上 下
23 / 53

23「東の救世界軍・急」

しおりを挟む
 夜明け前。シルヴェリオはテントから這い出す。
 昨日とは違う緊張感と朝の冷気に身震いする。背負っているものが違うと感じた。
 デメトリアも同様なのか顔つきは厳しい。

 二人はお茶を飲んでパンをかじっただけで早々に出撃した。
「何か秘策があるのですか?」
「単純な話だ。スキルを忘れるのだよ。人間固有の感覚を研ぎ澄ますのだ」
「?」
 不思議そうにデメトリアはシルヴェリオを見つめる。問いたださないのは信頼のあかしだ。

 論より証拠とばかりに、シルヴェリオは説明を省き森の中を急いだ。解決が早ければ早いほど、資金も政治も人員も消耗が少なく済む。
 冒険者たちは同様に魔獣を警戒し、発見すれば討伐を繰り返している。二人は前日の道筋をトレースしながら進んだ。
「むっ!」
 止まったシルヴェリオは草むらを指さした。そして侵入する。そこの草は部分的に倒れていた。
「ここだな。人間と魔獣が争った跡ではない。それなりの大きさがここに潜んでいた」
「言われてみれば確かに。朝露が下りた後です」
「まだ新しい跡だ」
 そして倒れた雑草が奥に続いている。
「行くぞ。実体を見ようと思うな。草木の違いを感じろ」
「はい」
 少し進むと違和感が消えた。二人は止まり抜剣する。静寂が続き、草木が凪|《なぎ》る音が妙に大きく響く。
 突然シルヴェリオは振り向きざまに剣を振るった。一瞬で発光した剣筋が伸びる。それは空間にぶつかり魔獣が実体化した。
「いたっ!」
 それはギギーッと不気味な悲鳴を発しながら空中を飛び、もんどりうって草地を転がる。頭部と八本の足が狼、胴体が巨大な蜘蛛。スパイダーヴォルと呼ばれる奇形の魔獣だった。シルヴェリオはリフティング・アクション浮遊突撃で一気に突っ込む。
 スパイダーヴォルもまた浮き上がり、一瞬で体ごとスライド。攻撃をかわした。
「チッ!」
 そのまま方向転換し遁走を図る。追いすがるシルヴェリオは剣を上段に引き光を溜めた。蜘蛛の尻から無数の糸が吐き出されるが、デメトリアが手を出しシールド障壁で防ぐ。
「くらえっ!」
 突き出された剣から光の槍が飛び出し、ジグザクに進みながら直撃する。勢いのまま転がったスパイダーヴォルは弾けて消え,魔核が草むらを転がった。
「なんともあっけない……」
 何日も影さえ踏めなかった敵を、まだ日が昇り始めたばかりなのに殲滅してしまったのだ。デメトリアは素直に呆れた。
「頼りのステルスが剥がれれば、こんなものだよ。運もこちらに味方したな」
「いえ。私たちを待ち伏せしていました」
「昨日さんざん魔力を振りまいたからな。こいつはなかなかの知能物だよ」
「そこまで――」
「そうやって今まで人間を狩ってきた。私たちを普通の二人だと見誤った。今回は相手が悪かったな」
 集団で戦う冒険者たちから離れて戦う少人数を待ち伏せする。そんな魔獣に立ち向かうため冒険者たちはパーティーを組むのだ。
「討伐の報酬はどうなっているのだ?」
「討伐者の物となります」
 冒険者たちは日当と歩合の両建てとなっている。
「この魔核は教会に寄付しようか」
「あなた様に神のご加護を……」
 デメトリアはそう言ってこぶし大の水晶体を拾い上げた。

 二人は森を歩きながら小物を狩り、出会う冒険者たちにボス討伐を告げてまわった。これ以上敵は増えず離脱する魔獣も多い。最後の仕事とばかりに狩りに精を出す。

「おおっ。よくやってくれました」
「他の魔獣はじきに引くでしょう。後始末は私たちで可能です」
 ルドヴィカは浮かせた腰を椅子に落とし脱力した。デメトリアは少し誇らしそうに報告した。この後は残敵掃討、報酬の清算、入植者たちのケアなどの仕事が残っている。
「私は今日にでも引き上げますよ」
「明日の朝立つ便があります。それを待ってはいかがですか?」
「そうです。その汚れた服も洗いますので、汗も流して下さい」
「分かりました。そういたしますか」
 シルヴェリオはルドヴィカとデメトリアの助言に素直に従う。早く帰りたいのは本音だが、少し情報収集もしたかったのだ。

 シスター修道女たちが洗濯をしている。大きな木桶に汚れ物と水を張り、裸足で入り足踏みする。大勢で讃美歌を歌いながらリズムを合わせる。娘たちの魔力に浄化の作用がある。
 幕で仕切られた隣が即席の水浴び場だ。
「髪も洗わせていただきました……」
 編み込みをほどいたデメトリアが濡れ髪で出てきた。
「シルヴェリオ様もどうぞ……」
 長方形の白い布袋に、頭と腕の穴が開いているだけの超簡易服に着替えていた。運び込む物資を最小限とし、最低限を満足させる知恵だ。
 これが教会と救世界軍だ。国家の権威を背負う、王国軍や騎士団とは違う世界だった。
「さて、全て剥ぎ取らせて頂きます」
 突撃シスター修道女がにじり寄って来た。追い詰められた獲物に逃げ道はない。
「降参だ。自分でやせてもらおうか」
 シルヴェリオは天幕の中に入り、衣服をかごに入れ外に押し出す。大きなタライに中に入り、井戸からくみ上げられた水の入った桶で頭からかぶった。

 シルヴェリオは教会の小さなテラスで、デメトリアと二人で簡素な昼食をとる。ぬるいお茶にチーズを練り込んだ硬いパンだ。貴族たちの戦いとはずいぶんと違う世界だった。
 さわやかな風が布の隙間から入り込み体に心地よい。周囲は静かでさっきまでの戦いが嘘のようである。
「デメトリアはなぜシスター修道女にならかったのだ?」
「突然なんですか? 私には戦う力がありました。このような奉仕が運命なのです」
「こう言ってはなんだが、シスター修道女なら上を目指せる。今からでも遅くはない。考えてみてはどうかな?」
「興味がないとでも言いますか、考えたこともありません。シルヴェリオ様は面白いことを言いますね」
「騎士など言っても貴族のそれとは違う。戦えるだけ戦って、終わればそれでお役御免だ。後には何も残らないぞ」
「それでいいのですよ。今日もたぶん誰かを助けましたから……」
 そう言って首を少しかしげて笑った。銀色の髪が風に吹かれて光る。デメトリアはそれを手で押さえた。太陽が純白の肌着に反射して金色に輝いて見える。
「私はそれで満足なのです。たぶんこれからも考えません」
 フィオレンツァ家のバックアップがあれば可能だし、こちらとしても教会に太いパイプが持てる。
 そう思っていたシルヴェリオは自分を恥じた。
「そうか……」
 その一言だけを絞り出した。娘たちは教会騎士をたたえて歌っている。

 翌朝、シルヴェリオは洗いたての服に着替え、空の荷台に乗り込む。馬車はゆっくりと出発した。
 風に乗って讃美歌が聞こえる。人の汚れてしまった何かを踏みしめ、綺麗に変えてしまうシスター修道女たちの歌声だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...