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第一章「戦力外の男」

第二十六話「突入前夜」

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 第五階層にある広い支道の突き当たり。ベルナールはそこにある下層への封印の前に立つ。

 岩に打ち付けられた魔導具のプレートには、魔力を閉じ込めている魔核が光っていた。

 ここが下への道だと突き止めたのはベルナールのパーティーたちだ。仲間の魔導士、アンディックが探査の能力で発見した。

 ベルナールたちは何度も突入の申請を出し、却下され、セシリアが結婚し、仲間はそれぞれの道へと歩み始めた。

 そして今も、この街で冒険者を続けているのはベルナールだけになった。

 もしかすると今もこの地で仲間が戻ってくのを待ち続けていたのかもしれない。ついぞ今まで、この封印が破られることはなかった。

 そんなことを思い出しながら、ベルナールは皆でパーティー解散を決めたこの場に立ち尽くしていた。


 もう夕刻近く。ほとんどのパーティーはクエストを終えて地上に帰還し、ダンジョンの中は静寂に包まれている。

 数名の砂を噛み小石を踏む音が聞こえた。

「ここにいましたか……」
「バスティか……」

 振り返ると若き冒険者パーティー、希望に満ち溢れている若者たちが立っている。

「いよいよ明日ですね」
「ああ、明日だ」

 今まで若い連中はパーティー単位で個別にダンジョンを戦ってきた。だからその単位で更に連携する味を知っている者は、この街の若手にはいないだろう。

 いや、知っているパーティーがこの街にいる。

「バスティ……」
「? 何ですか?」
「いや……、お前たちはこの為にここへと来たんだな」
「はい、新階層突入。それが俺たちの目的です」

 ここから下を目指すのは、かつての若きベルナールが果たすべき目標であった。

 しかし今、若い冒険者たちがそれを受け継ぐのだ。


 ベルナールたちは地上へと向かった。

 第五階層のメインダンジョンには既にバリケード用の資材が運び込まれている。

 突入の配置も決まり周知されていた。

 先鋒はバスティたち。次鋒はデフロットのパーティー。ベルナールたちは三本目の矢となった。ここまでが第一列となる。

 第二列は北ギルドの冒険者たちが務める。

 そして中央と西、東のギルドから応援に来た冒険者パーティーが続き、エルワンはいつもの第四列程度にギルドの監督官として参加することになっていた。


 ベルナールはバスティたちと別れ、セシールとの待ち合せ場所へと向かう。例のスイーツ店だ。

 学校を終えたアレットとロシェルを連れてきたセシールは、テーブル席に着いていた。

「待たせたか?」
「ううん、今来たところ。中はどうだったの?」
「静かなものさ。準備も万全だよ。さあ、メシにしようか」

 アレットとロシェルも装備を身に付け、一丁前いっちょまえの冒険者に見える。

 既にこの姿で数戦交え、二人とも自信を付けていた。格好が成長を促しているのだ。

 セシールがウエイトレスを呼び注文をする。ベルナールたちは運ばれる料理を次々に平らげた。明日の為にエネルギーを補給する。

 夜はこの街で暮らす冒険者たちの為に、ボリュームたっぷりの食事を提供していた。

 四人で店を出て裏手へと向かう――。

 いつもは静かなこのダンジョンの街も、他のギルドから応援に来たパーティーで賑わっている。

 ――そこには小さなコテージがいくつか建ち並んでいた。スイーツ店が経営する宿だ。

 ベルナールは鍵を出して扉を開ける。狭い部屋に二段ベッドが二つ並んでいた。

「狭いがここで我慢してくれよ。アレットとロシェルは上を使ってくれ」
「ううん、冒険者の寝床なんてこんなものよ。平気よ」
「二段のベッドなんて初めてです」
「上がいい~。私も初めて~~」

 確かに普通の家には二段のベッドなどないだろう。これは少ない宿泊施設に大勢泊めるための苦肉の策だった。他の開口から応援を迎え入れる時などは、どうしても部屋が足りなくなるのだ。昔の名残である。

「俺はちょっと出てくるよ」
「私たちは休んでるわ。あまり遅くならないでね」
「分かってるさ」

 なんだか大昔に、母親のセシリアに同じことを言われた気がして、ベルナールは内心で苦笑する。

 新階層攻略を前にして、街は久しぶりに湧いていた。


 ベルナールは昔、行き付けだった酒場に入る。今はここの守備隊長、マークスが行き付けとしている店だ。

 既にカウンターに座りベルナールが来るのを待っていた。

「待たせたな」
「いや、俺も今来たばかりだ」

 マスターは何も言わずにビールジョッキを差し出した。周囲の客は共に戦っていた昔馴染みの顔ばかりだった。

「乾杯しようぜ。大昔、俺たちがやり残した場所に……」
「ああ、昔の俺たちのような若い連中の活躍にな……」

 マークスとしても新たな階層には感慨があるようだ。ベルナールとも同じ気持ちだった。

 そしてここにいる連中も皆、同じ気持ちなのだ。
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