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第二章「戦い続ける男」

第五十二話「戦闘準備」

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「娘に内緒でやるのは、無理なんじゃないのか?」
「いい年して恥ずかしいじゃない! でも隠し通すのは無理かしらねー」

 ベルナールとセシリアは二人で中央ギルドへの道を歩く。店は夕方と夜だけなので午前中、まずは北東の森へと出掛けることにしたのだ。

「森に行くのは、いつ以来だ?」
「さあ? 久しぶりとしか言えないわ」

 これから殺人鬼と呼ばれている脅威を探しに行くのに、なんとも緊張感がない会話だとベルナールは思った。

「ちょっと運動もしなくちゃって思っていたから、ちょうど良かったかもね!」

 しかし昔は鼻歌混じりか、ベルナールとて今夜はどこに飲みに行こうかと、考えを巡らせながら戦っていたのだ。

「お茶も少し採りたいわ。昔よくあれ・・を採ったじゃない!」

 習慣とは恐ろしいもので、セシリアは今も昔のままのセシリアだった。

あれ・・って何だ?」
「甘い香りのお茶よ」
「ああ、今も森で採れるよ。そんな話か」

 それはシャングリラの森でも採ったお茶だ。名前は特にない。

 昨日のベルナールは弟子たちとダンジョンに潜ってから、エルワンに予定を伝えていた。今日は朝から中央ギルドで待機しているはずだ。

 中央ギルドは東西北のギルドを束ね、調整をする機能もあるが、南の街道周辺の警備と、街全般、周辺全域に冒険者も派遣する大組織だった。

 エルワンがマスターを務める北ギルドは、森での討伐も担当するが、ラ・ロッシュを預かるのが主たる任務のギルドと言えた。


「いやー、よく来てくれました。感謝いたします」
「エルワン、久しぶりねー。いつ助けて以来かしら?」
「いつも助けられてばかりじゃないですよ。私の就任祝いをセシリアの店でやったじゃないですか?」

 久しぶりに会ったエルワンは嬉しそうに話す。

「あら、そうだったわね。忘れてた」

 セシリアはそう言って声を上げて笑った。

「ううっ、うんっ!」

 ベルナールはわざとらしく咳払いする。呑気に昔話に花を咲かせている場合ではない。

「そんな話をしに来たんじゃないだろう。エルワンまでなんだ!」
「すいません、四階に色々と用意しています。行きましょう」

 そうは言ったが、階段を上がりながらもエルワンの話は終わらない。

「セシリアはまだ、戦力外通告は受けていないんですよ。リストを見た時に確認しました」
「そのリストにベルの名前は?」
「えっ、ど、どうだったかなあ?」

 セシリアは知ってて聞くし、エルワンは知っててとぼけている。

「あら、私はまだ現役の冒険者で、今日はヘルプのベルと探索クエストって訳ね」
「そうなりますかねえ……」
「エルワン、何が、そうなりますかねえ、だ?」
「嫌だなあ、冗談ですよ……」

 三人はエルワンの先導で最上階、四階の角部屋に入った。ソファーセットが二組置かれ、右の壁には大きな二枚扉がある。

 一人立つ女子職員の脇にはティーワゴンが置かれていた。

「なんだ、この部屋は?」

 エルワンが色々、と言った物は何も用意されていなかった。

「あの扉の向こうですよ、見て下さい」

 ベルナールとセシリアはその二枚扉を開け放つ。

 右側は様々な武器が置かれてる棚。そして左は冒険者用の衣装と防具類がずらりと並んでいた。

 部屋の奥行きも深く、ざっと二百人分程度に当たる装備の量だ。

「中央ギルドにこんな物があるなんてな……」
「王都や他の街から援軍が来た時に貸す装備です。昔はけっこう使われたんですけどね」

 呆れるように言うベルナールにエルワンが説明をする。昔は確かにそんな冒険者たちが大勢街に来ていた。

「なるほどね」
「すごいわねー」
「好きなのを選んで下さい」

 セシリアは武器よりも先に衣装の方を見る。

「確かにこれ、昔のデザインが多いわねー」
「若い頃に戻ったつもりで着れば良いんじゃないか?」
「バカなこと言わないで! 無理よーっ」

 ベルナールたちが若い頃、女子の冒険者衣装は肌の露出が多かった。これは単なる流行であり、魔力防御においては肌の露出はさほど問題にはならない。

「さすがにヘソは出さないのか……」
「あたりまえじゃないの!」

 セシリアは冗談めかしてベルナールを睨む。昔はあんな恰好をしていたのに、と思いつつ肩をすくめた。

「お茶を二つ入れてもらえるかな?」
「はい」

 エルワンが職員に指示を出し、二人はソファーに座った。

 蒼穹の元娘が衣装を選ぶ間を、茶を飲みつつ待つ。

「偵察はするがあまり期待しないでくれよ」
「はい、牽制にもなればと思っています。中央ギルドの見立ては王都からの戦力派遣でした」
「うむ、それが普通だよ。前回が特別だったんだ。今のセシリアを連れて無茶はしないさ」
「街の近くは、ここのギルドが警戒の冒険者たちを手配しました」

 そんな話をしていると着替えたセシリアが、弓と矢を持って戻って来た。古い衣装はそれなりの露出度だ。

「合う服やっぱりこんなのしかなかったわ」
「いいだろう。服で戦う訳じゃないさ」

 スタイルは今も均整がとれていて、セシリアは満更でもない。

「あっ、この甘い香り……、あのお茶ね。私も頂くわ。北東の森にもあるかしら?」
「あるだろう」
「絶対に採りましょうね。手伝ってよ!」

 セシリアはソファーに座って、差し出されたカップを手に取る。

「あのー……」
「エルワン、大丈夫だよ。要件は正確・・に話してある。茶摘みに誘った訳じゃないからな」
「頼みます」

 少し不安げだったエルワンは、ほっとしたような顔をする。

「俺たちはいつもこんな感じて戦っていたんだよ」

 ベルナールは昔を思い起こす。本当の勇者はセシリアだけだったのではないかと……。

「さて、久しぶりにやるわね」

 セシリアはそう言って、カップを置いて立ち上がる。そして器用に弓に新しい弦を張った。

「上手いもんだ」
「体が覚えているのよ。私って死ぬまで冒険者ねー」

 俺とてそうだと、ベルナールは心の中で同意した。
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