転生先は上級貴族の令息でした。元同級生たちと敵対しつつスローライフで戦記します。人気者への道は遠いよ。オタノリのまま貴族生活を満喫したい。

川嶋マサヒロ

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55「女子たちの決断」

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 王都の最西部地区、通称貧民街。そこの名もなき小さな教会は今日も戦場だった。
「怪我人よ」
「よせよ。かすり傷だぜ」
 戦時動員の見習い騎士、クリューガー・スミッツが自警団員の肩を担いで入って来る。右足に傷を負っていた。
「そのかすり傷で、動けないのでしょ?」
「そうだけどさ」
 すかさずハウスマンス・ノルーチェ嬢が駆け寄った。公爵家第三令嬢でありながら、この教会で奉仕活動を続けている。
「誰か二人ほど手を貸してください!」
 わずか九歳の少女は一瞬で症状を見切る。心得たもので修道女と仲間の少年がすぐにやって来た。
 三人がかりで【ヒール癒し】のスキルを施す。
「大袈裟だなあ」
「違うわ。厄介な魔力が入り込んだのよ」
「厄介?」
 自警団員は怪訝な顔をしたが、スミッツは状況を察する。
「魔毒系統ですわ。早く浄化しないと」
「へえ……」
「この嬢様がすぐに見抜いたの。大したものね」
 褒められたノルーチェ嬢は、照れるでもなく真剣な表情で力を注ぎこむ。三者の魔力を融合作用変換するため集中した。彼女が持つ特有の能力だ。
 この教会に来て、癒しとは説明と治療がセットだと憶えた。教本と現実は違うのだと。
「もう少しで、自身の治癒が可能な魔毒レベルまで下がりますから……。そのあと薬草を処方します」

 次々にやって来た怪我人は一息つく。一戦が終わった。
「久しぶりの貴族街はいかがでしたか?」
 ノルーチェ嬢が休憩のためにバルコニーに出ると、何人か先客がいた。スミッツはお茶のカップを持つ手を止めて声をかけた。
「まだ平和です。だけどいずれ」
「そろそろ、あちらに帰られてははいかがですか?」
「それは……」
「仲間たちから聞いています。戦いは壁の外から内側そして、貴族街へと移っていると」
「ノルーチェ様。こちらもそろそろ落ち着きました。もう大丈夫ですよ」
 修道女が気を利かせて、まだ幼さの残る令嬢にお茶を注ぐ。
「そうそう森の中の戦闘も下火だ。俺たちもずいぶん慣れてきたから、そろそろ怪我はしねぇぜ」
「お前はそう言って、ここに行来るの何度目だ?」
 体のあちこちに包帯を巻いている自警団たちが話す。貧民街の住人であり冒険者でもあるが、格安でここのクエストを受けていた。
「うるせえやい」
「ははは」
「皆さん……」
 令嬢は背中を押してくれる、今は仲間と認めてくれた大人たちに感激した。
 修道女は幼い令嬢の顔を覗き込む。
「ノルーチェ様。中央教会は貴族街にも対処すると決めたようです。これからは、ぜひあちらをお手伝いください」
「あちらでもご活躍を」
 涙する令嬢に皆が頷く。今は毎日共に戦っている戦友であった。
「ありがとうございます」

  ◆

 翌日、貴族少年少女隊は大勢に見送られてローデン・リッツ中央教会へと向かった。
「さて。貧民地区担当の騎士様としてはどうするのですか?」
「見習い騎士ですよ。私も貴族街に行きます。団からも動員がかかりましたから。仲間の冒険者もそう言ってます」
「実は私の仲間も、同じことを言っています。ギルドからクエストも出ましたし」
 大学院の学生兼、戦時動員の見習い騎士クリューガー・スミッツ。同じく学生の冒険者、メイネルス・フェリクスの立場は似たようなものだ。
「あーあ、みんな行っちまうのかい」
「ここも寂しくなるねえ……」
 自警団の冒険者たちは残念そうな顔をした。共に戦うのが日常と錯覚していたが、現状は変わりつつある。
「寂しいなんて言っている間もないですよ。まだまだ魔獣はやって来ますから」
「そうです。陽動作戦を仕掛けてくるはず。ここはここで、何とか踏ん張ってもらいたいですね」
「俺たちも、子供たちに負けてられないってわけだ」
「やってやるぜ」
「そうですね。最後の決戦ですから」
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