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02【婚約者資格にあらず】
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上座の一段高い場には太子の座がしつらえてあり、ヴィクトルはそこに腰を下ろす。左右には従者がそれぞれ二人、帯剣したまま配置した。万が一の事態に備えてだ。
その中の一人を見てアレクシスは目を細める。そしてニンマリと頬を緩めた。
「ねえねえ。あの四人が誰か分かる?」
「さあ? 私に分かる訳ないじゃない。早く説明して」
イケメン騎士団の追っかけを自認するマルギットに、ロニヤは呆れ顔で返す。この場の主役は殿下なのに、何を脇役の説明を、といった表情だ。
「左右の外側は騎士団の若手なのよ。それと、向かって殿下の右は近衛兵団の若手で――」
誰もが将来、王太子と共にヴェルムランド王国を背負って立つ若者たちであった。
「――ただ左の人は誰かしら? どこかで見た気がするけど、思い出せないわ」
「イケメンオタクのマルギットでも知らないイケメン男子がいるのねえ」
「う~ん……」
アレクシスはそんな話を聞いていて微笑した。
「マティアス様です。殿下のご学友よ」
「そうそう、カールシュテイン家の。思い出したっ! でも――」
「へー、アレクシスもイケメン趣味?」
マルギットとロニヤは一度顔を見合せてから突っ込んだ。なぜ知っている? と。
アレクシスは親友たちの疑問の声を察する。
「ふふっ、たまたま知っている人なの」
「ふーん……」
意味深な返答にマルギットは不思議そうな顔をしたが、それ以上は突っ込まない。喜ばしいとの表情を見せる。
「たまたまねえ……」
ロニヤも同様であった。
アレクシスの視線は王太子から、そのマティアスへと移っていた。目が釘付けである。その姿を見ると、幼少期の甘酸っぱい感情がわき上がる。今日はこれで満足だと、アレクシスは幸せな気分になった。
しばらくして社交ダンスの時間がやってきた。楽団がスローテンポの音色を奏で、招待客は男女一組となり踊り始める。しかしアレクシスたちは、ただその光景を虚しく眺めるだけであった。社交界のパーティーではないので、いきなり白馬に乗った王子様などは現われない。いや、社交界であっても現れない。つまりダンスを申し込まれることなどはない。
男子の友人でも誘っていれば楽しく過ごせたのだが、三人の女子会になってしまったのはそんな相手がいないからである。
「はあ~」
「う~ん……」
マルギットとロニヤは虚しい吐息感想を漏らしながらスイーツを頬張った。
ただアレクシスだけは、カールシュテイン・マティアスをひたすらに目で追う。当の貴公子は護衛役らしく周囲に目配せしていた。このような場所で危険などないだろうにと、アレクシスは微笑ましく思った。生真面目なのは昔と変わらない。
ヴィクトル王太子はホスト役らしく、優雅に踊る客たちをにこやかに見つめていた。そして四人の婚約者候補は、潤んだ瞳でこの眉目秀麗な男性を見つめるのだ。自分が申し込まれたいと願いながら。
突然王太子がスクッと立ち上がり、場に緊張が走った。右手を挙げると演奏が止む。何事かとダンスは一時中断となり、皆が王太子に注目した。
「今夜お集まり頂いた皆様には申し訳ない――」
ヴィクトルの良く通る声が会場に響く。声もまた美形であった。その言葉に招待客たちは固唾を飲む。
「――私に考えがあり、遺憾ながら婚約の件は全て白紙とさせていただく」
静まり返った会場はしだいにざわつき始めた。皆が何を言っているか理解できなかった。これは一体どういうことかと声をひそめて話し始める。
「つまり本日集まった四人は、全員が婚約者の資格にあらず! という訳だ。この儀は中止とし、今ここから私が全てを仕切り直すっ!」
王太子の宣言に華やかだった会場は静寂に包まれた。客たちはヒソヒソと内緒話を始めながら、主役であった四人の令嬢たちに冷ややかな視線を送る。
何か粗相であったのか? これは政治なのではないのか? それとも噂に名高い王太子殿下の気まぐれか? と……。
婚約資格なしと宣言され、ある令嬢は両膝を床に着き両手で顔を覆う。
ある令嬢は両拳をわなわなと握りしめ、怒りに顔を歪めた。
ある令嬢はすました顔で、何を言うのかと殿下を見つめる。
ある令嬢は茫然自失で立ち尽くす。
婚約者候補の資格を破棄された四令嬢は、それぞれの表情を見せた。
しかし仕切り直し、とはどういう意味なのか? アレクシスもまた他の客同様に首を傾げるのだった。そしてカールシュテイン・マティアスを見る。
ご学友の乱心に何を思うか、相変わらず護衛らしく会場の隅々に厳しい視線を走らせていた。空気の変化を読めない男であった。
アレクシスは次の展開に少しだけ身構える。宴はこれで終わりではないはずだ。
その中の一人を見てアレクシスは目を細める。そしてニンマリと頬を緩めた。
「ねえねえ。あの四人が誰か分かる?」
「さあ? 私に分かる訳ないじゃない。早く説明して」
イケメン騎士団の追っかけを自認するマルギットに、ロニヤは呆れ顔で返す。この場の主役は殿下なのに、何を脇役の説明を、といった表情だ。
「左右の外側は騎士団の若手なのよ。それと、向かって殿下の右は近衛兵団の若手で――」
誰もが将来、王太子と共にヴェルムランド王国を背負って立つ若者たちであった。
「――ただ左の人は誰かしら? どこかで見た気がするけど、思い出せないわ」
「イケメンオタクのマルギットでも知らないイケメン男子がいるのねえ」
「う~ん……」
アレクシスはそんな話を聞いていて微笑した。
「マティアス様です。殿下のご学友よ」
「そうそう、カールシュテイン家の。思い出したっ! でも――」
「へー、アレクシスもイケメン趣味?」
マルギットとロニヤは一度顔を見合せてから突っ込んだ。なぜ知っている? と。
アレクシスは親友たちの疑問の声を察する。
「ふふっ、たまたま知っている人なの」
「ふーん……」
意味深な返答にマルギットは不思議そうな顔をしたが、それ以上は突っ込まない。喜ばしいとの表情を見せる。
「たまたまねえ……」
ロニヤも同様であった。
アレクシスの視線は王太子から、そのマティアスへと移っていた。目が釘付けである。その姿を見ると、幼少期の甘酸っぱい感情がわき上がる。今日はこれで満足だと、アレクシスは幸せな気分になった。
しばらくして社交ダンスの時間がやってきた。楽団がスローテンポの音色を奏で、招待客は男女一組となり踊り始める。しかしアレクシスたちは、ただその光景を虚しく眺めるだけであった。社交界のパーティーではないので、いきなり白馬に乗った王子様などは現われない。いや、社交界であっても現れない。つまりダンスを申し込まれることなどはない。
男子の友人でも誘っていれば楽しく過ごせたのだが、三人の女子会になってしまったのはそんな相手がいないからである。
「はあ~」
「う~ん……」
マルギットとロニヤは虚しい吐息感想を漏らしながらスイーツを頬張った。
ただアレクシスだけは、カールシュテイン・マティアスをひたすらに目で追う。当の貴公子は護衛役らしく周囲に目配せしていた。このような場所で危険などないだろうにと、アレクシスは微笑ましく思った。生真面目なのは昔と変わらない。
ヴィクトル王太子はホスト役らしく、優雅に踊る客たちをにこやかに見つめていた。そして四人の婚約者候補は、潤んだ瞳でこの眉目秀麗な男性を見つめるのだ。自分が申し込まれたいと願いながら。
突然王太子がスクッと立ち上がり、場に緊張が走った。右手を挙げると演奏が止む。何事かとダンスは一時中断となり、皆が王太子に注目した。
「今夜お集まり頂いた皆様には申し訳ない――」
ヴィクトルの良く通る声が会場に響く。声もまた美形であった。その言葉に招待客たちは固唾を飲む。
「――私に考えがあり、遺憾ながら婚約の件は全て白紙とさせていただく」
静まり返った会場はしだいにざわつき始めた。皆が何を言っているか理解できなかった。これは一体どういうことかと声をひそめて話し始める。
「つまり本日集まった四人は、全員が婚約者の資格にあらず! という訳だ。この儀は中止とし、今ここから私が全てを仕切り直すっ!」
王太子の宣言に華やかだった会場は静寂に包まれた。客たちはヒソヒソと内緒話を始めながら、主役であった四人の令嬢たちに冷ややかな視線を送る。
何か粗相であったのか? これは政治なのではないのか? それとも噂に名高い王太子殿下の気まぐれか? と……。
婚約資格なしと宣言され、ある令嬢は両膝を床に着き両手で顔を覆う。
ある令嬢は両拳をわなわなと握りしめ、怒りに顔を歪めた。
ある令嬢はすました顔で、何を言うのかと殿下を見つめる。
ある令嬢は茫然自失で立ち尽くす。
婚約者候補の資格を破棄された四令嬢は、それぞれの表情を見せた。
しかし仕切り直し、とはどういう意味なのか? アレクシスもまた他の客同様に首を傾げるのだった。そしてカールシュテイン・マティアスを見る。
ご学友の乱心に何を思うか、相変わらず護衛らしく会場の隅々に厳しい視線を走らせていた。空気の変化を読めない男であった。
アレクシスは次の展開に少しだけ身構える。宴はこれで終わりではないはずだ。
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