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第10章 日経平均を5万円にしろ!
MBOで非公開化しろ!(その1)
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※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。
日銀のETFの購入は日経平均株価の上昇に有効であることは分かった。しかし、将来の日銀のエグジットによる株価の下落はもの凄いものになる。株価に有効ではあるものの、将来的に株価を下落させる要因になる諸刃の剣だ。
安易に日銀のETFの購入を政府に提案するのは危険だから、僕たちは他の案も考えておくことにした。
「何かいい案はないかな?」と僕は茜に尋ねる。
「そーだなー。地味だけど資本コストを超える利益率を出すようにさせる……とか」
「まぁ、それは当然のことだね。でも、普通に上場企業が頑張るだけだから、日経平均株価を5万円にするためにはちょっと弱いよね」
「そーだなー。劇的に株価が上がるわけじゃない」
茜は他の案を考えている。
その間に、資本コストの話をしておこう。
**
東証は2023年3月からプライム市場及びスタンダード市場の全上場会社を対象に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請している。
要は、投資家が意識する指標を経営指標として採用しそれを開示するように求めているのだ。
資本コストとは企業の負債と株式の平均調達コストを指す。つまり、資本コストを下回る利益率しか出せなければ、企業は儲かっていないことになる。
例えば、「当社の資本コストは5%であり、利益率は10%」と開示すると、調達コストを超える利益を出していることを投資家にアピールできる。
2023年末時点においてプライム市場上場会社の49%、スタンダード市場上場会社の19%において開示が行われているから、投資家への情報開示に一定の効果が見られる。
しかし、まだまだ対応していない上場企業がある。
東証は2024年1月15日に『「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示企業一覧表』を開示した。上場企業が対応しているかどうかを一覧で公表していることから、未対応の上場企業は猛烈なプレッシャーを受けている。
※東証の「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示企業一覧表はこちらをご覧下さい。
https://www.jpx.co.jp/news/1020/20240115-01.html
***
「分かったーー!」と茜が叫んだ。
「ビックリしたー。どうしたの?」僕は茜に尋ねる。
「子会社を上場させてコングロマリット・ディスカウントを解消しようとしただろ?」
「そうだね」
「発想が逆だったんだよ!」
「逆って?」
「株価が低い企業を減らせばいい」
「減らすの?」
茜は「そう、減らす!」と言いながらホワイトボードに図(図表72)を書いた。
「ワトソン君、この図を見たまえ!」
茜はそう言いながら図を指した。
【図表72:企業価値の低い企業を除外するイメージ】
「日本には株価倍率の低い上場企業が多い。だから、全体的に株価指標(インデックス)が低くなる。でも、株価倍率の高い上場企業だけだったら株価指標は高くなるだろ?」
茜はドヤ顔で僕に言った。
コングロマリット・ディスカウントを解消するために親会社よりも株価倍率(例えば、PERなど)が高い子会社を上場させようとした。今回は株価倍率の低い上場企業を非公開化してしまえば、株価の高い上場企業だけが残る。すると、日経平均株価などの株価指標が上がるという理屈だ。
「まぁ、そうだね」と僕は曖昧な返答をする。
茜はどうやって株価の低い上場企業を減らすつもりなのだろうか?
「減らすって……上場廃止にするつもり?」
「違う! 非公開化すればいいんだ」
「非公開化ね……」
「そう。株価の低い上場企業の経営者はイライラしてるだろ?」
「イライラしているかどうかは分からないけど、株価が上がらないからいい気はしないよね」
「毎日毎日、掲示板に『しねー』とか『あほー』とか書き込まれるんだぞ。きっとこう思ってるはずだ」
「どう思ってるの?」
「『もう、上場しなくてよくね?』って」
「まぁ、そうかもね」
「だから、株価の低い上場企業の経営者にMBOしてもらう」
※MBOとはManagement Buy-Out(マネジメント・バイアウト)の略で経営者(Management)が自社を買収するスキームの一つです。買収者に経営者が含まれない場合はLBO(Leveraged Buy-Out)といいます。内容は後ほど説明します。
株価が低迷する上場会社においてMBOによる非公開化は一般的に行われている。市場株価を元にした時価総額よりも理論的な株式価値の方が高く、株式上場しているよりも非上場の方が良いと経営者が判断するからだ。
ただし、MBOするには株式買付資金が必要だ。経営者には上場会社の株式100%を買付けるだけの資金がないことが多いため、MBOを実施する際には投資ファンドの資金を頼ることになる。
上場企業の買収資金のうち、それぞれの拠出額は、経営者:投資ファンド=5~10:90~95くらいになる。投資ファンドが株式の90%以上を保有しているから、客観的に見れば経営者が買収したとは言えない。
「ねぇ、経営者はお金ないと思うんだけど、買収する資金はどうするの?」と僕は買収資金をどうするかを茜に尋ねた。
「あー、それね。政府系ファンドから出せばいいと思う。MBOの対象先を絞れば絶対に損しないから」と茜は事もなげに答える。
――絶対に損しない……
投資において「絶対」はない。僕には茜の言葉がフラグのような気がした。
<その2に続く>
日銀のETFの購入は日経平均株価の上昇に有効であることは分かった。しかし、将来の日銀のエグジットによる株価の下落はもの凄いものになる。株価に有効ではあるものの、将来的に株価を下落させる要因になる諸刃の剣だ。
安易に日銀のETFの購入を政府に提案するのは危険だから、僕たちは他の案も考えておくことにした。
「何かいい案はないかな?」と僕は茜に尋ねる。
「そーだなー。地味だけど資本コストを超える利益率を出すようにさせる……とか」
「まぁ、それは当然のことだね。でも、普通に上場企業が頑張るだけだから、日経平均株価を5万円にするためにはちょっと弱いよね」
「そーだなー。劇的に株価が上がるわけじゃない」
茜は他の案を考えている。
その間に、資本コストの話をしておこう。
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東証は2023年3月からプライム市場及びスタンダード市場の全上場会社を対象に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請している。
要は、投資家が意識する指標を経営指標として採用しそれを開示するように求めているのだ。
資本コストとは企業の負債と株式の平均調達コストを指す。つまり、資本コストを下回る利益率しか出せなければ、企業は儲かっていないことになる。
例えば、「当社の資本コストは5%であり、利益率は10%」と開示すると、調達コストを超える利益を出していることを投資家にアピールできる。
2023年末時点においてプライム市場上場会社の49%、スタンダード市場上場会社の19%において開示が行われているから、投資家への情報開示に一定の効果が見られる。
しかし、まだまだ対応していない上場企業がある。
東証は2024年1月15日に『「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示企業一覧表』を開示した。上場企業が対応しているかどうかを一覧で公表していることから、未対応の上場企業は猛烈なプレッシャーを受けている。
※東証の「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示企業一覧表はこちらをご覧下さい。
https://www.jpx.co.jp/news/1020/20240115-01.html
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「分かったーー!」と茜が叫んだ。
「ビックリしたー。どうしたの?」僕は茜に尋ねる。
「子会社を上場させてコングロマリット・ディスカウントを解消しようとしただろ?」
「そうだね」
「発想が逆だったんだよ!」
「逆って?」
「株価が低い企業を減らせばいい」
「減らすの?」
茜は「そう、減らす!」と言いながらホワイトボードに図(図表72)を書いた。
「ワトソン君、この図を見たまえ!」
茜はそう言いながら図を指した。
【図表72:企業価値の低い企業を除外するイメージ】
「日本には株価倍率の低い上場企業が多い。だから、全体的に株価指標(インデックス)が低くなる。でも、株価倍率の高い上場企業だけだったら株価指標は高くなるだろ?」
茜はドヤ顔で僕に言った。
コングロマリット・ディスカウントを解消するために親会社よりも株価倍率(例えば、PERなど)が高い子会社を上場させようとした。今回は株価倍率の低い上場企業を非公開化してしまえば、株価の高い上場企業だけが残る。すると、日経平均株価などの株価指標が上がるという理屈だ。
「まぁ、そうだね」と僕は曖昧な返答をする。
茜はどうやって株価の低い上場企業を減らすつもりなのだろうか?
「減らすって……上場廃止にするつもり?」
「違う! 非公開化すればいいんだ」
「非公開化ね……」
「そう。株価の低い上場企業の経営者はイライラしてるだろ?」
「イライラしているかどうかは分からないけど、株価が上がらないからいい気はしないよね」
「毎日毎日、掲示板に『しねー』とか『あほー』とか書き込まれるんだぞ。きっとこう思ってるはずだ」
「どう思ってるの?」
「『もう、上場しなくてよくね?』って」
「まぁ、そうかもね」
「だから、株価の低い上場企業の経営者にMBOしてもらう」
※MBOとはManagement Buy-Out(マネジメント・バイアウト)の略で経営者(Management)が自社を買収するスキームの一つです。買収者に経営者が含まれない場合はLBO(Leveraged Buy-Out)といいます。内容は後ほど説明します。
株価が低迷する上場会社においてMBOによる非公開化は一般的に行われている。市場株価を元にした時価総額よりも理論的な株式価値の方が高く、株式上場しているよりも非上場の方が良いと経営者が判断するからだ。
ただし、MBOするには株式買付資金が必要だ。経営者には上場会社の株式100%を買付けるだけの資金がないことが多いため、MBOを実施する際には投資ファンドの資金を頼ることになる。
上場企業の買収資金のうち、それぞれの拠出額は、経営者:投資ファンド=5~10:90~95くらいになる。投資ファンドが株式の90%以上を保有しているから、客観的に見れば経営者が買収したとは言えない。
「ねぇ、経営者はお金ないと思うんだけど、買収する資金はどうするの?」と僕は買収資金をどうするかを茜に尋ねた。
「あー、それね。政府系ファンドから出せばいいと思う。MBOの対象先を絞れば絶対に損しないから」と茜は事もなげに答える。
――絶対に損しない……
投資において「絶対」はない。僕には茜の言葉がフラグのような気がした。
<その2に続く>
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