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第6章 日本政府の新規事業を考えろ
コンセッションをしよう(その2)
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※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。
東京動物園協会は、恩賜上野動物園、多摩動物公園、葛西臨海水族園、井の頭自然文化園の4つの施設を運営している。
東京動物園協会の2024年収支予算書の主な項目を抜粋したのが図表40だ。
【図表40:東京動物園協会の収支予算書<単位:百万円>】
出所:東京動物園協会
https://www.tzps.or.jp/financial/
収入は全部で102億円だが、そのうち東京都から67億円が拠出されている。動物園単独の売上としては30%にも満たない。
支出のうち人件費、委託費が約60%、販売売上原価が13%、水道光熱費が6%。販売売上原価が販売収入の約50%だから原価率は50%だ。
収支予算書から、動物園単独の売上では採算はとれず、東京都すなわち都民からの税収によって運営されていることが分かる。
さらに、パンダのレンタル料は2匹(ペア)で年間95万ドル、1ドル=150円で換算すると約1億4,000万円らしいのだが、ここには計上されていない。
つまり、東京都は動物園と水族館を維持するために70億円近い税金を使っている。採算だけを考えると、東京都にとって動物園と水族館は不採算事業といえるだろう。
***
僕は、政府が新規事業を開始するよりも、民間が政府の事業を代行した方が成功した方が良いと思っている。さらに、既存事業をコンセッションによってスリム化した方が税金の無駄遣いを防げそうだ。
「全国の採算割れしている動物園、水族館などをコンセッションで民間事業者に委託してみませんか?」と僕は新居室長と茜に提案した。
「赤字じゃない? 受託してくれるところあるの?」と茜が言う。
「僕の理解では動物園、水族館はどこも赤字だと思う。赤字を補填するために、自治体が税金から運営費を拠出して運営している。だから、民間事業者に運営を委託したとしても、委託料を自治体から継続して支払わないと受託するところはないと思う」
「そうでしょ」
「委託料は払うけど、民間事業者の運営ノウハウで売上が増加するか、コストカットできれば、委託料の金額は少なくなると思うんだ。税金の無駄遣いが減るよね」
「まぁね。それをコンセッションで募集する。そういうこと?」
「そうだよ。ビジネスの素人が新規事業をしても赤字になるのが目に見えてるでしょ」
「それは言えてる」
「コンセッションを活用すれば、民間事業者に運営を委託して支出を減らすことができる」
「へー、それなら私は反対しないな」
珍しく茜は僕の案に賛成のようだ。新居室長はどうだろう?
「新居室長はどうですか?」
「私もいいと思うよ。ノウハウのない政府や自治体が新規事業しても儲かるとは思えない。今までも散々失敗してきたからね。だから、民間企業に任せた方がいいと思う」
新居室長も僕の案に賛成のようだ。
僕はスーパーコンピューター垓に、全国の動物園、水族館をコンセッションによって民間事業者に運営権を譲渡する案をインプットした。
垓のシミュレーションは10分で終了した。
それなりも時間が掛かったから、結果は悪くはなさそうだ。
僕たちは垓の作成したシミュレーション結果のダイジェスト映像を確認することにした。
***
僕たちは垓のシミュレーション結果を見ている。
コンセッションは全国で実施された。
全国の動物園、水族館事業の収支はマイナスだ。だから、コンセッションによって地方自治体から運営権を取得する民間事業者は、お金を払うのではなく、委託料としてお金を受取ることになる。
委託料の金額が少ない入札者が運営権を落札するのだ。
東京都の動物園と水族館は、あるリゾート施設運営会社が取得した。
このリゾート施設運営会社が主体となって、動物園と水族館の業務改善、リストラが実施された。
まず、リゾート施設運営会社が従業員と面談を行い、東京都からの出向者のうち不要な人材は出向を解かれて東京都に戻っていった。入場料は値上がりし、来場者の少ない施設は閉鎖された。閉鎖された施設の場所にはゲームセンターや飲食チェーンがオープンした。
リゾート施設運営会社が最後にメスを入れたのがジャイアントパンダであった。東京都が負担していたジャイアントパンダのレンタル料は2匹(ペア)で年間95万ドル(約1億4,000万円)だ。このレンタル料はコンセッションによってリゾート施設運営会社に引き継がれた。
リゾート施設運営会社はジャイアントパンダから見込める収益と費用を勘案して、リストラ対象と判断した。この結果、コストカットのためにジャイアントパンダのレンタルを終了することを決定した。
垓のダイジェスト映像はジャイアントパンダが中国に帰る最終日を映している。
「シャオシャオーーー! 元気でねーーー!」
「シャオシャオーーー! 会いに行くからねーーー!」
涙ながらにジャイアントパンダに別れを告げる来場者たち。
上野動物園の正門前ではプラカードを持った動物愛護団体が抗議の意思を示している。
「パンダを中国に返すなーーーー!」
「運営権を東京都に返せーーーー!」
抗議の声は全国で起こったが、コンセッションによって動物園と水族館の運営権を取得した民間事業者は、自治体からの委託料の支出を年間1,000億円削減したのであった。
垓のダイジェスト映像はそこで終わった。
***
垓のダイジェスト映像を見終わった僕たち。
「シャオシャオーーー! 行かないでーーー!」
新居室長はシャオシャオとの別れのシーンを思い出して号泣している。
「うまくいったんですかね?」僕は新居室長と茜に尋ねる。
「どうだろ? 全国で問題になりそうだなー」と半笑いの茜。
「却下です! シャオシャオは中国に渡しません!」
珍しく新居室長が自分の意見を言った。涙を流す新居室長を説得するのは酷なのかもしれない。
新居室長の強い意向により、コンセッション案はペンディングとなった。
<第6章おわり>
【後書き】
自治体は赤字の施設を大量に抱えています。このまま赤字施設を維持できる自治体は多くありませんから、今後は住民からの寄附によって運営する形態に変化するのではないかと思います。
先日、国立科学博物館がクラウドファンディングにより9億円を調達しました。このような流れが全国的に広まるのではないかと思っています。
東京動物園協会は、恩賜上野動物園、多摩動物公園、葛西臨海水族園、井の頭自然文化園の4つの施設を運営している。
東京動物園協会の2024年収支予算書の主な項目を抜粋したのが図表40だ。
【図表40:東京動物園協会の収支予算書<単位:百万円>】
出所:東京動物園協会
https://www.tzps.or.jp/financial/
収入は全部で102億円だが、そのうち東京都から67億円が拠出されている。動物園単独の売上としては30%にも満たない。
支出のうち人件費、委託費が約60%、販売売上原価が13%、水道光熱費が6%。販売売上原価が販売収入の約50%だから原価率は50%だ。
収支予算書から、動物園単独の売上では採算はとれず、東京都すなわち都民からの税収によって運営されていることが分かる。
さらに、パンダのレンタル料は2匹(ペア)で年間95万ドル、1ドル=150円で換算すると約1億4,000万円らしいのだが、ここには計上されていない。
つまり、東京都は動物園と水族館を維持するために70億円近い税金を使っている。採算だけを考えると、東京都にとって動物園と水族館は不採算事業といえるだろう。
***
僕は、政府が新規事業を開始するよりも、民間が政府の事業を代行した方が成功した方が良いと思っている。さらに、既存事業をコンセッションによってスリム化した方が税金の無駄遣いを防げそうだ。
「全国の採算割れしている動物園、水族館などをコンセッションで民間事業者に委託してみませんか?」と僕は新居室長と茜に提案した。
「赤字じゃない? 受託してくれるところあるの?」と茜が言う。
「僕の理解では動物園、水族館はどこも赤字だと思う。赤字を補填するために、自治体が税金から運営費を拠出して運営している。だから、民間事業者に運営を委託したとしても、委託料を自治体から継続して支払わないと受託するところはないと思う」
「そうでしょ」
「委託料は払うけど、民間事業者の運営ノウハウで売上が増加するか、コストカットできれば、委託料の金額は少なくなると思うんだ。税金の無駄遣いが減るよね」
「まぁね。それをコンセッションで募集する。そういうこと?」
「そうだよ。ビジネスの素人が新規事業をしても赤字になるのが目に見えてるでしょ」
「それは言えてる」
「コンセッションを活用すれば、民間事業者に運営を委託して支出を減らすことができる」
「へー、それなら私は反対しないな」
珍しく茜は僕の案に賛成のようだ。新居室長はどうだろう?
「新居室長はどうですか?」
「私もいいと思うよ。ノウハウのない政府や自治体が新規事業しても儲かるとは思えない。今までも散々失敗してきたからね。だから、民間企業に任せた方がいいと思う」
新居室長も僕の案に賛成のようだ。
僕はスーパーコンピューター垓に、全国の動物園、水族館をコンセッションによって民間事業者に運営権を譲渡する案をインプットした。
垓のシミュレーションは10分で終了した。
それなりも時間が掛かったから、結果は悪くはなさそうだ。
僕たちは垓の作成したシミュレーション結果のダイジェスト映像を確認することにした。
***
僕たちは垓のシミュレーション結果を見ている。
コンセッションは全国で実施された。
全国の動物園、水族館事業の収支はマイナスだ。だから、コンセッションによって地方自治体から運営権を取得する民間事業者は、お金を払うのではなく、委託料としてお金を受取ることになる。
委託料の金額が少ない入札者が運営権を落札するのだ。
東京都の動物園と水族館は、あるリゾート施設運営会社が取得した。
このリゾート施設運営会社が主体となって、動物園と水族館の業務改善、リストラが実施された。
まず、リゾート施設運営会社が従業員と面談を行い、東京都からの出向者のうち不要な人材は出向を解かれて東京都に戻っていった。入場料は値上がりし、来場者の少ない施設は閉鎖された。閉鎖された施設の場所にはゲームセンターや飲食チェーンがオープンした。
リゾート施設運営会社が最後にメスを入れたのがジャイアントパンダであった。東京都が負担していたジャイアントパンダのレンタル料は2匹(ペア)で年間95万ドル(約1億4,000万円)だ。このレンタル料はコンセッションによってリゾート施設運営会社に引き継がれた。
リゾート施設運営会社はジャイアントパンダから見込める収益と費用を勘案して、リストラ対象と判断した。この結果、コストカットのためにジャイアントパンダのレンタルを終了することを決定した。
垓のダイジェスト映像はジャイアントパンダが中国に帰る最終日を映している。
「シャオシャオーーー! 元気でねーーー!」
「シャオシャオーーー! 会いに行くからねーーー!」
涙ながらにジャイアントパンダに別れを告げる来場者たち。
上野動物園の正門前ではプラカードを持った動物愛護団体が抗議の意思を示している。
「パンダを中国に返すなーーーー!」
「運営権を東京都に返せーーーー!」
抗議の声は全国で起こったが、コンセッションによって動物園と水族館の運営権を取得した民間事業者は、自治体からの委託料の支出を年間1,000億円削減したのであった。
垓のダイジェスト映像はそこで終わった。
***
垓のダイジェスト映像を見終わった僕たち。
「シャオシャオーーー! 行かないでーーー!」
新居室長はシャオシャオとの別れのシーンを思い出して号泣している。
「うまくいったんですかね?」僕は新居室長と茜に尋ねる。
「どうだろ? 全国で問題になりそうだなー」と半笑いの茜。
「却下です! シャオシャオは中国に渡しません!」
珍しく新居室長が自分の意見を言った。涙を流す新居室長を説得するのは酷なのかもしれない。
新居室長の強い意向により、コンセッション案はペンディングとなった。
<第6章おわり>
【後書き】
自治体は赤字の施設を大量に抱えています。このまま赤字施設を維持できる自治体は多くありませんから、今後は住民からの寄附によって運営する形態に変化するのではないかと思います。
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