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第5章 ゼロゼロ融資の崩壊を防げ!
お役所仕事大作戦!(その4)
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※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。
垓のダイジェスト映像は債権者集会に切り替わった。
鈴木さんは着席した債権者の前で倒産に至った経緯を説明している。
「パンデミックで売上が大幅に減少し、それでも何とか業績を改善すべく、全社員一丸となって鋭意努力してまいりました。当社の業績は少しずつ回復していたものの、この度資金繰りが行き詰まり、民事再生法の適用を申請することとなりました」
「銀行にだけ払ったんじゃねーのか? うちにも金払えよー!」債権者の一人が言った。
「そうだ、そうだ!」
「銀行ばっかり優遇すんなー!」
「ドロボー!」
他の債権者からも怒号が飛んだ。
債権者はスーツ姿の銀行員を睨みつけている。
すると、会場に来ていた銀行員が立ち上がって「うちも払ってもらっていません!」と発言した。今回の民事再生は銀行員も知らなかったようだ。
「社長、うちの銀行に相談もせずに民事再生法の適用を申請するとは、どういうつもりですか?」
銀行員は声を荒げて、鈴木さんを睨みつけている。
鈴木さんは耐えかねて銀行員から視線を外し、困った表情で「申し訳ございません……」と隣に座る弁護士に助けを求めた。
弁護士が債権者集会の司会者に合図すると、司会者は債権者に弁護士を紹介した。
弁護士が壇上に上がった。
弁護士は簡単な自己紹介をした後、「皆様、まず、こちらをご覧下さい」と配布した資料をかざした。続いて、弁護士は会社の民事再生についての説明を始めた。
【図表36:会社の決算数値と清算価値】
「まず、会社の資産は現金預金が3,000万円、売上債権(売掛金など)が1,000万円、棚卸資産1,000万円、固定資産2,000万円があります。一方、負債は仕入債務(買掛金など)が3,000万円、銀行借入が6,000万円です」
債権者は配られた資料を見ている。弁護士は説明を続ける。
「会社の固定資産は減価償却をしていないだけで、既に耐用年数を超過しています。つまり、価値はゼロです。現金預金3,000万円は全額債権者様にお支払いできます。売上債権と棚卸資産について、回収可能額が売上債権500万円、棚卸資産100万円です。つまり、会社の残余財産は3,600万円です」
説明を聞いていた債権者が「もう少し多く回収できないのか?」と発言した。
「この金額が限界です。売上債権は回収不能なものが50%含まれています。棚卸資産も滞留在庫がほとんどで100万円しか価値がありません」
弁護士は説明を続ける。
「返済原資3,600万円に対して負債9,000万円ですから、債権者の皆様には返済率を40%としてお支払いしたいと考えております」
返済率40%は先ほどのシミュレーション結果(10%)よりも高い。
しかし、債権者の一人は不満に思ったようで挙手した。司会者はその債権者にマイクを渡す。
「返済に充てられる社長の個人資産はないのか?」
他の債権者も「そうだ!」、「個人資産で払ってくれよー!」と騒ぎ立てる。
しばらく黙っていた鈴木さんは債権者の圧力に耐えきれずに「自宅を売却します!」と言った。
弁護士は「社長!」と打ち合わせにない発言をする鈴木さんを止めようとする。
株式会社は有限責任だから、鈴木さんが債務保証をしていなければ自宅を処分して債権者に支払う必要はない。
「自宅はいくらで売れるんだ?」
「築40年ですから高く売れませんが、それでも500万円にはなるかと……債権者の皆様へお支払いしようと思います」
質問した債権者は返済額が増えたことに喜んでいる。他の債権者は鈴木さんに質問した債権者に拍手を送った。
さらに、債権者の一人が鈴木さんに質問する。もうちょっと払えるんじゃないか?と思っているのだろう。
「生命保険には入ってないのか? 自殺したら金払えるだろ!」
「さすがに死んでというのは……」
「じゃー、どうすんだよ?」
債権者の追及は終わらない。鈴木さんは少し考えてから発言した。
「その代わり、解約返戻金をお支払いすることはできます」
再三になるが、鈴木さんは個人資産を払う必要はない。
弁護士は払わなくてもいいのに債権者に払おうとする鈴木さんに呆れている。
「いくらなんだ?」
「解約返戻金は500万円になるかと……こちらも債権者の皆様へお支払いします」
参加者から質問した債権者に対して拍手が起こった。
債権者2人がごねたことによって、債権者への支払額が1,000万円増えたことになる。
この結果、仕入債務の返済額は1,533万円(返済率51.1%)、借入金の返済額は3,067万円となった(図表36-2)。
【図表36-2:会社の決算数値と清算価値】
欲を出した債権者は更に鈴木さんを追求する。
「他にないのか? 車乗ってるだろ?」
「車はもう売りました。これ以上は勘弁して下さい!」
続けて、鈴木さんは「大変申し訳御座いませんでした!」と頭を下げながら言った。
会場がざわつく。弁護士は呆れている。
「もっと払えるんじゃねーのか?」
「こっちも倒産するじゃねーか!」
会場にいた銀行の担当者はイライラしながら社長を睨んでいた。
**
「たしかに……何もしないか。今回は手許資金があったから、ゼロゼロ融資の回収額が増えたな」
垓のダイジェスト映像を見終わった僕が言ったら、茜が「ほらなー」とドヤ顔をしている。
「債権者がごねたのも大きかったけど、回収率が10%から51.1%に増えた!」と茜は大喜びだ。
一般的に債権の回収率は時期が早いほど高くなる。日本企業の場合は特にそうだ。
政府が企業を救おうと時間稼ぎをしても、結局は何も変わらない。
結局のところ、民間企業のことは民間企業に任せるしかないのだ。
そういう意味では、お役所仕事大作戦は効果的かもしれない。
実に日本人らしい対応だ。この案は政府も受け入れてくれるだろう。
僕たちの戦いはまだ続く。
<第5章終わり>
垓のダイジェスト映像は債権者集会に切り替わった。
鈴木さんは着席した債権者の前で倒産に至った経緯を説明している。
「パンデミックで売上が大幅に減少し、それでも何とか業績を改善すべく、全社員一丸となって鋭意努力してまいりました。当社の業績は少しずつ回復していたものの、この度資金繰りが行き詰まり、民事再生法の適用を申請することとなりました」
「銀行にだけ払ったんじゃねーのか? うちにも金払えよー!」債権者の一人が言った。
「そうだ、そうだ!」
「銀行ばっかり優遇すんなー!」
「ドロボー!」
他の債権者からも怒号が飛んだ。
債権者はスーツ姿の銀行員を睨みつけている。
すると、会場に来ていた銀行員が立ち上がって「うちも払ってもらっていません!」と発言した。今回の民事再生は銀行員も知らなかったようだ。
「社長、うちの銀行に相談もせずに民事再生法の適用を申請するとは、どういうつもりですか?」
銀行員は声を荒げて、鈴木さんを睨みつけている。
鈴木さんは耐えかねて銀行員から視線を外し、困った表情で「申し訳ございません……」と隣に座る弁護士に助けを求めた。
弁護士が債権者集会の司会者に合図すると、司会者は債権者に弁護士を紹介した。
弁護士が壇上に上がった。
弁護士は簡単な自己紹介をした後、「皆様、まず、こちらをご覧下さい」と配布した資料をかざした。続いて、弁護士は会社の民事再生についての説明を始めた。
【図表36:会社の決算数値と清算価値】
「まず、会社の資産は現金預金が3,000万円、売上債権(売掛金など)が1,000万円、棚卸資産1,000万円、固定資産2,000万円があります。一方、負債は仕入債務(買掛金など)が3,000万円、銀行借入が6,000万円です」
債権者は配られた資料を見ている。弁護士は説明を続ける。
「会社の固定資産は減価償却をしていないだけで、既に耐用年数を超過しています。つまり、価値はゼロです。現金預金3,000万円は全額債権者様にお支払いできます。売上債権と棚卸資産について、回収可能額が売上債権500万円、棚卸資産100万円です。つまり、会社の残余財産は3,600万円です」
説明を聞いていた債権者が「もう少し多く回収できないのか?」と発言した。
「この金額が限界です。売上債権は回収不能なものが50%含まれています。棚卸資産も滞留在庫がほとんどで100万円しか価値がありません」
弁護士は説明を続ける。
「返済原資3,600万円に対して負債9,000万円ですから、債権者の皆様には返済率を40%としてお支払いしたいと考えております」
返済率40%は先ほどのシミュレーション結果(10%)よりも高い。
しかし、債権者の一人は不満に思ったようで挙手した。司会者はその債権者にマイクを渡す。
「返済に充てられる社長の個人資産はないのか?」
他の債権者も「そうだ!」、「個人資産で払ってくれよー!」と騒ぎ立てる。
しばらく黙っていた鈴木さんは債権者の圧力に耐えきれずに「自宅を売却します!」と言った。
弁護士は「社長!」と打ち合わせにない発言をする鈴木さんを止めようとする。
株式会社は有限責任だから、鈴木さんが債務保証をしていなければ自宅を処分して債権者に支払う必要はない。
「自宅はいくらで売れるんだ?」
「築40年ですから高く売れませんが、それでも500万円にはなるかと……債権者の皆様へお支払いしようと思います」
質問した債権者は返済額が増えたことに喜んでいる。他の債権者は鈴木さんに質問した債権者に拍手を送った。
さらに、債権者の一人が鈴木さんに質問する。もうちょっと払えるんじゃないか?と思っているのだろう。
「生命保険には入ってないのか? 自殺したら金払えるだろ!」
「さすがに死んでというのは……」
「じゃー、どうすんだよ?」
債権者の追及は終わらない。鈴木さんは少し考えてから発言した。
「その代わり、解約返戻金をお支払いすることはできます」
再三になるが、鈴木さんは個人資産を払う必要はない。
弁護士は払わなくてもいいのに債権者に払おうとする鈴木さんに呆れている。
「いくらなんだ?」
「解約返戻金は500万円になるかと……こちらも債権者の皆様へお支払いします」
参加者から質問した債権者に対して拍手が起こった。
債権者2人がごねたことによって、債権者への支払額が1,000万円増えたことになる。
この結果、仕入債務の返済額は1,533万円(返済率51.1%)、借入金の返済額は3,067万円となった(図表36-2)。
【図表36-2:会社の決算数値と清算価値】
欲を出した債権者は更に鈴木さんを追求する。
「他にないのか? 車乗ってるだろ?」
「車はもう売りました。これ以上は勘弁して下さい!」
続けて、鈴木さんは「大変申し訳御座いませんでした!」と頭を下げながら言った。
会場がざわつく。弁護士は呆れている。
「もっと払えるんじゃねーのか?」
「こっちも倒産するじゃねーか!」
会場にいた銀行の担当者はイライラしながら社長を睨んでいた。
**
「たしかに……何もしないか。今回は手許資金があったから、ゼロゼロ融資の回収額が増えたな」
垓のダイジェスト映像を見終わった僕が言ったら、茜が「ほらなー」とドヤ顔をしている。
「債権者がごねたのも大きかったけど、回収率が10%から51.1%に増えた!」と茜は大喜びだ。
一般的に債権の回収率は時期が早いほど高くなる。日本企業の場合は特にそうだ。
政府が企業を救おうと時間稼ぎをしても、結局は何も変わらない。
結局のところ、民間企業のことは民間企業に任せるしかないのだ。
そういう意味では、お役所仕事大作戦は効果的かもしれない。
実に日本人らしい対応だ。この案は政府も受け入れてくれるだろう。
僕たちの戦いはまだ続く。
<第5章終わり>
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