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第三章「街を守る男」
第百十六話「復活の冒険者」
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ベルナールは街から少し離れた街道筋の傍に立つ。朝もやの中、王都に帰還する輜重隊の先頭が見えてきた。
こんな時間にこんな場所にいる冒険者ふうのおっさんに、馬車の操者たちは訝しい視線を送る。無理もない。
ベルナールにとって懐かしい魔力が感じられた。それは堅物で慎重で、そして不器用な魔力であった。間違えるはずもない。こんな状況でも、抑え切れない何かが発散している。ベルナールだからこそ気づける腐れ縁だ。
「悪いがちょっと乗せてくれるか? うしろの荷物に用事があるんだよ」
その馬車に歩きかけながら話しかける。相手はベルナールの顔を思い出したような表情だ。
「あんた――」
「昔馴染みさ。そう、俺は昔アンディックとパーティーを組んでいたこともあるんだ。頼むよ」
ここはコネでも何でも使うべきだ。魔導師様の名前を出せば――。相手は運良く昨夜ギーザーにいた若者だった。まさか奪還組とは思わないだろう。
「まさか勇――」
「違うよ……。乗るぜ」
ベルナールは荷台に飛び乗った。荷物に混じってギスランが座っている。
「ベッ、ベルナー、ル……」
「久しぶりだな。ギスラン」
「何しに来やがった!」
「なに――、昔話さ」
予想したとおりギスランは目をむいた。意外と元気そうでベルナールはホッとする。魔導の手枷足枷につながれていても目はギラついていた。ベルナールは向かいに座る。
「俺様を笑いに来やがったのか?」
「相変わらずひねくれてるな。元冒険者が元冒険者を笑ったりするかよ」
「これを見てみやがれっ!」
ギスランは両手を突き出し、鎖がジャラリと音をたてた。アンディックたちの仕事は完璧だ。まだ頭に血が上っているのだろう。自分が何をやったのか冷静に理解出来ていないようだ。
「こんなふうに二人で話すのはいつ以来かな?」
「A級のミノタウロスを討伐した時以来だ……」
「そうか、そうだった。よく覚えているな。感心するぜ。三日も追い続けていた獲物を、お前が横からかっさらったんだよなあ。してられたと思ったぜ」
「文句があるのか? あの時、俺は三日も待った。その間に仕留められなかったお前が悪い」
「別に怒っちゃいないよ。たいしたもんだって感心してたんだぜ。あの場所で待ち伏せしていたんだからな。そう、確かそうだった」
もう一昔以上前の古い話だ。その時、ベルナールはまんまと出し抜かれた。
「だから何しに――」
「さあなあ。俺にも分からん」
「バカに――」
「だからそうじゃないって。ジェリックも王都に行くらしい。アンディックが言ってた」
「あいつめ……」
「仲間に恵まれたな。羨ましいぜ」
「バッ、バカにしやがって……」
「じゃあな。またそのうち会おう」
ベルナールは荷台からふわりと飛び降り、古い知り合いに背を向けたまま片手を上げる。そしてサン・サヴァンに向かって歩き始めた。後続には何台もの馬車が連なっていた。
「あっ、ベルさんっ」
それはバスティの叫びであった。ベルナールは立ち止まり振り返って声を張り上げる。
「無理はするなよ。強くなりなっ!」
「はいっ!」
そしてパーティー全員が身を乗り出して手を振る。良い仲間たちだ。剣闘士のアレク。魔導闘士のイヴェット。魔法使いのリュリュ。
ベルナールは昔、キラキラと輝く瞳で自分を見上げていた少年を思い出す。
本当にこの街も寂しくなる。そして仲間たちの車列が見えなくなるまで見送った。
◆
「ベルさん! いましがた王都から通達が来ました!」
「何だよ。それがどうかしたか?」
ギルドに戻ると、エルワンは見るからに興奮していた。ほとんどの冒険者たちは狩り場に散っていたが、馴染みの顔ばかりがたむろしている。
「読みます! 戦力外通告に特例措置を設ける。同ギルド内でAクラス以上の冒険者三名の推薦があれば現役復帰とする! です」
以前レディスが言っていた噂話が本当になったのだ。
「そうか……。しかしだな――」
「ベル。私の冒険者登録は今もこの街のままなのですよ」
「それに私でしょ。これで二名よ」
アンディックとセシリアが続けて言った。
「ああ、だがその先がないんだ」
「デフロット!」
「なっ、なんだよ……」
エルワンが一段高い声を上げてデフロットを名指しする。
「新階層でのA級種の共同、単独討伐。続いての魔境大解放での活躍によりパーティーをAクラス、リーダーのデフロットもAクラスとする!」
「なっなんだと――、そうなのか?」
「さっき中央ギルドの評議会で決まったんだ。他のメンバー、ステイシー、ドルフィル、ローレットは共にBクラス昇格だ」
名前を呼ばれた者たちはハイタッチを交わす。
「そうか、俺しだいなのか……」
皆がそれぞれの表情を見せながらデフロットを伺う。ベルナールは少し緊張して、ステイシーは少しニヤニヤとしながら、アルマは当然と言った顔で。
「元冒険者のヘルプに勝ったって面白くないぜ! おっさんには現役に復帰してもらわなきゃあなあ……」
「ふふっ、そうか?」
「やりますか? 俺、負けませんから」
「冒険者同士でやるかよ。金にならん……。それに、普通に俺が勝ってもつまらないだろ?」
ベルナールは苦笑し全員が笑った。
第三章「街を守る男」
〈了〉
こんな時間にこんな場所にいる冒険者ふうのおっさんに、馬車の操者たちは訝しい視線を送る。無理もない。
ベルナールにとって懐かしい魔力が感じられた。それは堅物で慎重で、そして不器用な魔力であった。間違えるはずもない。こんな状況でも、抑え切れない何かが発散している。ベルナールだからこそ気づける腐れ縁だ。
「悪いがちょっと乗せてくれるか? うしろの荷物に用事があるんだよ」
その馬車に歩きかけながら話しかける。相手はベルナールの顔を思い出したような表情だ。
「あんた――」
「昔馴染みさ。そう、俺は昔アンディックとパーティーを組んでいたこともあるんだ。頼むよ」
ここはコネでも何でも使うべきだ。魔導師様の名前を出せば――。相手は運良く昨夜ギーザーにいた若者だった。まさか奪還組とは思わないだろう。
「まさか勇――」
「違うよ……。乗るぜ」
ベルナールは荷台に飛び乗った。荷物に混じってギスランが座っている。
「ベッ、ベルナー、ル……」
「久しぶりだな。ギスラン」
「何しに来やがった!」
「なに――、昔話さ」
予想したとおりギスランは目をむいた。意外と元気そうでベルナールはホッとする。魔導の手枷足枷につながれていても目はギラついていた。ベルナールは向かいに座る。
「俺様を笑いに来やがったのか?」
「相変わらずひねくれてるな。元冒険者が元冒険者を笑ったりするかよ」
「これを見てみやがれっ!」
ギスランは両手を突き出し、鎖がジャラリと音をたてた。アンディックたちの仕事は完璧だ。まだ頭に血が上っているのだろう。自分が何をやったのか冷静に理解出来ていないようだ。
「こんなふうに二人で話すのはいつ以来かな?」
「A級のミノタウロスを討伐した時以来だ……」
「そうか、そうだった。よく覚えているな。感心するぜ。三日も追い続けていた獲物を、お前が横からかっさらったんだよなあ。してられたと思ったぜ」
「文句があるのか? あの時、俺は三日も待った。その間に仕留められなかったお前が悪い」
「別に怒っちゃいないよ。たいしたもんだって感心してたんだぜ。あの場所で待ち伏せしていたんだからな。そう、確かそうだった」
もう一昔以上前の古い話だ。その時、ベルナールはまんまと出し抜かれた。
「だから何しに――」
「さあなあ。俺にも分からん」
「バカに――」
「だからそうじゃないって。ジェリックも王都に行くらしい。アンディックが言ってた」
「あいつめ……」
「仲間に恵まれたな。羨ましいぜ」
「バッ、バカにしやがって……」
「じゃあな。またそのうち会おう」
ベルナールは荷台からふわりと飛び降り、古い知り合いに背を向けたまま片手を上げる。そしてサン・サヴァンに向かって歩き始めた。後続には何台もの馬車が連なっていた。
「あっ、ベルさんっ」
それはバスティの叫びであった。ベルナールは立ち止まり振り返って声を張り上げる。
「無理はするなよ。強くなりなっ!」
「はいっ!」
そしてパーティー全員が身を乗り出して手を振る。良い仲間たちだ。剣闘士のアレク。魔導闘士のイヴェット。魔法使いのリュリュ。
ベルナールは昔、キラキラと輝く瞳で自分を見上げていた少年を思い出す。
本当にこの街も寂しくなる。そして仲間たちの車列が見えなくなるまで見送った。
◆
「ベルさん! いましがた王都から通達が来ました!」
「何だよ。それがどうかしたか?」
ギルドに戻ると、エルワンは見るからに興奮していた。ほとんどの冒険者たちは狩り場に散っていたが、馴染みの顔ばかりがたむろしている。
「読みます! 戦力外通告に特例措置を設ける。同ギルド内でAクラス以上の冒険者三名の推薦があれば現役復帰とする! です」
以前レディスが言っていた噂話が本当になったのだ。
「そうか……。しかしだな――」
「ベル。私の冒険者登録は今もこの街のままなのですよ」
「それに私でしょ。これで二名よ」
アンディックとセシリアが続けて言った。
「ああ、だがその先がないんだ」
「デフロット!」
「なっ、なんだよ……」
エルワンが一段高い声を上げてデフロットを名指しする。
「新階層でのA級種の共同、単独討伐。続いての魔境大解放での活躍によりパーティーをAクラス、リーダーのデフロットもAクラスとする!」
「なっなんだと――、そうなのか?」
「さっき中央ギルドの評議会で決まったんだ。他のメンバー、ステイシー、ドルフィル、ローレットは共にBクラス昇格だ」
名前を呼ばれた者たちはハイタッチを交わす。
「そうか、俺しだいなのか……」
皆がそれぞれの表情を見せながらデフロットを伺う。ベルナールは少し緊張して、ステイシーは少しニヤニヤとしながら、アルマは当然と言った顔で。
「元冒険者のヘルプに勝ったって面白くないぜ! おっさんには現役に復帰してもらわなきゃあなあ……」
「ふふっ、そうか?」
「やりますか? 俺、負けませんから」
「冒険者同士でやるかよ。金にならん……。それに、普通に俺が勝ってもつまらないだろ?」
ベルナールは苦笑し全員が笑った。
第三章「街を守る男」
〈了〉
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60後半の回ですが、弓使いの親子の名前が時々入れ替わってて混乱します。
所々で誤字はありますが、読んでて面白いって感想は1番にあるので執筆頑張って下さい。
ご指摘ありがとうございます。
一部修正いたしました。
誤字は申し訳ないです。読み込みがたりないので。