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第二章「戦い続ける男」

第四十六話「ゴーストの脅威」

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「よしっ!」

 ステイニーが支援するドルフィルの魔力火球が、一体のアラクネーを直撃した。魔力の炎は執拗に魔物の体を焼き、アラクネーは不気味な悲鳴をあげて悶絶する。

「でやあっ!」

 デフロットは一体のアラクネーに斬りかかる。もう一体はローレットの矢に牽制され近寄れない。

 障壁を張りながら、デフロットは打撃を高める為、敵に肉薄。ほぼ零距離で剣を振るった。

 その感触を楽しみながらデフロットは、やはり自分は剣闘士グラディエーターが好きだと思った。接近戦が戦いの醍醐味だ。

 アラクネーを粉砕して残り一体を見ると、今度はドルフィルがローレットの矢に支援を掛けた。直撃され最後の一体も魔核を貫かれて絶命する。

 デフロットたちのパーティーは北東の森で狩りを楽しんでいた。新階層開口以来、魔物の出現率は上々だ。

「うーん、やっぱり単独の矢だとC級程度も仕留められないのね……」
「牽制でも十分だよ。それが本来の弓使いアーチャーの仕事だろ?」
「そうだけど~」

 活躍としては十分なのだがローレット不満のようだ。開口クエストで見たベルナールの仲間、セシールの力を見ていたからだ。S級冒険者の娘は一段強力な矢を放つ。

「まあ、ぼちぼち強くなれば良いさ。ローレットは他を支援できるほど魔力が強いんだから」

 デフロットはそう言って慰めるが、これは事実でもあった。

 ドルフィルが三体の魔核を回収して戻って来る。

「どうだった?」
「デフロットの倒したのが一番小さいよ。最後のが一番大きかったね」
「そうか。ローレットがヤったのが一番大物だったな」

 同じC級でも個体差はあった。魔核の大きさは強さ、脅威度の違いでもある。

「さてどうするかな――」
「私の探知範囲には魔物はいないわね……」

 ステイニーの力で何も感じないのなら、更に先に進むか帰還するかは微妙な時間だ。

「探査しながら徒歩移動で少し進もうか?」
「そうだな」

 ドルフィルの意見にデフロットは同意し、ステイニー、ローレット共に頷いた。跳躍の遠距離移動は魔力を消費する。

 四人は歩いて更に北東へと進んだ。


「ん?」

 傍らに生えているマンドレイクに気が付いたデフロットは、それを引き抜こうとする。

「待って!」

 ステイニーが小さく声を上げた。何かを見つけたようだ。

「どうした?」
「ちょっと強い魔物が三体かたまっている」

 デフロットはマンドレイクから手を引く。こいつの悲鳴は甲高く、遠くまで響くからだ。

 ちょっと強いはB級を超えるか超えないかの、彼女なりの表現だ。

「ここで少し様子を見ようか……」

 B級が三体ではデフロットたち四人にも手に余る。


「二体は北東に移動、一体は東に移動を開始……」

 デフロットはどうしようかと考える。ここから更に北東への進撃は無理だ。ならば東へ移動している一体を狩るか、偵察程度に留めるかだ。

「俺が歩いて東に進む。皆は探知しながら南東に進んでくれ」

 妥当な線だ。意見が一致し、デフロットは皆と別れて一人魔物へと向かおうとする。

「気をつけてね」
「無茶はしないさ」

 ステイニーには、もう心配ばかり掛けはしないとデフロットは頷いた。


 なんだ、あれは――と、デフロットは心の中で呟く。それは始めて見る異様な光景だった。

 大きさからしてB級ほどのワイバーンが翼を畳み、二本の足で森の中を移動していた。

 意図は分かる。冒険者に発見されない為だ。しかしワイバーンの本能は空を飛んでの移動だ。そのような行動をとるなど、見たこともなければ聞いたこともない。

 デフロットは木々の間、特に草木の多い影から、そのおかしなワイバーンを監察した。

 そしてどうしようかと逡巡する。冒険者の勘は危険との警鐘を鳴らしているが、デフロットの興味本位が勝った。

 剣の柄に手を掛けて攻撃のタイミングを伺う。跳躍し一瞬で剣を突き立てれば始末できると思った。

 その瞬間、ワイバーンは体ごとデフロットの方を向く。

「ちっ……」

 小さく舌打ちした。デフロットの殺気、魔力の高まりに気が付いたようだ。ワイバーンは黒い体を左右に振りながら周囲を警戒する。

 そしてデフロットはその胸に異様なものを見た。人の顔らしき表情が張り付いていたのだ。

 なんだと……? オーガ、グレンデル、スプリガンなど怪物的ではあるが、人らしき顔を持っている魔物は多くいる。だがワイバーンに、頭部とは別の顔があるなど聞いたことがない。

 ここでデフロットはある可能性に思い至った。冷や汗が額を流れ戦いの中止を決意する。

 しかしワイバーンはデフロットの方を向いて、その顔が不気味に笑った。表情は人間そのものだ。

「くそっ!」

 見つかったと思ったデフロットは一気に後方に跳躍し、南へ向けて空を滑空した。

 異変を察した三人も同じように空を飛ぶ。

「全力で南に待避だっ!」

 デフロットが魔力伝達で叫び、いつも跳躍に使う力を推進力に変えた。察したステイニーも同じように飛びデフロットに接近する。

「何があったのよ!」
「話は後だ! とにかく逃げるんだ!」
「あなたが逃げるなんて……」
「いいからっ!」

 ドルフィル、ローレット共に同じように飛び、四人は編隊を組む。

「強力な魔力が接近!」

 デフロットが振り返ると黒点が迫ってきていた。

「ちっ、追ってきやがった……」
「牽制よっ!」

 ローレットが背面飛行に移ってから、上半身を起こして弓を引き絞る。何本かの矢をワイバーンは障壁で防いだ。

「僕もっ!」

 ドルフィルは後ろを向きながら火球を数発叩き込んだ。これもワイバーンは障壁で防ぐ。

 弾けた火球が大空に火花を散らした。

 前方にいくつかの黒点が見える。何事かと冒険者たちが周囲を警戒し始めたのだ。

「敵、方向転換! 北に向かったわっ!」

 それはデフロットにも感じられた。飛行を滑空に移し徐々に高度が下がる。ステイニーたちも同じように降下した。

「ふう……」

 森の中に下りたデフロットは安堵するように息をつく。

「いったい何が――」
「他の冒険者たちはどうした?」

 ステイニーの言葉を遮りデフロットは確認する。

「引き上げていったわ……」
「そうか……」

 そして追いかけるヤツかいなくて良かったと安堵する。空を飛ぶ魔物を追うのは魔力消費が大きいのでワリに合わないのだ。

「いったいな何なのよ?」
「あれはゴーストだ……」
「ん?」

 ステイニーは首を傾げ、ドルフィルとローレットも怪訝そうに顔を見合わせる。

「ゴースト――? ってあの・・ゴーストの話?」
「そうあの・・ゴーストだ」
「まっ、まさかあ~、こんなところで?」

 ステイニーはあきれたように言うが、デフロットの顔は真剣そのものだった。

 『ゴースト事件』。それは昔、十数年に渡り、この国の街という街を震撼させ続けた、連続殺人事件の俗称だった。

「早くギルドに戻ろう。報告だ」

 ステイニーたちはまだ半信半疑で首を傾げる。
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