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第4章 インボイス制度を浸透させろ
免税事業者を無くせ!(その1)
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※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。
インボイスGメンが却下された僕たち国家戦略特別室は、次の政策提案を検討している。
インボイス制度を国民に浸透させるための提案なのだが、すでに制度が開始した後なので本当に対策が必要なのか僕には分からない。
会議が煮詰まってきた時、「やっぱりね。そうだよなー」と茜の独り言が聞こえてきた。
茜は何かをしているのだろう。僕は「どうかしたの?」と茜に尋ねる。
「インボイスGメンのシミュレーションしていたときに、アンケートを採ってみたんだ」
きっとインターネット上でアンケートをしていたのだと思うが、相変わらず行動が読めない。「どんなアンケート?」と僕は茜に尋ねる。
「インボイス制度が始まって、新しく課税事業者になった人は消費税の納税額が増えるから不満を持ってるよね」
「そうだね」
「逆に、元々課税事業者だった人たちはインボイス制度をどう思っていたかを聞いてみたんだ」
茜はアンケート結果をモニターに表示した(図表25-2)。
アンケートは課税事業者に対して実施され、インボイス制度の開始についての感想を質問しているようだ。複数回答可になっているのだが、選択肢は茜が用意したものだからバイアスが掛かっていることは否めない。
【図表25-2:インボイス制度が始まった感想<回答者:課税事業者>】
※上記は筆者が適当に作ったグラフです。根拠はありません。
「元々課税事業者だった人たちはインボイス制度の開始について、概ね肯定的。回答としては『ざまあみろ』が80%、『当然だと思う』が60%。つまり、大多数が賛成している」
「ざまぁ……そんなこと思ってたの?」
『ざまあみろ』は良い回答ではないのだろうが、課税事業者の心境が現れている。
「私はこのアンケート結果に違和感はない。だって、課税事業者だった人たちは消費税を納税していたわけだから、免税事業者の特別扱いが許せなかったのよ」
「そうすると……不公平だと思ってたわけだね」
「そう。『私たちは消費税を払っているのに、アイツらは払ってない!』って不満があった。インボイス制度はこの不公平感を少しは払拭してくれたわけ」
「だから、ざまぁ」
アンケート結果を見ていた新居室長も「ざまぁは大衆心理をよく表していると思うわ」と納得している。
「室長もそう思います?」
「えぇ。だって、真面目に納税している人たちが可哀そうじゃない」
「まぁ、そうですね」
「この場合、消費税を納税していなかった人たちが悪役なんだけど、悪役を御上が成敗してくれた。水戸黄門みたいに」
「水戸黄門はざまぁの元祖なんですね」
「私的逮捕系ユーチューバーは自分でざまぁしに行くけど、大衆心理的にはウケがよくない」
「なんでですか?」
「大衆が望むざまぁとは、悪が勝手に成敗されて、正義が救われることなの。例えば、水戸黄門という国家権力が民衆に代わって悪代官を成敗してくれる。そういうのを大衆は望んでいるのよ。大衆は自己満足のためにざまぁに行く人を支持しない」
「へー、奥が深いですね」
『ざまぁ』について語る新居室長。きっと、ラノベ好きなのだろう。
新居室長のざまぁ講義が続く中、空気を読まない茜が「いい案を思い付いた!」と言った。
ざまぁ講座に飽きてきた僕は「どういうの?」と尋ねる。
「そもそも、免税事業者を無くせばいいんだよ!」
それを言ったら、インボイス制度を否定することになってしまう。インボイス制度は免税事業者を自主的に課税事業者にする取り組みだからだ。
無視するのもどうかと思ったから、僕は茜の真意を確認する。
「どういうこと?」
「課税事業者は、インボイス登録業者になって消費税を払うことになった元免税事業者に対して、ざまぁと思ってる」
「そうだね」
「同じ理屈でいえば、インボイス登録業者は、消費税を払っていない免税業者が消費税を払うようになったら、ざまぁと思うわけだ」
「そういうロジック……」
インボイス登録業者の不公平感を払拭するために……別の被害者を作り出す。こんなことをしていいのだろうか?
僕は実務的な面を確認することにする。
「茜の案は全員を課税事業者にするってこと?」
「そう。免税事業者がいるからゴネるんだよ。全員が課税事業者だったら、そもそもインボイスは必要ない」
「そうだけど、全員が課税事業者になったら……申告する事業者もチェックする税務署もすごい手間が掛かると思うんだけど……」
「インボイス制度で課税事業者が増えたんだし、いいんじゃない?」
「そうだとしても、全員は無理があると思うなー」
「そうかな? そうすると、免税事業者の線引きを課税売上高1,000万円から幾らに引き下げるか……」
茜は考えている。
「課税売上高100万円はどう?」
「年間100万円とすると……月の売上が8万円……。ネットオークションで個人的に販売している人も入ってくるなー。低すぎないかな」
「じゃあ、課税売上高500万円はどう?」
「年間500万円とすると……月の売上が40万円くらいか……。それくらいなら何とかなるかな」
僕たちの話を聞いていた新居室長が話に入ってきた。
「政府からの要望は、インボイス制度を浸透させるための方法なんだけど……」
それに対して「そんな方法ねーよ!」と反論する茜。
「茜くん、インボイスGメンが却下されたからって、怒らないの!」
「じゃあ、インボイスGメンよりもいい案があるんですか? あったら教えて下さいよ」
「それは……すぐに思い付かないんだけど……」
新居室長は茜に責められて言葉に詰まっている。そんな新居室長に茜は提案する。
「じゃあ、課税事業者になる課税売上高を500万円に変更するのは?」
「それはインボイス制度を浸透させる方法じゃないでしょ」
「でも、課税事業者は増えます。政府の目的である消費税の税収は増えるでしょ」
「そうなんだけど……」
茜に追い詰められそうな新居室長に、僕は助け舟を出すことにした。
「茜の案は強引ですけど税収は増えそうです。一度、垓でシミュレーションしてみませんか?」
「そうね……やってみましょうか」
不本意ながら納得した新居室長。
僕と茜は、スーパーコンピューター垓に消費税の納税義務の免除を課税売上高500万円以下にする法改正をインプットした。
<その2に続く>
インボイスGメンが却下された僕たち国家戦略特別室は、次の政策提案を検討している。
インボイス制度を国民に浸透させるための提案なのだが、すでに制度が開始した後なので本当に対策が必要なのか僕には分からない。
会議が煮詰まってきた時、「やっぱりね。そうだよなー」と茜の独り言が聞こえてきた。
茜は何かをしているのだろう。僕は「どうかしたの?」と茜に尋ねる。
「インボイスGメンのシミュレーションしていたときに、アンケートを採ってみたんだ」
きっとインターネット上でアンケートをしていたのだと思うが、相変わらず行動が読めない。「どんなアンケート?」と僕は茜に尋ねる。
「インボイス制度が始まって、新しく課税事業者になった人は消費税の納税額が増えるから不満を持ってるよね」
「そうだね」
「逆に、元々課税事業者だった人たちはインボイス制度をどう思っていたかを聞いてみたんだ」
茜はアンケート結果をモニターに表示した(図表25-2)。
アンケートは課税事業者に対して実施され、インボイス制度の開始についての感想を質問しているようだ。複数回答可になっているのだが、選択肢は茜が用意したものだからバイアスが掛かっていることは否めない。
【図表25-2:インボイス制度が始まった感想<回答者:課税事業者>】
※上記は筆者が適当に作ったグラフです。根拠はありません。
「元々課税事業者だった人たちはインボイス制度の開始について、概ね肯定的。回答としては『ざまあみろ』が80%、『当然だと思う』が60%。つまり、大多数が賛成している」
「ざまぁ……そんなこと思ってたの?」
『ざまあみろ』は良い回答ではないのだろうが、課税事業者の心境が現れている。
「私はこのアンケート結果に違和感はない。だって、課税事業者だった人たちは消費税を納税していたわけだから、免税事業者の特別扱いが許せなかったのよ」
「そうすると……不公平だと思ってたわけだね」
「そう。『私たちは消費税を払っているのに、アイツらは払ってない!』って不満があった。インボイス制度はこの不公平感を少しは払拭してくれたわけ」
「だから、ざまぁ」
アンケート結果を見ていた新居室長も「ざまぁは大衆心理をよく表していると思うわ」と納得している。
「室長もそう思います?」
「えぇ。だって、真面目に納税している人たちが可哀そうじゃない」
「まぁ、そうですね」
「この場合、消費税を納税していなかった人たちが悪役なんだけど、悪役を御上が成敗してくれた。水戸黄門みたいに」
「水戸黄門はざまぁの元祖なんですね」
「私的逮捕系ユーチューバーは自分でざまぁしに行くけど、大衆心理的にはウケがよくない」
「なんでですか?」
「大衆が望むざまぁとは、悪が勝手に成敗されて、正義が救われることなの。例えば、水戸黄門という国家権力が民衆に代わって悪代官を成敗してくれる。そういうのを大衆は望んでいるのよ。大衆は自己満足のためにざまぁに行く人を支持しない」
「へー、奥が深いですね」
『ざまぁ』について語る新居室長。きっと、ラノベ好きなのだろう。
新居室長のざまぁ講義が続く中、空気を読まない茜が「いい案を思い付いた!」と言った。
ざまぁ講座に飽きてきた僕は「どういうの?」と尋ねる。
「そもそも、免税事業者を無くせばいいんだよ!」
それを言ったら、インボイス制度を否定することになってしまう。インボイス制度は免税事業者を自主的に課税事業者にする取り組みだからだ。
無視するのもどうかと思ったから、僕は茜の真意を確認する。
「どういうこと?」
「課税事業者は、インボイス登録業者になって消費税を払うことになった元免税事業者に対して、ざまぁと思ってる」
「そうだね」
「同じ理屈でいえば、インボイス登録業者は、消費税を払っていない免税業者が消費税を払うようになったら、ざまぁと思うわけだ」
「そういうロジック……」
インボイス登録業者の不公平感を払拭するために……別の被害者を作り出す。こんなことをしていいのだろうか?
僕は実務的な面を確認することにする。
「茜の案は全員を課税事業者にするってこと?」
「そう。免税事業者がいるからゴネるんだよ。全員が課税事業者だったら、そもそもインボイスは必要ない」
「そうだけど、全員が課税事業者になったら……申告する事業者もチェックする税務署もすごい手間が掛かると思うんだけど……」
「インボイス制度で課税事業者が増えたんだし、いいんじゃない?」
「そうだとしても、全員は無理があると思うなー」
「そうかな? そうすると、免税事業者の線引きを課税売上高1,000万円から幾らに引き下げるか……」
茜は考えている。
「課税売上高100万円はどう?」
「年間100万円とすると……月の売上が8万円……。ネットオークションで個人的に販売している人も入ってくるなー。低すぎないかな」
「じゃあ、課税売上高500万円はどう?」
「年間500万円とすると……月の売上が40万円くらいか……。それくらいなら何とかなるかな」
僕たちの話を聞いていた新居室長が話に入ってきた。
「政府からの要望は、インボイス制度を浸透させるための方法なんだけど……」
それに対して「そんな方法ねーよ!」と反論する茜。
「茜くん、インボイスGメンが却下されたからって、怒らないの!」
「じゃあ、インボイスGメンよりもいい案があるんですか? あったら教えて下さいよ」
「それは……すぐに思い付かないんだけど……」
新居室長は茜に責められて言葉に詰まっている。そんな新居室長に茜は提案する。
「じゃあ、課税事業者になる課税売上高を500万円に変更するのは?」
「それはインボイス制度を浸透させる方法じゃないでしょ」
「でも、課税事業者は増えます。政府の目的である消費税の税収は増えるでしょ」
「そうなんだけど……」
茜に追い詰められそうな新居室長に、僕は助け舟を出すことにした。
「茜の案は強引ですけど税収は増えそうです。一度、垓でシミュレーションしてみませんか?」
「そうね……やってみましょうか」
不本意ながら納得した新居室長。
僕と茜は、スーパーコンピューター垓に消費税の納税義務の免除を課税売上高500万円以下にする法改正をインプットした。
<その2に続く>
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