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05「僕の名は。」
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「お忙しいのにわざわざお越しいただき、申し訳ない」
「枢密院など古典みたいなものだ。役にもたたない議論をするのが仕事だからな」
「そう言わないでくださいよ」
僕の部屋にお客様がやって来た。お父さん側の、お爺ちゃんとお婆ちゃんだ。
「これをやってくれ」
とずっしりとした革袋を差し出す。
「気を使っていただきまして……」
「可愛い孫には惜しまないさ」
それは誕生祝い、僕への大きなお小遣いなのだが、お父さんはその袋を受取りお母さんに渡す。
当人は完全スルー! そしてこの記憶は忘却の彼方へと忘れ去られてしまうのだった。
僕のお金だぞおっ! 中抜き反対。
「ところで候補を見させてもらったが、私はこれが良いと思うぞ」
お爺ちゃんは紙を差し出した。お父さんし、お母さんはそれをジッと見る。
「ブラウエル・アルデルトですか。俺もこれが良いと思っていました」
「アル。あなたの名前よ」
ついに命名された。僕の名前だ。そしてお爺ちゃんは僕の顔を覗き込む。
お小遣い、ありがとうねっ。強奪されたけど。
「しかし私の若い頃に似ておるな。そう思わないか?」
「あなた。おやめなさいな」
お婆ちゃんがすかさずたしなめる。そんな大昔のこと、誰も覚えていないでしょうに。
両親は顔を見合わせて苦笑いする。
ちなみにお父さんの名はブラウエル・ランメルト。お母さんはブラウエル・フランカなのだ。
「ところで少々話があるのだがな」
おじいちゃんの言葉に、お父さんは隣のお母様に目配せした。
「今日はランメルトに教えてもらって、ブラウエル家のタルトを焼きました。ぜひお味見していただきたいわ」
「それは楽しみですねえ」
「お口にあうかどうか、わからないのですが」
おばあさまの言葉に、お母様は謙遜する。
これは嫁、姑のアレかあ? 戦争勃発。
「さて、ランメルトも知らないコツがありますが、どうでしょうかねえ」
お父さんの顔色が少しだけ変わる。自信満々でお母さんに指南していたのを、僕は知っているぞ。
「ご挨拶に伺った時、一度だけ食したことがございます。その時の絶妙な風味、今もよく覚えておりますわ」
「男の人たちは、よく味わいもせずにあっというまに食してしまいますからね」
お母さんは頑張っていた。朝早くから僕への顔出しもそこそこに作っていたようだ。
「それは楽しみだね。私も後で食べさせていただこうか」
「大した出来ではありませんよ。かろうじて及第点といったところですね」
お爺ちゃんのプレッシャーがかかりそうな発言を、お父さんが混ぜっ返す。期待は低い方が、結果はそれを上回るのだ。テスト前に全然勉強してないからどうせダメだな、って言うやつだ。
「ひどいわ。もうちょっと点が取れると思うので。ではこちらに――」
「はい」
お婆ちゃんとお母さんは部屋から出て行った。残された二人はテーブルを挟み、ソファーに座る。
なんというか、僕の赤ん坊部屋は応接室にも使えるようになっているのだ。
「一体なんですか? 話とは」
「お前のところまでは伝わっておらんか……」
「ええ」
お父さんは催促するように首をかしげる。
「勇者召喚が失敗したのだよ。箝口令が敷かれているが、枢密院にすら知らせず行われた秘密の儀式だ」
「なんですって!」
「他言無用で頼むぞ」
「もちろんです。しかし一体誰が……」
「想像はつくが、ここで憶測を話し合うのはやめておこうか」
「そうですね。犯人探しは胸の内に留めておいた方が良い。しかし、いったいなぜ? 脅威が迫っているのですか?」
「それはないようだが」
「ふむ……。分りました。私も気をつけますよ」
「勝手に動くなよ」
「心得ます」
僕の頭上に魔方陣が現れゆっくり回転する。
「アルのミルクの時間ですね」
「話はここまでだ。あまり長く話していると女たちに勘繰られるな。行こうか」
「はい」
二人はそろって立ち上がる。お爺ちゃんは天井を見上げた。
「タルトはなかなかの出来ですよ。うまかった」
「お前はそれで良いかもしれん。しかし私がそれを褒めるのはなあ。こちらはこちらで、家のが一番と思っている」
「さてさて。枢密院議長殿の手腕を勉強させていただきますか」
「気が重いわっ。息子の家を訪ねても、これではまるで仕事だ」
「ははは。私もうまく話を合わせますよ。そうですね最後はやはり母上の味が一番、とでも言いますか」
「それだな。まんべんなく褒めそして最後は一番の権力者が一番だと決定付ける。お前も政治が分かってきたな」
「そうでもありませんよ」
「ふふっ、こんな絵を天井に描くとはな。おまえらしい」
「当然です」
「まあ、古典ならば問題はなかろう――」
二人は話しながら、僕を一人残して部屋から出て行った。
勇者召喚だって? この天井の絵は伝説の話ではなくて、今も起こっていることなの?
あの二人の様子からして、あまり良い話ではないらしい。
ここに召喚された人、僕がいるのに他人事じゃないよ。
そもそも、勇者召喚の儀式はいかなる場合に行われるのか? ちょっと妄想してみよう。ラノベ限定で(それを原作としたアニメ、漫画も含む)。
勇者が必要ならば、当然それに対する敵がいるはずだ。超ありがちなのは魔王。そして魔人や魔獣。それは事実であると、天井の絵が表している。
呼ばれた勇者は現代の日本からやって来て、当然チートと呼ばれる強い力を持っている。
勇者様っ! などとおだてられ、やってやるぜっ! と張り切る展開。
なぜ俺がそんなことをやらなくちゃいけないんだ? などと勇者の義務を拒否する者がいたりする。もちろん積極的にやる気を出す勇者もいたりする。
で、物語が始まる。成功に次ぐ成功体験を経て、よく分からないまま敵を倒し続ける。
しかし今回は最初の召喚が失敗だ。どうせもう一度儀式をやって召喚成功するのだけど、わざわざ失敗例は小説では描かない。仮に失敗から始まったとして、何か理由があるはずだ。いったいそれは何か?
僕じゃね? 成功例がここにいる。まずいじゃん。
メイドさんがニ人やって来た。片方が体を抱き起こし、片方が口に哺乳瓶を突っ込む。
僕も早くタルトが食べたいなあ。
でも、ミルクもおいしいけど。何せ体は赤ちゃんだしね。
ご飯の後は眠くなるんだよ。考え事はまた明日にしよう。でも明日は多分忘れちゃうんだ。赤ちゃんの体って、けっこう不便だよ。
それにしても……。
お爺ちゃんは何やら偉い人みたいだし、二人は政治談義などしていた。ブラウエル家は金持ちだし、権力もそれなりにあるようだ。
僕の人生は荒波に揉まれる大航海になるに違いない。
ウヒョー! 中級平凡家庭の人生から、一躍高級貴族のエリート街道驀進だ。
親おみくじ大吉!
「枢密院など古典みたいなものだ。役にもたたない議論をするのが仕事だからな」
「そう言わないでくださいよ」
僕の部屋にお客様がやって来た。お父さん側の、お爺ちゃんとお婆ちゃんだ。
「これをやってくれ」
とずっしりとした革袋を差し出す。
「気を使っていただきまして……」
「可愛い孫には惜しまないさ」
それは誕生祝い、僕への大きなお小遣いなのだが、お父さんはその袋を受取りお母さんに渡す。
当人は完全スルー! そしてこの記憶は忘却の彼方へと忘れ去られてしまうのだった。
僕のお金だぞおっ! 中抜き反対。
「ところで候補を見させてもらったが、私はこれが良いと思うぞ」
お爺ちゃんは紙を差し出した。お父さんし、お母さんはそれをジッと見る。
「ブラウエル・アルデルトですか。俺もこれが良いと思っていました」
「アル。あなたの名前よ」
ついに命名された。僕の名前だ。そしてお爺ちゃんは僕の顔を覗き込む。
お小遣い、ありがとうねっ。強奪されたけど。
「しかし私の若い頃に似ておるな。そう思わないか?」
「あなた。おやめなさいな」
お婆ちゃんがすかさずたしなめる。そんな大昔のこと、誰も覚えていないでしょうに。
両親は顔を見合わせて苦笑いする。
ちなみにお父さんの名はブラウエル・ランメルト。お母さんはブラウエル・フランカなのだ。
「ところで少々話があるのだがな」
おじいちゃんの言葉に、お父さんは隣のお母様に目配せした。
「今日はランメルトに教えてもらって、ブラウエル家のタルトを焼きました。ぜひお味見していただきたいわ」
「それは楽しみですねえ」
「お口にあうかどうか、わからないのですが」
おばあさまの言葉に、お母様は謙遜する。
これは嫁、姑のアレかあ? 戦争勃発。
「さて、ランメルトも知らないコツがありますが、どうでしょうかねえ」
お父さんの顔色が少しだけ変わる。自信満々でお母さんに指南していたのを、僕は知っているぞ。
「ご挨拶に伺った時、一度だけ食したことがございます。その時の絶妙な風味、今もよく覚えておりますわ」
「男の人たちは、よく味わいもせずにあっというまに食してしまいますからね」
お母さんは頑張っていた。朝早くから僕への顔出しもそこそこに作っていたようだ。
「それは楽しみだね。私も後で食べさせていただこうか」
「大した出来ではありませんよ。かろうじて及第点といったところですね」
お爺ちゃんのプレッシャーがかかりそうな発言を、お父さんが混ぜっ返す。期待は低い方が、結果はそれを上回るのだ。テスト前に全然勉強してないからどうせダメだな、って言うやつだ。
「ひどいわ。もうちょっと点が取れると思うので。ではこちらに――」
「はい」
お婆ちゃんとお母さんは部屋から出て行った。残された二人はテーブルを挟み、ソファーに座る。
なんというか、僕の赤ん坊部屋は応接室にも使えるようになっているのだ。
「一体なんですか? 話とは」
「お前のところまでは伝わっておらんか……」
「ええ」
お父さんは催促するように首をかしげる。
「勇者召喚が失敗したのだよ。箝口令が敷かれているが、枢密院にすら知らせず行われた秘密の儀式だ」
「なんですって!」
「他言無用で頼むぞ」
「もちろんです。しかし一体誰が……」
「想像はつくが、ここで憶測を話し合うのはやめておこうか」
「そうですね。犯人探しは胸の内に留めておいた方が良い。しかし、いったいなぜ? 脅威が迫っているのですか?」
「それはないようだが」
「ふむ……。分りました。私も気をつけますよ」
「勝手に動くなよ」
「心得ます」
僕の頭上に魔方陣が現れゆっくり回転する。
「アルのミルクの時間ですね」
「話はここまでだ。あまり長く話していると女たちに勘繰られるな。行こうか」
「はい」
二人はそろって立ち上がる。お爺ちゃんは天井を見上げた。
「タルトはなかなかの出来ですよ。うまかった」
「お前はそれで良いかもしれん。しかし私がそれを褒めるのはなあ。こちらはこちらで、家のが一番と思っている」
「さてさて。枢密院議長殿の手腕を勉強させていただきますか」
「気が重いわっ。息子の家を訪ねても、これではまるで仕事だ」
「ははは。私もうまく話を合わせますよ。そうですね最後はやはり母上の味が一番、とでも言いますか」
「それだな。まんべんなく褒めそして最後は一番の権力者が一番だと決定付ける。お前も政治が分かってきたな」
「そうでもありませんよ」
「ふふっ、こんな絵を天井に描くとはな。おまえらしい」
「当然です」
「まあ、古典ならば問題はなかろう――」
二人は話しながら、僕を一人残して部屋から出て行った。
勇者召喚だって? この天井の絵は伝説の話ではなくて、今も起こっていることなの?
あの二人の様子からして、あまり良い話ではないらしい。
ここに召喚された人、僕がいるのに他人事じゃないよ。
そもそも、勇者召喚の儀式はいかなる場合に行われるのか? ちょっと妄想してみよう。ラノベ限定で(それを原作としたアニメ、漫画も含む)。
勇者が必要ならば、当然それに対する敵がいるはずだ。超ありがちなのは魔王。そして魔人や魔獣。それは事実であると、天井の絵が表している。
呼ばれた勇者は現代の日本からやって来て、当然チートと呼ばれる強い力を持っている。
勇者様っ! などとおだてられ、やってやるぜっ! と張り切る展開。
なぜ俺がそんなことをやらなくちゃいけないんだ? などと勇者の義務を拒否する者がいたりする。もちろん積極的にやる気を出す勇者もいたりする。
で、物語が始まる。成功に次ぐ成功体験を経て、よく分からないまま敵を倒し続ける。
しかし今回は最初の召喚が失敗だ。どうせもう一度儀式をやって召喚成功するのだけど、わざわざ失敗例は小説では描かない。仮に失敗から始まったとして、何か理由があるはずだ。いったいそれは何か?
僕じゃね? 成功例がここにいる。まずいじゃん。
メイドさんがニ人やって来た。片方が体を抱き起こし、片方が口に哺乳瓶を突っ込む。
僕も早くタルトが食べたいなあ。
でも、ミルクもおいしいけど。何せ体は赤ちゃんだしね。
ご飯の後は眠くなるんだよ。考え事はまた明日にしよう。でも明日は多分忘れちゃうんだ。赤ちゃんの体って、けっこう不便だよ。
それにしても……。
お爺ちゃんは何やら偉い人みたいだし、二人は政治談義などしていた。ブラウエル家は金持ちだし、権力もそれなりにあるようだ。
僕の人生は荒波に揉まれる大航海になるに違いない。
ウヒョー! 中級平凡家庭の人生から、一躍高級貴族のエリート街道驀進だ。
親おみくじ大吉!
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