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第三章「街を守る男」

第八十五話「新開口の底」

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 ベルナールが叫ぶなり弓使いアーチャーが左に飛び次々に矢を放つ。魔導士ソーサラーは右に横滑りしながら魔導弾を連続して叩き込む。

 群の中心に安全地帯が形成されるが、デフロットはあえて・・・降下角度を変えた。せっかく作った場所を無視する。

「あのバカ……」

 落下するまま手近な大物、B級の頭部に剣を突き立てる。そして抜きざまに宙で一回転し、剣を振るい変更した着地点の小物らを瞬殺した。

 ベルナールたちは魔物が一掃された本来の場所に下り、そしてデフロットに接近を試みる。

「ちいっ! いつもこんな戦いを?」
「はい、作戦なんていらないがリーダーの持論です」

 ステイニーはベルナールを魔力アシストしつつ周囲に障壁を展開する。上空の二人は戦場を俯瞰しつつ要所に攻撃を加え、ベルナールに魔力を注入した。

 寄せては返すような魔力の波。緩やかに流れていると思えば、急流に変化する力の高まり。

 ベルナールはまるで若い頃のよう戦っている自分に気が付く。

「ははっ、こいつは凄いな!」

 数体の飛行する魔物が開口から飛び上がり上空の二人に向かった。

「くっ!」

 ベルナールが魔力制御に集中しなければ、と考えるや否や剣の切っ先に答が出た。ほとばしる細い魔力で一方の数体を切り刻む。そしてもう一方に剣を向けた。空の脅威は一瞬で排除される。

「ふふっ……」

 手慣れた魔力アシストの連携。これがデフロットのパーティーの力なのだ。ただしこれで、支援も含めて魔力を全て使い切ってしまうのが頂けない。

 引き続き制御に合せるように送られる魔力を、剣の一閃から放出し数体の魔物を切り刻んだ。

 ベルナールはステイニーと共にデフロットに接触する。

「闇雲に戦うな。偵察をするぞ! 開口の縁まで行って下層への入り口がいくつあるか見極める」
「分かった!」

 デフロットは珍しく素直に従った。下への道がいくつあるかは、今後の作戦に必要な重要情報だ。縦穴は深く最深部に横穴がいつくあるかは、上空からは判別出来ない。

 地上の三人は大量の魔物に囲まれつつ、開口に向かってじりじりと移動する。上空の二人が援護してくれるが空にも魔物が溢れ始めた。

「まずいぜ、おっさん! このままじゃ――」
「ああ、一撃喰らわせてから撤退するぞ。時間を稼げ」
「分かった」

 相手はC級、小物が中心ではあるが、無茶が信条のデフロットとて危機感を持つほどの、おびただしい魔物の数だ。

 ベルナールはS級キラー発動の準備にかかった。しかし襲いかかる敵に防戦も限界を迎えつつある。

「何者かが急速接近!」

 ステイニーが警告した直後、上空の魔物数体を粉砕して現われたのは剣闘士グラディエーターのアレクであった。そしてそのまま地上に降り立ち周囲に剣技を振りまく。

「御加勢いたします」
「助かるぜっ!」

 悪戦苦闘していたデフロットは素直に喜ぶ。接近戦を主とする剣闘士グラディエーターの二枚看板に守られて、ベルナールは魔力制御に集中する。

「さあっ、やるぞ!」

 開口に向けた剣から細い魔力が扇状に発せられ、数体の魔物を同時に貫く。更に横に光線が伸びて魔力の網が形成される。囲われれば一網打尽に殲滅される死の領域が形成されたのだ。

「行くぞっ!」

 進撃路が確保され、四人は開口の縁まで一気に走った。

「こいつは……」

 それは初めて見る形状のマウスで、人工的に作られたと思わせる奇妙な陥没跡だった。穴はほとんどの部分が絶壁となっていて、底はラ・ロッシュならば第二階層ほどまでに深い。

 一部斜面になっている場所から魔物が地上を目指している。確認できる横穴は一つであり、底にはA級とおぼしき数体を含む多数の魔物が蠢いていた。

「やべえよ……」

 デフロットが言うようにA級が複数など冗談ではない。

「状況は分かった。撤退するぞ!」

 四人は迫り来る魔物から逃れるように開口に身を投じ、底を観察しつつ落下しながら水平飛行に移った。

 一つある回廊への入り口は大きく、新たに大型のB級上位が姿を現す。

 上方からステイニーにB級のステュムパリデスが襲い掛かり、金属のくちばしと爪を円形障壁に突き立てる。

「この野郎っ!」

 デフロットは剣でなぎ払うが、金属の翼に阻まれ倒すには至らない。蛇行しつつ上空を伺い、四人は逆落としに突っ込んでくる魔物をかわしながら上昇した。

「一気に引けっ!」

 そして最大戦速で森に向かって遁走する。ワイバーン、ステュムパリデスら飛行する魔物が追いすがるが、各人が魔導弾と矢で追い払いつつ一直線に森へ向かって飛ぶ。

 前方に目をこらすといくつかの点が急速に接近いつつある。バスティたちが追いすがる魔物に、更に遠距離攻撃を加え始めた。

 ベルナールたちはとりあえず安全地帯まで引いて降下した。森では他の冒険者たちの戦闘が続いていた。

「何とか逃げれたぜ。しかしなんて数だよ……」
「よく引いたわねえ」
「俺は死にたがりじゃないぞ!」

 デフロットとは安堵と悔しさが入り交じった複雑な表情だ。ステイニーは一応、その行動を褒める。

「俺は一度ギルドに戻ってエルワンに報告してくる」
「この状況なら森の境界線で防戦でしょうか?」
「そうだバスティ、それでいい。いいか、押しては引いての膠着状態を作るんだ。時間を稼げ」
「分かりました」
「森の中ならば撤退も構わん。他の冒険者たちにも徹底させてくれ。ギルドでは増援部隊の編成中だ」

 バスティたちは王都の危機も体験しているので、その辺りへの対処は安心して任せられる。

「持ちこたえてみせます」
「無理するなよ」
「はい!」

 若き冒険者たちは戦場に向けて森の中を走る。

 ステイニーの力で上昇したベルナールは滑空しながら街を目指した。
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