27 / 53
27「オタクの絵画」
しおりを挟む
ストークパペットは数日前に屋敷に帰還し動きを止めていた。シルヴェリオの知識を持ってしても、修復は困難である。かつ、フランチェスカへのストークも阻害されていた。
街の魔導具屋に持ち込んでも修理困難のシロモノである。かといって正規のルートに載せれば、戻って来ない可能性が高い。
(あそこに行ってみるか……)
いつものように学院では個人的な趣味を楽しんだ。夕刻近くに目的の場所を訪ねる。
シルヴェリオはその部屋の扉をノックするが反応はなかった。【魔導具研究会】の看板が掛かっている。仕方なしと開けると、中では白衣の数人が何やら作業に熱中していた。
「失礼。ちょっといいかな?」
声をかけても反応がない。よほどの集中力なのだろう。
「オタク! なんなの? 勝手に入って来ちゃ困るよっ」
「いや、声かけはしたが……」
「どうした? 部外者は立ち入り禁止だよ」
次々に気が付いた研究員たちにシルヴェリオは詰め寄られる。
「これの修理が可能か相談にのってほしい」
そしてカバンから布に包まれた魔導具の小鳥を取り出す。
「これはスゴイ!」
「ああ、そこらで売っているシロモノじゃないぜ!」
「金もかかっているしなあ」
小鳥は机に寝かされ胸が解放された状態だ。中には金属プレートと部品、いくつかの魔導核が光る。
「オタク、これをいたいどこから?」
「いや、そこは話せないな」
王宮の魔導技術士たちが作った試作品。シルヴェリオの父が廃棄扱いリストに載せ、フィオレンツァ家に流れてきたのだ。シルヴェリオのスキルでの運用試験が正式な名目であった。
不正ではない。このような方法が可能なのは、開発と運用が厳密に分けられているからだ。
「おいっ、ガストーネ。お前も見てみろよっ!」
「ああ、そんなにスゴイの?」
一人だけ作業に没頭していた学生が輪に加わる。
「こいつは天才」
「そう、どんな原理も見抜いちゃうんだ」
そのガストーネはルーペを当てて中を覗き込んだ。仲間はピンセットを使い胸部を大きく開く。
「不具合の原因は何か分かるかな?」
「魔力の過剰放出による過負荷かなあ。飛行が前提だから、これ以上ゲルマタイトの強度は上げられないんだ。たぶんこの部品が変形しているだけだと思うけど……」
「直せるのか?」
「皆の協力があればね。元の寸法を予測して、スクラップのゲルマタイトから削り出す。僕は加工が得意じゃなくて……」
「ふむ……」
さてどうしようかとシルヴェリオは考え込んだ。
「あっ、オタクはラヴキュアにシオ対応した貴公子だな」
「?」
「そう、エントランスの大絵画を描いたヤツだぞ」
「あれは少し手伝っただけだが……」
「だったら修理する代わりに、俺たちのキュアを描いてくれないか?」
「誰だ、それは?」
「オタク失礼だなっ! 彼女たちさ」
と言って壁に飾られた絵画を指差す。それは三人の娘で、シルヴェリオは特徴に見覚えがあった。
「下手くそな絵だな……」
「僕らの力作だよお。オタク、失礼だなあ」
「いや、情熱は感じるな。力強い絵だ」
「オタク分かってるねえ」
「僕らは皆このアイドルの熱狂的ファンでね」
と言ってガストーネは肩をすくめた。
「レストランで相席の彼女たちをシカトしたでしょ? 噂だよお」
「ああ、あれか……」
シルヴェリオは思い出す。ピンクの髪色はクールな魅力が感じられるのに、作り笑顔が張り付いていた。水色の髪色はいつもの笑顔の上に、面のような表情を作っている。緑の髪色は常にどういう表情を作ろうかと、一貫性のない微笑だった。
(おかしな女子たちだったな)
「その三人を――」
「分かった。芸術絵画は私の専門だ。任せてくれ」
「じゃあ、この修理は僕たちに任せて」
取引成立だ。その後は詳細なリクエストを詰める。
◆
すぐにシルヴェリオは絵画サークルへと向かう。部屋ではオリヴィエラが一人で創作に没頭していた。後輩たちを指導したあと、こうして創作に向き合うのだ。
「あら、いったいどうしたの?」
「空いてるキャンバスはあるか? 急に描かねばならなくなった」
「いくらでもあるわよ。ここはそういう場所ですから」
道具と画材の棚から必要分を引っ張り出し、椅子も四脚並べる。その一つに座り、シルヴェリオは息を吸い込む。
(まずはピンクからだ。いくぞっ!)
考えはまとまっていた。仮面ならばその仮面こそが依頼者の求め。少し媚びたような作り笑顔を再現する。ここの衣装は制服でよいだろう。
続いて水色はシラけを隠す微笑。そして緑は困ったようなはにかみ。三枚の荒いスケッチを終え、最後の大ぶりのキャンバスの前に座った。三人の前身画に挑む。リクエストはビキニアーマーだった。
衣装は女性冒険者などを参考にしつつ創作。めんどくさいので全員おそろいとした。武装はなし。
問題は制服の下に隠れている肉体だ。これは蓄積された人体データから予測するしかない。
(ん? そうか! なるほど。こんなゴミ絵も役に立つか……)
全ての創作を自身に取り込み力とするシルヴェリオ。ポーズはそれぞれの性格からデッチ上げた。
(この力を手に入れれば……)
「あら、こんなのを描くんだ。これラヴキュアね」
気が付くとオリヴィエラが後ろにいた。今日の予定に区切りがついたようだ。
「知っているのか?」
「学院の広報戦略だもの」
「知らなかったよ。頼まれ仕事さ。今日はここまでにしておくか。時々ここに来て仕上げさせてくれるか?」
シルヴェリオは自身の創作が終わったオリヴィエラに気を使う。
「私の個人ロッカーに補完しておくわ」
「助かる」
こんな絵を描いているなど、人に知られるわけにはいかない。
「使った画材はあとで補充しておく」
「いいのよ。半分はあなたの家からの寄付で、半分は私の家からだもの」
「……知らなかったよ」
オリヴィエラは今も弟のようなシルヴェリオを笑った。
街の魔導具屋に持ち込んでも修理困難のシロモノである。かといって正規のルートに載せれば、戻って来ない可能性が高い。
(あそこに行ってみるか……)
いつものように学院では個人的な趣味を楽しんだ。夕刻近くに目的の場所を訪ねる。
シルヴェリオはその部屋の扉をノックするが反応はなかった。【魔導具研究会】の看板が掛かっている。仕方なしと開けると、中では白衣の数人が何やら作業に熱中していた。
「失礼。ちょっといいかな?」
声をかけても反応がない。よほどの集中力なのだろう。
「オタク! なんなの? 勝手に入って来ちゃ困るよっ」
「いや、声かけはしたが……」
「どうした? 部外者は立ち入り禁止だよ」
次々に気が付いた研究員たちにシルヴェリオは詰め寄られる。
「これの修理が可能か相談にのってほしい」
そしてカバンから布に包まれた魔導具の小鳥を取り出す。
「これはスゴイ!」
「ああ、そこらで売っているシロモノじゃないぜ!」
「金もかかっているしなあ」
小鳥は机に寝かされ胸が解放された状態だ。中には金属プレートと部品、いくつかの魔導核が光る。
「オタク、これをいたいどこから?」
「いや、そこは話せないな」
王宮の魔導技術士たちが作った試作品。シルヴェリオの父が廃棄扱いリストに載せ、フィオレンツァ家に流れてきたのだ。シルヴェリオのスキルでの運用試験が正式な名目であった。
不正ではない。このような方法が可能なのは、開発と運用が厳密に分けられているからだ。
「おいっ、ガストーネ。お前も見てみろよっ!」
「ああ、そんなにスゴイの?」
一人だけ作業に没頭していた学生が輪に加わる。
「こいつは天才」
「そう、どんな原理も見抜いちゃうんだ」
そのガストーネはルーペを当てて中を覗き込んだ。仲間はピンセットを使い胸部を大きく開く。
「不具合の原因は何か分かるかな?」
「魔力の過剰放出による過負荷かなあ。飛行が前提だから、これ以上ゲルマタイトの強度は上げられないんだ。たぶんこの部品が変形しているだけだと思うけど……」
「直せるのか?」
「皆の協力があればね。元の寸法を予測して、スクラップのゲルマタイトから削り出す。僕は加工が得意じゃなくて……」
「ふむ……」
さてどうしようかとシルヴェリオは考え込んだ。
「あっ、オタクはラヴキュアにシオ対応した貴公子だな」
「?」
「そう、エントランスの大絵画を描いたヤツだぞ」
「あれは少し手伝っただけだが……」
「だったら修理する代わりに、俺たちのキュアを描いてくれないか?」
「誰だ、それは?」
「オタク失礼だなっ! 彼女たちさ」
と言って壁に飾られた絵画を指差す。それは三人の娘で、シルヴェリオは特徴に見覚えがあった。
「下手くそな絵だな……」
「僕らの力作だよお。オタク、失礼だなあ」
「いや、情熱は感じるな。力強い絵だ」
「オタク分かってるねえ」
「僕らは皆このアイドルの熱狂的ファンでね」
と言ってガストーネは肩をすくめた。
「レストランで相席の彼女たちをシカトしたでしょ? 噂だよお」
「ああ、あれか……」
シルヴェリオは思い出す。ピンクの髪色はクールな魅力が感じられるのに、作り笑顔が張り付いていた。水色の髪色はいつもの笑顔の上に、面のような表情を作っている。緑の髪色は常にどういう表情を作ろうかと、一貫性のない微笑だった。
(おかしな女子たちだったな)
「その三人を――」
「分かった。芸術絵画は私の専門だ。任せてくれ」
「じゃあ、この修理は僕たちに任せて」
取引成立だ。その後は詳細なリクエストを詰める。
◆
すぐにシルヴェリオは絵画サークルへと向かう。部屋ではオリヴィエラが一人で創作に没頭していた。後輩たちを指導したあと、こうして創作に向き合うのだ。
「あら、いったいどうしたの?」
「空いてるキャンバスはあるか? 急に描かねばならなくなった」
「いくらでもあるわよ。ここはそういう場所ですから」
道具と画材の棚から必要分を引っ張り出し、椅子も四脚並べる。その一つに座り、シルヴェリオは息を吸い込む。
(まずはピンクからだ。いくぞっ!)
考えはまとまっていた。仮面ならばその仮面こそが依頼者の求め。少し媚びたような作り笑顔を再現する。ここの衣装は制服でよいだろう。
続いて水色はシラけを隠す微笑。そして緑は困ったようなはにかみ。三枚の荒いスケッチを終え、最後の大ぶりのキャンバスの前に座った。三人の前身画に挑む。リクエストはビキニアーマーだった。
衣装は女性冒険者などを参考にしつつ創作。めんどくさいので全員おそろいとした。武装はなし。
問題は制服の下に隠れている肉体だ。これは蓄積された人体データから予測するしかない。
(ん? そうか! なるほど。こんなゴミ絵も役に立つか……)
全ての創作を自身に取り込み力とするシルヴェリオ。ポーズはそれぞれの性格からデッチ上げた。
(この力を手に入れれば……)
「あら、こんなのを描くんだ。これラヴキュアね」
気が付くとオリヴィエラが後ろにいた。今日の予定に区切りがついたようだ。
「知っているのか?」
「学院の広報戦略だもの」
「知らなかったよ。頼まれ仕事さ。今日はここまでにしておくか。時々ここに来て仕上げさせてくれるか?」
シルヴェリオは自身の創作が終わったオリヴィエラに気を使う。
「私の個人ロッカーに補完しておくわ」
「助かる」
こんな絵を描いているなど、人に知られるわけにはいかない。
「使った画材はあとで補充しておく」
「いいのよ。半分はあなたの家からの寄付で、半分は私の家からだもの」
「……知らなかったよ」
オリヴィエラは今も弟のようなシルヴェリオを笑った。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…
ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。
しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。
気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる