。それに一応、審査もあるのよ」

 俺はスポンサーの顔色を伺う。サーヤは肩をすくめて見せた。

「もちろん構わないわ」
「助かる」

 購入目的は冒険者サーヤの仕事の手伝いとした。ファーストクラスの登録証の力は絶大で審査もこれで終りとのことだ。

 サーヤは懐から革の手帳を出して、中から一枚の紙片を抜く。

「なんだ? それは……」
「小切手よ。大金は持ち歩けないから」
「この世界にもそんなシステムもあるのか……」

 意外と少ない出費ですんだ。しかし今の俺たちの持っている金と信用度では、こうは早く取引は進まなかっただろう。

 持ってきた書類に数字と特記事項が書き込まれ、決済のスタンプがいくつか押された。イーヴは書類の一部を切り取って差し出す。

「これを広場の奴隷商に渡せば、すぐに引き渡してくれるから」


 ギルドを出るとトモ久世が走って来る姿が見えた。

ワカナ九条が――ワカナが――いっ、いたんだって……」
「ワカナ? ああ、九条くじょうか。そうだ。彼女もこっちに来ていたんだ」
「そっ――、そうかっ――」

 汗だくで、息を切らせながら言う。俺は状況を説明した。

「大丈夫だ。サーヤが金を貸してくれた。救出できるよ」
「あっ、ありがとう――。サーヤ……」

 トモ久世は膝に両手をついて息も荒く頭を下げる。

「いいのよ、全員への貸しにしておくわ」
「ミッツは――直接広場に行くって……言ってたよ」
「分かった。俺たちも行こう」

   ◆

 広場に着いて先に奴隷商の受付に行き、書類を出し受領書を受け取る。九条の檻に移動し鍵を開けてもらった。

「ワカナーっ!!」
「トモ……、トモっ」

 二人は抱き合って泣き始め、皆は顔を見合わせる。現実世界でこの二人に特別な接点があったとは思いもよらなかった。

 サーヤと分かれてクローネラ商会の宿舎に戻り、受付で事情を話す。実費を支払い、九条を泊めさせてもらう。部屋には丁度、空きベッドがあるので助かった。

「俺たちは少し外に出ているよ。二人で積もる話もあるだろう」
「すまない」
「いや……」

 俺は二人だけの時間を優先させてやろうと思い、皆も頷き部屋の外に出た。


「これでモヤモヤがスッキリしたわ。ヘンだなあーってずっと思ってたのよ」
「何が?」

 コトネが笑顔で、ミッツは少し怪訝な顔をした。

「だって女子だけ一人少ないなんておかしいわよ!」
「そんなこと? まあ――ねえ……」
「あの二人は現実でもあんな関係だったのね。下の名前で呼び合って抱き合って泣くのよ~~。感動の再会ね!」

 俺はコトネらしいと苦笑する。同じ場面ならこの二人もそうするのだろう。

「そうだな、皆でサーヤが馴染みの酒場に行ってみようか?」

   ◆

 ここに来るのはあの日以来二度目だ。それにしてもここまで路地の奥では客も入らないだろう。おかしな店だと再び思う。

 サーヤはカウンターに座っていた。隣には猫人外とおぼしきメイド服の少女が座っている。

「あら来たの、どうだった?」
「助かったよ。あの二人は前の世界では特別に仲が良かったようだ。俺たちは知らなかったけど……」

 俺たち四人はテーブル席に座る。

「クラスメートなのに知らないなんておかしな話ね。マスター、同じのを四人分お願いね」

 マスターと呼ばれた男は陶器のグラスをカウンターに差し出す。アヤノがそれをテーブルに運んぶ。

「まあなあ、色々事情があるのさ」


 猫の人外はサーヤに耳打ちして店を出て行った。

「じゃましちゃったかな?」
「いいのよ。ここは店って言うより、伯爵の屋敷で働く人が利用する、福利厚生施設みたいなものなの」

 それならばこの奥まった悪い立地も頷ける。

「支払いは不要よ。早いうちに仲間と会えて良かったわね」
「ああ、ついていたよ。サーヤのおかげさ」
「いいえ、同じに転生した人たちは、何かしら引き合うものがあるのかしら?」

 一人でこの世界にやって来た少女は少し寂しそうに言う。

 俺たちと同じように転移した連中は他にも数人いた。正直言って関わり合いにはなりたくないやつらだ。引き合うなんてごめん被りたい。


 客――、屋敷の使用人らしき数人が店内に集まり始め、俺たちはそろそろと思い席を立つ。

「今日は悪かったな」
「いいのよ。明日から私はちょっと用事があるから……、気を付けて仕事してね」
「分かってる」


 サーヤと分かれて宿舎の食堂で夕食を取って部屋に戻る。九条には少し笑顔が戻っていた。

「俺とワカナ九条で村に戻りたいんだけど、どうかな?」
「もちろんだよ。物資もそろそろ運ぶ必要もあるし」

 この意見には全面的に賛成だ。彼女も村の環境の方が落ち着くだろう。あっちにはタカたちもいる。


 二人は特別な関係だと思うが、直接聞くのははばかられる雰囲気だと勝手に思ってしまう。そのうちどちらかから勝手に話すだろうし、俺たちはそれを待つだけだ。時間は無限にある。


 翌朝、トモと九条――、ワカナの二人は物資を担いでルシトチャ村へと帰って行った。
しおりを挟む

処理中です...