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38【漆黒の騎士】

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「おおおおっ――!」
 裂帛れっばくの気合と共にデシレアは一気に肉薄した。一閃を受けた仮面令嬢はそのまま後退する。
 しかし背後が光り輝くと、今度は逆に一気に押し返す。
「なるほど。一瞬の魔力爆発は使えますが、その後の継続がまだのようですわ」
「貴様を屠るのに、一瞬あれば十分よっ!」
 デシレアは何度も重い剣を打ちかける。仮面令嬢は受け続けるが、たまりかねて体をかわした。黒い剣が石畳にめり込み盛大に破壊する。
 剣を振り上げた一瞬、仮面令嬢は空中へと舞う。
「逃がさないわよっ!」
 互いに宙に浮き、剣技を仕掛け合いながら一進一退を繰り返す。

「なかなかやりますね。と言いたいところだけど、あれはいきなり持ち出してきたという感じです」
「そうよ、調整なんかほとんどやってないんじゃないかしら? これじゃあ――」
「魔導コアの魔力放出がめちゃくちゃだよ。鎧の動きがバラバラだ。魔力の制御が全く合ってないんじゃないのかな?」
「それを何とか気力で補っているようですね。長くは持ちません」
 フェリクス、パニーラ、イクセル、ヒルダがそれぞれ感想述べる。アレクシスには、デリシアが善戦しているように見えるが戦闘の上級者から見ればそうでもないらしい。

「あらあら、これはとんでもない余興ですこと。一体何の騒ぎかしら」
 聞きなれた声に振り返ると、そこにはフェイダール・カトリーナ嬢がいた。同じ制服姿の供の者たちもいる。
「どうして……」
 アレクシスは戦う仮面令嬢を見てから、再びカトリーナを凝視する。
「最近街が騒がしいと聞いて、見物がてらやって来ました。暴れているというのはあの二人なのですか?」
「は、はい」
「あれはセッテルンド家が所蔵する漆黒の鎧ですね。もしかして中は知り合いなのかしら?」
「そうです……」
「それはまた、面白い余興ですわね。ふうん……」
 アレクシスの驚きなどどこ吹く風で、カトリーナは眼前の戦いを揶揄する。
「あの人、何もかにも力任せなのよ。戦いもそうなのね。これじゃいいようにもてあそばれるだけ。そう何もかにも……」
 魔力をほとばしらせながら突き進むデシレアを、仮面令嬢は簡単にいなす。そして攻撃。それに負けじと更に打ちかけるが、またかわされ攻撃の隙を作ってしまう。
「そろそろ終幕ね。助演女優は見事道化を演じきったみたい。お笑いだわ」
 漆黒の鎧の動きが徐々に落ちてきた。仮面令嬢は一気に攻勢に出る。繰り出される剣をさばききれずに、高度が徐々に下がり始めた。
「ああ、そうですね。これはお笑いの出し物だったのですねえ……」
 非力に見える仮面が細身の剣を振り下ろす。それを受けた漆黒の鎧が急降下し石畳を粉砕。地上に着地した。
「あらあら、これ以上街を壊したら王政に怒られてしまいますわ」
「くっ」
 仮面令嬢の言葉に、更に負けじともう一度飛び上がるが、再び打ち据えられ落下する。デシレアは膝をついた。
「はあ、はあ、はあ――」
 デシレアは肩で息をして両腕がだらりと下がる。決着はついた。カトリーナは目を細めてから首を横に振った。
「今夜はここまでかしらね?」
 飛び去る仮面令嬢を合図にしたかのように憲兵隊がやって来る。
(ついに来ましたわっ!)
 アレクシスはマティアスを探すが、どうやら今夜はいないようだ。
(いませんね……)
 セッテルンド家の従者たちがデシレアに駆け寄る。野次馬たちは憲兵に追い散らされ、この場から離れて行った。

 両肩を支えられたデシレアがやって来る。もう一度膝をつき仮面を外して胸に装着した。顔面から汗が大量に滴り落ちる。
「うっ、くうっ――」
 そして苦痛に顔を歪めた。体中全体を覆っていた黒い装甲が元に戻ろうと収納を始める。いくつかの部品が折りたたまれ、それは下半身と胸を、そして腕と足廻りを隠すだけの、通称ビキニと呼ばれる装甲形になる。メイドが大きなマントを肩にかけて体を隠した。
「ぶざまねえ、デシレア。いえ、ご健闘しましたわ、とでも言っておこうかしら?」
「カ、トリーナ……」
 デシレアは目の前にいるライバルに驚く。なぜ? との表情だ。
「ごきげんよう」
「どうしてここにっ!?」
「最近夜の街では、面白い見世物があるって評判でしょ? 早速見られたなんて、私は幸運ね」
「いつから……」
「あなたが這いつくばるずっと前からよ。ねえ、アレクシス様。そうでしょ?」
「はい……」
「くっ、がっはっ」
「準備もなしにそんな代物を着込むからよ。反省しなさい」
「こんのお……」
 デシレアは苦痛に顔を歪め、次の言葉が出てこない。

「早くしろ」
「連れて行け」
 症状は思わしくないようだ。従者たちは慌ててデシレアを抱え去って行く。手回しよくセッテルンド家の馬車が用意されていた。周囲の者たちにとっては、うまくいかなかったのは想定内だったようだ。
「さてわたくしたちも帰りましょうか。楽しい余興でした。それではおやすみなさい。アレクシス様」
「はい、おやすみなさい。カトリーナ様も」
 フェイの令嬢は一癖も二癖もあるような供を引き連れ、夜の街に消えていった。

「因縁があるとは言え、セッテルンド家の令嬢は無茶をしますねえ」
「ほんと! 私たちは令嬢なんかに生まれなくてよかったわ。ねえ、アレクシス様」
 フェリクスの言葉を受取り、パニーラは話を振る。
「私は呑気なものよ、とは言えないかしらね」
「なんだか嫌な感じですね」
「そうね」
 ヒルダの言葉は示唆に富んでいた。戦いとは元来そのような代物なのかもしれない。野次馬たちも、ここに居合わせた者たちもまた、戦いに馴れてきている。
「いやあー。でも漆黒の鎧を間近で見られたのは感激だけどなあ」
「イクセル、あんたは呑気ねえ」
「あれ、きちんと調整すればすごい力を発揮するよ。戦いは第二回戦に持ち込持ち越しだね」
 イクセルは魔導具オタクであり、優秀な調整士でもあるのだ。
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