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第三章「街を守る男」

第百十一話「伝説殲滅戦」

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「さてどうしてやるか……」

 SSSトリプル・エス級すらも、三体のゴーストに取り込まれてしまったのだ。

 未知数の力がゴーストの制御下に置かれてしまった。

「攻撃よ! 攻撃ぃ!!」
「問題はどう攻撃するかですよ」

 ベルナールを先頭に左右にはセシリア、アンディックが付き従い、目標に向かって進む。

 後方にはダンジョンに潜った冒険者たちが困惑しつつ続いた。

 ドラゴンは特に動きを見せず、その黒い体はゆっくりと上昇する。

「私が行くぞ! ベル、援護せよ!」

 やたら元気がいいのはアルマとセシリアだけで、ベルナールは苦笑する。

「まあ、待てよ。ちょっと様子見だ。見てみろ……」

 球体障壁に守られたドラゴンは空中で停止した。黒い体躯が部分的に変色を始める。

「何よ、あれは?」
「力を吸収して学習しているのさ。地上に順応しようとしている、とも言えるかな?」
「力って?」
「太陽の光さ。それを己の力とする」

 ベルナールはかつて師匠に聞かされた伝説を思い出す。産まれたばかりのSSSトリプル・エスは、自然に触れてその力を身に付けるのだと。

「太陽――、様子見は攻撃しながらよっ!」

 焦れたセシリアは弓矢を取り出した。続いてアンディックも右手を挙げる。

「攻撃用意だ。全員勇者に続け。かまいませんよね?」
「ああ、せっかちが多いからな。好きにやってみればいいさ」

 そう言ってチラリと騎士と冒険者たちを見る。皆やる気になっていた。

「よし――」

 ベルナールは剣をゆっくりと引き、力を溜めた。そして、自分の今できる最大の魔撃を放つ。

「――攻撃開始だ!」

 その口火に、全員が魔法の光と剣の魔撃を飛ばす。渾身の矢を放つ。複合魔法技を駆使する。

 攻撃がSSSトリプル・エスの障壁に食らいつき、空に魔力の花が咲く。ベルナールはその様子を眺めながら、空全体を探った。

 球体は、さしたる変化も見せず、ドラゴンの体は透明に変化しつつあった。その中心には灼熱色の炎が渦巻いている。

「らちがあかないわ。あれが核なの」
「障壁すら破れないとは。しょせんは人の力なのですね」
「ああ、あの化け物は自然の申し子なんだよ。そいつがもうすぐ産まれたるんだ」

 アルマがチラリとベルナールを見た。そしてムキになったように攻撃を続ける。

「自然だと? あの怪物もまた、人間を苦しめる自然の一部だと言うのか? 人間は負けない! この世界を守るのは我々人間だっ」

 この言葉に鼓舞されたのか、皆の攻撃が一段と強くなる。しかしドラゴンは微動だにしない。悠々と空に浮かぶ。

「やれやれ……」

 人は人を守らなければならない。しかし自然をなんとかしようなど、それはやはり冒険者にとっては奢りだ。

 アルマはまた別の立場からこの脅威を見ていた。

「来たな」

 待ち兼ねた力が、ベルナールの探査に反応した。

 セシリア、アンディックもまたその気配に気がつき、攻撃を止め振り向く。

「来てくれたのね」
「久しぶりですよ」

 次に気がついたのはセシールだった。

「あっ……」

 そしてふらふらと、そのエス級の魔物に向かって歩き出す。

「何なんだ?」

 デフロットもまた気がき、そして全員がS級の気配を察した。攻撃も自然と止む。ドラゴンは相変わらず悠然と空に浮かんだままである。

「ユニコーンだよ」
「「「!!!!」」」

 更なる大物の登場に、場は一瞬凍りついた。

「心配するな。味方だよ……」


 エス級自ら近づき、そしてその顔にセシールは手を添える。

「覚えているわ。また会ったね。でもなぜ私に語りかけるの?」

 セシリアが歩み寄り聖弓ディアメネシスと、そして一本の矢を突き出した。

「昔、私もやったわ。今回はあなたが射りなさい。ユニコーンがその攻撃に力を与えてくれる」
「お母さん……」
「まったく。私じゃなくてあなたを選ぶなんてね。こいつ嫌な馬になっちゃったわっ!」

 受け取った弓と矢をつかみ、それを見ながらセシールは考え込む。そしてハッとして顔を上げた。ユニコーンを見やる。

「わかった。私しかできないのね。やるわ」

 まるで会話をするように、独り言を言う。

 そして弓を引き絞り、ドラゴンを狙った。


「違うの、もっと下を狙うのよ」
「で、でも」
「いいの、それがユニコーンの攻撃なの」
「はい……」
「あとは彼が教えてくれるわ」

 ジリジリとした時間が流れる。セシールは目をつぶった。そして見開く。

「今ねっ!」

 ついにユニコーンの矢が放たれた。

 それは土煙を引きながら、地上スレスレを飛ぶ。そしてドラゴンの真下で、垂直に突き上がった。

 矢はドラゴンの球体障壁に突き刺さり、そしてそのまま上へと押し上げる。

「うおーっ」
「なんだ! どうなんだ?」

 バスティとデフロットが叫ぶ。

 信じられないことだが、遥か高みまでドラゴンそのものを運び去っていく。そして貫く。

 矢は空に向かって駆け上がり、そのまま消えて星になる。

 セシールもまた、天をも射貫いた弓使いとなったのだ。


 ドラゴンを守る球体は一瞬膨らむ、そして光った。

「直接見るな。目をやられる」

 爆発音のあと、周囲の全てが閃光に包まれた。皆が腕で顔を覆う。

 肌がじりじりと焼け、周囲の温度が上がる。もう一つ、新たな太陽が出現した。


 収まりつつある火球を見上げていたレディスが、突然飛び上がる。アルマに続き騎士団全員も同様にした。

「まだ何かあるのか?」
「我らが騎士団の目標ですが、ゴーストはレディスの先見事項でもあります」
「今度こそ仕留めるつもりか……」
「ゴーストだって?」
「俺たちも行こう!」

 デフロットとバスティ達のパーティーもその追跡に続く。

 黒い物体が三つ高速で離脱を図る。しかしレディスたちのほうが早い。今度こそ確実に仕留めるであろう。

 ドラゴンからはじき出されたゴーストなど、小物の以下の存在だ。


「二人ともこっちに来なさいな」

 ユニコーンと話すセシールは、アレットとロシェルを呼ぶ。

 二人はベルナールを見上げた。

「行ってこい」

 ユニコーンを間近で見るなど、なかなかできる体験ではない。

 ベルナールたち、再結成した勇者パーティー三人がこの場に残された。

「終わったわね」
「ああ、終わった」
「何よ、その顔は?」

 セシリアはベルナールを覗き込む。

「寂しいもんだよ……」
「あなたは変わらないわね」
「そうだな」

 また退屈で幸福な日々が始まる。

 そして世代交代。年寄りは表舞台から遠ざかるばかりだ。それもまた寂しい。

「ここでも戦力外通告されちまったなあ」
「今回は私もよ」

 寂しく笑う二人を見ながら、アンディックもまた寂しく笑った。

 若者の時代だ。新しき太陽が眩しく輝いていた。
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