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第7章 事業承継を促進しろ!

親父のロマンと親父のケジメ(その3)

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※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 僕たちは垓のシミュレーション結果を見ている。

 政府は中小企業基盤整備機構に『男のロマン』と『親父のケジメ』を設置したのだが、『男のロマン』の希望者が予想以上に多かった。独立・起業したい若者や中高年は想定していたよりも多く、すぐに中小企業基盤整備機構の職員だけでは捌ききれなくなった。

 『親父のケジメ』では事業を承継したい経営者を募集するのだが、『男のロマン』の応募者の方が圧倒的に多い。1人の親父に対して、10人以上の男が面談を求めることから、初期段階のマッチングに非常に時間が掛かる。
 このため、中小企業基盤整備機構ではマッチングアプリを使って初期的な絞り込みをするようになった。マッチングアプリで会ってみたいと思った事業承継希望者と面談を行うことになる。

 垓のダイジェスト映像は面談の様子を映し出した。

 初老の男性が2人面談しているから、定年退職オジサンの事業承継なのだろう。

 現蕎麦屋店主の佐々木さん、蕎麦屋を開店したい佐藤さん、中小企業基盤整備機構の職員鈴木さんの3人の面談の風景だ。

 まず、司会進行役の鈴木さんが発言した。

「すでにマッチングアプリ経由で双方の希望や条件の擦り合わせはある程度できていると思います。この面談は、もっと突っ込んで具体的な話をするためのものです。守秘義務契約書は双方ともお持ちですか?」

「「はい」」

 そういうと、佐々木さんと佐藤さんは守秘義務契約書を相手に差し出した。これで、込み入った話をすることができる。

 まず、現蕎麦屋店主の佐々木さんが話し始めた。

「うちの蕎麦屋は、3年前に高尾山の麓にオープンしました。高尾山に登った帰り道、歩いていたらちょうど良さそうな空き物件があったんです」

「高尾山の麓ですか。いいですね」と佐藤さんも興味を示す。

「土日はお客さんが来てくれるんですけど、平日がやはりお客さんの入りがよくなくて」
「場所柄、そういうものなんですね。知り合いの人に来てもらったりしなかったのですか?」
「オープンしてからしばらくは、昔の職場の部下たちが来てくれましたよ。それもで、1年、2年と経つと年数回来てくれるかどうかですね」

 佐藤さんは佐々木さんに質問する。

「佐々木さんは退職される前はどちらにお勤めだったのですか?」
「〇〇という電子機器の会社です」

「〇〇は東証スタンダード上場企業ですね。役職は?」
「退職時は取締役でした」

「そうですか。私はつい先日〇〇を退職しました」
「〇〇は東証プライム上場企業ですね」
「ご存じでしたか。私は取締役になれませんでしたが、退職時は部長でした」
「〇〇の部長はすごいじゃないですか!」
「いえいえ、佐々木さんの〇〇の取締役には敵いませんよ」

 佐々木さんは少し考えてから言った。

「私なんて小さな会社の取締役ですから、部下も50人くらいしかいませんでした。蕎麦屋をオープンした時は、みんな毎週のように食べに来てくれました。でも、数カ月すると毎週来てくれるのが数人になり……1年経ったらその数人も来てくれるのが年数回になりました。退職してから時間が経つにつれて、関係性が薄れていくのでしょうね」
「退職してからしばらくすると……人徳ですかね」

 佐々木さんは意外な顔をして「人徳ですか?」と尋ねた。

「そうです。私は部下が500人いましたし、部下に慕われていましたから、元部下たちも足しげく通ってくれるはずです」
「そうだといいですね」

 佐藤さんは佐々木さんの言い方が気に食わなかったようだ。

「絶対に大丈夫です。部下に慕われていなかった、佐々木さんのようにはなりません」
「その言い方はなんですか? 失礼じゃないですか!」
「失礼ですかね? 佐々木さんは失敗した人間、ということをよく自覚した方がいいですよ」
「てめえ、ふざけんなよ!」

 その後、佐々木さんと佐藤さんの口論は過熱し、最後は取っ組み合いの喧嘩に発展した。
 中小企業基盤整備機構の鈴木さんは、佐々木さんと佐藤さんを必死に仲裁している。

「バカヤロー! お前なんかに蕎麦屋を譲らねーよ!」
「お前の蕎麦屋なんていらねーよ! 縁起悪いんだよ!」

 どうやら交渉は決裂したようだ。

 ***

 垓の映像を見ていた茜は「蕎麦の腕で競えよ!」と爆笑している。

 ――オジサンはマウントの取り合いするよなー

 僕はオジサンあるあるだと思った。

 垓のダイジェスト映像は佐々木さんの次の面談の様子を映し出した。
 その面談を見ている限りでは、佐々木さんの蕎麦屋は、新しく蕎麦屋を始めたい人へ引継ぎができそうだ。

 M&Aは会社同士のお見合いと言われることがあるけど、相性ってあるんだろうな……僕はそう思った。
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