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第9章 日本の国際競争力を高めろ!
扶養制度を廃止しよう!(その1)
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※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。
僕は年金保険料の支払期間の延長はいい案だと思った。年金受給者の純受取額は変わらないし、高齢者が仕事をするインセンティブになる。
でも、政府は支持率の低下を恐れてこの案を採用しない可能性がある。だから、僕たちは別の案を考えることにした。
――他の案か……何があるだろう?
僕が考えを纏めるために深呼吸をしたら、茜と目が合った。
僕にはいいアイデアが浮かんでいないと思ったのだろう、茜は僕を見て「年収の壁じゃね?」と言った。
茜に助けを求めたわけじゃないけど、労働力を増やす対策としては悪くない気がする。
僕は茜の考えを聞いてみることにした。
「年収の壁を無くせばいいってことかな?」
「まぁ、簡単に言うとそうだな。年収の壁を気にして本格的に仕事できない主婦がいる。それを労働力として使えばいい」
「年収の壁」はテレビ、インターネット、新聞で散々説明されているから、ここでは細かい点については説明しない。
「年収の壁」は所得税法上の扶養家族から外れて納税義務が発生する年収103万円、社会保険の扶養から外れる年収130万円(中小企業の場合)のことを指す。
この年収を超えると一時的に手取りが下がるから働き損になる。だから、年収103万円、年収130万円を超えないようにパート収入を調整する被扶養者(扶養されている人。専業主婦など)が多い。
【図表62:年収の壁】
被扶養者が年収を調整せずに働いてくれれば稼げるはずだ。そうすれば日本経済に大きくプラスに貢献するし、日本のGDPも増える。
ただ、日本政府が何も対策していないわけではない。年収の壁が所得増の障害とならないために対策を講じている。
「定年延長や年収の壁は、政府が対策してるよね?」
「不充分だ。あんな対策では全く経済にプラスにならない。強く背中を押さないといけない」
「じゃあ、どうするの?」
「扶養制度っていらなくない?」
これは年収の壁の議論で必ず出てくる論点だ。
戦後のベビーブームで急激に増えた子供たち。大家族が多かった日本では、女性が家事や育児に専念できる環境を作る必要があると当時の政治家たちは考えた。
男は外で仕事をし、女は家を守る。女性が家にいられるようにするために扶養制度を作った。
この制度が正しかったどうかは分からない。でも、日本のシステムはまだこの大家族制度を前提にしている。
納税者の所得税は、課税所得から扶養控除を控除して算定する。このため、扶養人数が多い人ほど納税額は少なくなる。また、健康保険は被扶養者もサービス提供を受けることができるため、個別に加入する必要がない。
扶養制度は戦後の大家族制度を維持するためには必要な措置だった。この政策自体は間違っていないと言われている。
しかし、今は少子化で子供の数は少ないし、生涯未婚の男女も多い。
家事や育児だけをする女性は極端に少なくなり、ほとんどの女性は働いている。だから、現役世代にとっては扶養制度の重要性は低くなっていると考えるのが自然だ。
とはいえ、世代によって価値観は大きく異なる。中高年に専業主婦は多いから「扶養制度を無くされると困る」という意見もあるだろう。
僕は茜に懸念事項を伝える。
「中高年には専業主婦がたくさんいるよ。問題にならないかな?」
「なるかもね。でもさ、共働き世帯は扶養制度に不満があると思うよ。世の中の若者は働きながら家事も育児もしてるんだよ」
「まぁね。僕はそうじゃないけど、友達から聞いたことがある」
「だから、不公平感をなくすために、扶養制度を撤廃すればいい。税収や社会保険料収入も増えるから、政府にとっても悪い話じゃないと思うけどなー」
「政府にとってはね……」
茜の主張は現役世代には受け入れられるだろう。でも、有権者の数でいえばそうでない世代の方が多そうだ。
「扶養を外れたらダメだと思うから働かない。でも、政府としては扶養を外れてくれた方が税収も社会保険料も増えるから有難い」
「そう……だね」
「もし、扶養制度が無ければ仕事をセーブしようと考えないだろ?」
「まあね」
「この問題は行動経済学なんだよ」
「どういうこと?」
「今の高齢者や女性は仕事をセーブしないといけないと思っている。でも、本当にそうなのか?」
「仕事をセーブする人たちは、お金を稼ぐインセンティブよりも扶養から外れるデメリットの方が大きいと考えている。そういうこと?」
「私はそうだと思う。人間は元々得られていたメリットを失うことを恐れる動物だ。『もったいない』と思うんだろうなー」
もっと稼げるはずなのに仕事をセーブしている女性は多いはずだ。理由は扶養を外れるデメリットを恐れているから。
茜の案は就労していない女性には有効だと思える。
僕は「この案をシミュレーションしてみますか?」と新居室長に確認したら、「いいんじゃない」とあっさりオッケーだった。
新居室長も現役世代だから茜の主張は理解できるのだろう。
僕はスーパーコンピューター垓に、所得税法、社会保険制度における扶養制度を廃止する法案可決をインプットした。なお、未成年者は学業を優先させる必要があることから、父親または母親のいずれかの被扶養者にできるものとした。
垓のシミュレーションは20分で終了した。
時間はそれなりだから、結果は悪くない気がする。
僕たちは垓の作成したシミュレーション結果のダイジェスト映像を確認することにした。
<その2に続く>
僕は年金保険料の支払期間の延長はいい案だと思った。年金受給者の純受取額は変わらないし、高齢者が仕事をするインセンティブになる。
でも、政府は支持率の低下を恐れてこの案を採用しない可能性がある。だから、僕たちは別の案を考えることにした。
――他の案か……何があるだろう?
僕が考えを纏めるために深呼吸をしたら、茜と目が合った。
僕にはいいアイデアが浮かんでいないと思ったのだろう、茜は僕を見て「年収の壁じゃね?」と言った。
茜に助けを求めたわけじゃないけど、労働力を増やす対策としては悪くない気がする。
僕は茜の考えを聞いてみることにした。
「年収の壁を無くせばいいってことかな?」
「まぁ、簡単に言うとそうだな。年収の壁を気にして本格的に仕事できない主婦がいる。それを労働力として使えばいい」
「年収の壁」はテレビ、インターネット、新聞で散々説明されているから、ここでは細かい点については説明しない。
「年収の壁」は所得税法上の扶養家族から外れて納税義務が発生する年収103万円、社会保険の扶養から外れる年収130万円(中小企業の場合)のことを指す。
この年収を超えると一時的に手取りが下がるから働き損になる。だから、年収103万円、年収130万円を超えないようにパート収入を調整する被扶養者(扶養されている人。専業主婦など)が多い。
【図表62:年収の壁】
被扶養者が年収を調整せずに働いてくれれば稼げるはずだ。そうすれば日本経済に大きくプラスに貢献するし、日本のGDPも増える。
ただ、日本政府が何も対策していないわけではない。年収の壁が所得増の障害とならないために対策を講じている。
「定年延長や年収の壁は、政府が対策してるよね?」
「不充分だ。あんな対策では全く経済にプラスにならない。強く背中を押さないといけない」
「じゃあ、どうするの?」
「扶養制度っていらなくない?」
これは年収の壁の議論で必ず出てくる論点だ。
戦後のベビーブームで急激に増えた子供たち。大家族が多かった日本では、女性が家事や育児に専念できる環境を作る必要があると当時の政治家たちは考えた。
男は外で仕事をし、女は家を守る。女性が家にいられるようにするために扶養制度を作った。
この制度が正しかったどうかは分からない。でも、日本のシステムはまだこの大家族制度を前提にしている。
納税者の所得税は、課税所得から扶養控除を控除して算定する。このため、扶養人数が多い人ほど納税額は少なくなる。また、健康保険は被扶養者もサービス提供を受けることができるため、個別に加入する必要がない。
扶養制度は戦後の大家族制度を維持するためには必要な措置だった。この政策自体は間違っていないと言われている。
しかし、今は少子化で子供の数は少ないし、生涯未婚の男女も多い。
家事や育児だけをする女性は極端に少なくなり、ほとんどの女性は働いている。だから、現役世代にとっては扶養制度の重要性は低くなっていると考えるのが自然だ。
とはいえ、世代によって価値観は大きく異なる。中高年に専業主婦は多いから「扶養制度を無くされると困る」という意見もあるだろう。
僕は茜に懸念事項を伝える。
「中高年には専業主婦がたくさんいるよ。問題にならないかな?」
「なるかもね。でもさ、共働き世帯は扶養制度に不満があると思うよ。世の中の若者は働きながら家事も育児もしてるんだよ」
「まぁね。僕はそうじゃないけど、友達から聞いたことがある」
「だから、不公平感をなくすために、扶養制度を撤廃すればいい。税収や社会保険料収入も増えるから、政府にとっても悪い話じゃないと思うけどなー」
「政府にとってはね……」
茜の主張は現役世代には受け入れられるだろう。でも、有権者の数でいえばそうでない世代の方が多そうだ。
「扶養を外れたらダメだと思うから働かない。でも、政府としては扶養を外れてくれた方が税収も社会保険料も増えるから有難い」
「そう……だね」
「もし、扶養制度が無ければ仕事をセーブしようと考えないだろ?」
「まあね」
「この問題は行動経済学なんだよ」
「どういうこと?」
「今の高齢者や女性は仕事をセーブしないといけないと思っている。でも、本当にそうなのか?」
「仕事をセーブする人たちは、お金を稼ぐインセンティブよりも扶養から外れるデメリットの方が大きいと考えている。そういうこと?」
「私はそうだと思う。人間は元々得られていたメリットを失うことを恐れる動物だ。『もったいない』と思うんだろうなー」
もっと稼げるはずなのに仕事をセーブしている女性は多いはずだ。理由は扶養を外れるデメリットを恐れているから。
茜の案は就労していない女性には有効だと思える。
僕は「この案をシミュレーションしてみますか?」と新居室長に確認したら、「いいんじゃない」とあっさりオッケーだった。
新居室長も現役世代だから茜の主張は理解できるのだろう。
僕はスーパーコンピューター垓に、所得税法、社会保険制度における扶養制度を廃止する法案可決をインプットした。なお、未成年者は学業を優先させる必要があることから、父親または母親のいずれかの被扶養者にできるものとした。
垓のシミュレーションは20分で終了した。
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僕たちは垓の作成したシミュレーション結果のダイジェスト映像を確認することにした。
<その2に続く>
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