46 / 53
45「ダンジョンの狂牛」
しおりを挟む
シルヴェリオの聖剣と、ミノタウロスの巨剣が打ち合いを始めた。発光し巨大化した聖剣を、怒りにまかせて叩きつける貴公子。それを真っ向から受け、攻撃に転じる巨大な魔人。
(分かっているさ。あれは私の中の彼女)
互いに持つ何かをぶつけ合うように、二人は剣で語り合う。
(あれは誰でもない。ただの私だっ!)
シルヴェリオの一撃がミノタウロスを一歩引かせる。
「貴様はどうなのだ? なぜこんなところでボスキャラをやっている?」
続いてミノタウロスの巨剣がシルヴェリオの体を吹き飛ばす
「むうっ! なぜ魔人になったのだ!?」
しかし再び突進する。
「この私を救ってみせろ。ストークっ!」
シルヴェリオは絞首台の上にいた。隣がガコンと音をたてて作動する。まだ若い娘だ。
眼前にはおびただしい松明の明かり。群衆がこの場に押し寄せている。全てが泣いていた。周囲を慎重に観察する。
(処刑対象は庶民で執行は統治者か。よくある光景ではあるな)
振り返り見上げると、そこには城のバルコニーだ。独裁者とその取り巻き。これもまた繰り返されてきた歴史。問題はその端に立つ一人の女性。広範囲に強力な結界を張り、人々のスキルを押さえ込む。歴史の闇に消えたレディセイント。
シルヴェリオの足元が、ガッと鳴った。
横殴りに振られる巨剣になぎ払われたシルヴェリオは、シールドごと側壁に激突する。地面を転がって着地。後方に吹き飛びつつ、剣を構える。
「貴様はあの中の、どいつなのだ?」
ミノタウロスの胸に、腐れただれた元人間の顔が現れる。最初に首を切られた男だった。
「なぜ魔人になどなったのだ? どうすれば人はそのようになるのだ?」
その問いにミノタウロスは咆哮で返す。空気がビリビリと震えた。
「まだ戦い足りないのか。私もだよ」
シルヴェリオは言いようのない感情に襲われ、ただそれを何かにぶつけたかった。ミノタウロスもまた同じだと知っていた。
聖剣の光を最大まで伸ばす。限界まで魔力を絞り出し、切っ先に意識を集中させた。攻撃を察したミノタウロスは身構える。
「もう一度見せてもらうぞ……」
体内に再び魔力が満ち始める。リフティング・アクションを解放した。シルヴェリオの突きと、魔人の巨剣が再び激突する。
「ストーク!」
状況は一変していた。民衆が殺せ殺せと、はやし立てる。その中にシルヴェリオはいた。
(これは、どうしたことだ?)
民衆の熱狂は異様なほどだ。先ほどまですすり泣いていた者たちは、今は狂気の色に染まっている。
それは結界の成せるスキルなのか。どちらが虚でどちらが実なのか?
ミノタウロスの中の混乱が作り出した世界で、処刑は同じように続いていた。
バルコニーにレディセイントの姿はなかった。
シルヴェリオは群衆をかき分けて前に出る。柵を跳び越え、処刑場を抜けて城の階段を駆け上がる。その部屋にその女がいた。
「あなたは?」
「私が――、見えるだと? レディセイントとはそうなのか……」
「いったいどこから……」
「この状況は、いったい何なのだ? なぜ群衆の感情がこうも変わる?」
「もしかして、記憶をたどってここまで――」
「そうだ、四、五百年後の魔人をたどってここに来た」
「ナイト・ストーカー!」
白いドレスの女は後ずさりした。
「本当にいるのね……」
「なぜお前は歴史から消えてしまったのだ?」
「あなたが見たのはその記憶。事実とは違い、長い年月に書き換えられた幻――」
「この場で何が起こったのだ? 答えろっ!」
「――貴方もそうでしょう? 都合いいように、全てを書き換えて……」
シルヴェリオはバルコニーを出て状況を見渡す。群衆は相変わらずだった。一方独裁者側の者たちは、皆一様に押し黙り状況を見守っている。
(この処刑は、いったいなぜ……)
「この国はもう終りよ」
ミノタウロスの手から巨剣が消えた。自ら戦いを止めて後退、そのまましゃがみ込む。シルヴェリオもまた引いた。
あの熱狂のなかで殺された人間たち。それを見ていた統治者たちとレディセイント。
(人の記憶などあいまいだ。人そのものが、そうなのだから)
「私は違うぞ。貴様のようには、絶対にならん!」
踵を返したシルヴェリオは前方に生える一株の雑草を見つけた。それは草木一本も存在しないダンジョンの奇跡のように見えた。
駆け寄ってしゃがみ込む。
「これは……。草?」
引き抜くと根は死んだ魔獣のように弾けて消える。
「こんなものは悪魔の薬草だ……」
シルヴェリオは内ポケットにそれを忍ばせる。
屋敷に戻ったシルヴェリオは、問題の品を机の引き出しに入れて施錠する。
壁のフランチェスカたちは、泣いていた。
(あのレディセイントために泣いているのか)
(分かっているさ。あれは私の中の彼女)
互いに持つ何かをぶつけ合うように、二人は剣で語り合う。
(あれは誰でもない。ただの私だっ!)
シルヴェリオの一撃がミノタウロスを一歩引かせる。
「貴様はどうなのだ? なぜこんなところでボスキャラをやっている?」
続いてミノタウロスの巨剣がシルヴェリオの体を吹き飛ばす
「むうっ! なぜ魔人になったのだ!?」
しかし再び突進する。
「この私を救ってみせろ。ストークっ!」
シルヴェリオは絞首台の上にいた。隣がガコンと音をたてて作動する。まだ若い娘だ。
眼前にはおびただしい松明の明かり。群衆がこの場に押し寄せている。全てが泣いていた。周囲を慎重に観察する。
(処刑対象は庶民で執行は統治者か。よくある光景ではあるな)
振り返り見上げると、そこには城のバルコニーだ。独裁者とその取り巻き。これもまた繰り返されてきた歴史。問題はその端に立つ一人の女性。広範囲に強力な結界を張り、人々のスキルを押さえ込む。歴史の闇に消えたレディセイント。
シルヴェリオの足元が、ガッと鳴った。
横殴りに振られる巨剣になぎ払われたシルヴェリオは、シールドごと側壁に激突する。地面を転がって着地。後方に吹き飛びつつ、剣を構える。
「貴様はあの中の、どいつなのだ?」
ミノタウロスの胸に、腐れただれた元人間の顔が現れる。最初に首を切られた男だった。
「なぜ魔人になどなったのだ? どうすれば人はそのようになるのだ?」
その問いにミノタウロスは咆哮で返す。空気がビリビリと震えた。
「まだ戦い足りないのか。私もだよ」
シルヴェリオは言いようのない感情に襲われ、ただそれを何かにぶつけたかった。ミノタウロスもまた同じだと知っていた。
聖剣の光を最大まで伸ばす。限界まで魔力を絞り出し、切っ先に意識を集中させた。攻撃を察したミノタウロスは身構える。
「もう一度見せてもらうぞ……」
体内に再び魔力が満ち始める。リフティング・アクションを解放した。シルヴェリオの突きと、魔人の巨剣が再び激突する。
「ストーク!」
状況は一変していた。民衆が殺せ殺せと、はやし立てる。その中にシルヴェリオはいた。
(これは、どうしたことだ?)
民衆の熱狂は異様なほどだ。先ほどまですすり泣いていた者たちは、今は狂気の色に染まっている。
それは結界の成せるスキルなのか。どちらが虚でどちらが実なのか?
ミノタウロスの中の混乱が作り出した世界で、処刑は同じように続いていた。
バルコニーにレディセイントの姿はなかった。
シルヴェリオは群衆をかき分けて前に出る。柵を跳び越え、処刑場を抜けて城の階段を駆け上がる。その部屋にその女がいた。
「あなたは?」
「私が――、見えるだと? レディセイントとはそうなのか……」
「いったいどこから……」
「この状況は、いったい何なのだ? なぜ群衆の感情がこうも変わる?」
「もしかして、記憶をたどってここまで――」
「そうだ、四、五百年後の魔人をたどってここに来た」
「ナイト・ストーカー!」
白いドレスの女は後ずさりした。
「本当にいるのね……」
「なぜお前は歴史から消えてしまったのだ?」
「あなたが見たのはその記憶。事実とは違い、長い年月に書き換えられた幻――」
「この場で何が起こったのだ? 答えろっ!」
「――貴方もそうでしょう? 都合いいように、全てを書き換えて……」
シルヴェリオはバルコニーを出て状況を見渡す。群衆は相変わらずだった。一方独裁者側の者たちは、皆一様に押し黙り状況を見守っている。
(この処刑は、いったいなぜ……)
「この国はもう終りよ」
ミノタウロスの手から巨剣が消えた。自ら戦いを止めて後退、そのまましゃがみ込む。シルヴェリオもまた引いた。
あの熱狂のなかで殺された人間たち。それを見ていた統治者たちとレディセイント。
(人の記憶などあいまいだ。人そのものが、そうなのだから)
「私は違うぞ。貴様のようには、絶対にならん!」
踵を返したシルヴェリオは前方に生える一株の雑草を見つけた。それは草木一本も存在しないダンジョンの奇跡のように見えた。
駆け寄ってしゃがみ込む。
「これは……。草?」
引き抜くと根は死んだ魔獣のように弾けて消える。
「こんなものは悪魔の薬草だ……」
シルヴェリオは内ポケットにそれを忍ばせる。
屋敷に戻ったシルヴェリオは、問題の品を机の引き出しに入れて施錠する。
壁のフランチェスカたちは、泣いていた。
(あのレディセイントために泣いているのか)
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる