上 下
17 / 27

王女の帰還(アリスの話)

しおりを挟む
 しばらくグレコと話していたら、遠くから「マリー、マリー」と呼ぶ女性の声が聞こえた。どこかで聞いたことがある声だが思い出せない。誰の声だったかな?

 私が声の主を思い出そうとしていたら、一匹の猫がやってきた。手配書の猫と特徴が似ているからクリスティ王女の猫だと思う。
 猫は私の前に立ったまま微動だにしない。私に対する猫の態度が昼間とは明らかに違う。怖いのかな?

「おいで!」と手を出すと、猫は私の手の中に飛び込んだ。

 猫を撫でていたら遠くから「きゃー、きゃー」と声が聞こえてきた。私は声の主を思い出した。クリスティ王女だ。
 東の森で魔物に遭遇して驚いているようだが、何をしにきたのだろうか?

 私が猫を抱いたまま声の方へ向かうと、そこにはクリスティ王女を取り囲むように魔物たちが見えた。魔物たちはクリスティ王女を攻撃しようとしているわけではない。夜中に騒ぎ立てる迷惑な少女を見物しているだけだ。
 人だかり、ならぬ魔物だかり、とでも言うべきだろうか?

 私がその集団に近づいたら、魔物たちは私の進路を邪魔しないように後ずさった。私は集団の中心にいるクリスティ王女に近づいて尋ねた。

「クリスティ王女、こんな夜中にどうされたのですか?」
「アリス。まっ、マリーがこっちに走っていったから。あっ、後をついてきたの・・・」

 クリスティ王女は魔物に遭遇して混乱している。そのせいか、何を言っているのか分からない。
 マリーは王女の猫の名前だ。私に捜索を依頼しながらも、マリーのことが心配だから自分でも捜しにきたのだろうか?
 クリスティ王女は猫を探してこの森に迷い込んだ。そいうことだろう、と私は推測した。

「この猫のことですか?」
「ええ、そうよ。マリー、おいで!」

 クリスティ王女はマリーを呼んだが、当のマリーは私の腕を離れようとしない。私はクリスティ王女に近づいてマリーを手渡そうとするのだが、それでもマリーは私の腕にしがみついている。
 私がマリーをクリスティ王女に渡す方法を考えていたら、グレコが言った。

「この猫は周りにいる彼ら(魔物)が怖いのです」
「ああ、そういうこと。じゃあ、森を出ればマリーは私から離れるわね」

 私とグレコの会話を聞いたクリスティ王女は「オークが喋った・・・」と驚いている。

「クリスティ王女、こちらはオーク族の長のグレコです。グレコは上位種のオークジェネラルなので人間の言葉を話せます」
「そうなの・・・」

 クリスティ王女は恐怖と緊張で混乱しているように見える。一人でこの森から出るのは難しいだろうから、私はグレコに「クリスティ王女を送っていくわ」と伝えて森を出ることにした。

「リードが森に来ていましたから、城まで送ってもらったらどうですか?」とグレコは私に提案する。

 ワイバーンなら早くハース城に着けそうだ。でも、ワイバーンで城まで行ってもいいのだろうか?

 私の一存では何とも言えないから、クリスティ王女に確認することにした。

「クリスティ王女、リードにハース城まで送ってもらってもいいですか?」
「よくってよ」
 クリスティ王女は疲れた様子で答えた。どうでもよさそうだ。

 クリスティ王女の許可が下りたので、さっきの要領でリードをイメージして私のところにくるように念じた。すると、すぐにリードがやってきた。

“バッサー バッサー”

 リードの翼から生じる風で森の木々が揺れている。周囲の魔物もワイバーンの出現に驚いている。クリスティ王女も何事かと私の後ろに隠れながら見ている。

「リード、久しぶり。元気だった?」

 私がそういうと、リードは頷いた。

「ハース城まで乗せていってほしいの。いいかしら?」
「もちろんです。さあ、ここから登ってください」

 私がリードの身体に登ろうとすると、後ろに隠れていたクリスティ王女が焦って私に確認する。

「これがリード? ワイバーンじゃないの?」
「そうですよ」
「これでハース城に行くの?」
「ええ、クリスティ王女がいいとおっしゃいましたから」

 私が笑顔で答えると、クリスティ王女は黙ってしまった。

―― 嫌だったかな?

 しばらく黙っていたクリスティ王女は諦めてリードの背中に上った。
 私たちがリードの背中に乗ると「飛び立っても大丈夫ですか?」とリードが確認した。

 私が「大丈夫よ」というとリードは一気に上昇した。眼下には東の森が見える。少し先に光っている地域が見えた。ハース王国の城下の灯りだ。その光の中で一際大きい建造物が目的地のハース城。

 リードは暗闇の中を飛行している。上空からの視界は極めて良好だ。眼下に広がる家の明かりで街並みがはっきり見える。一方、地上から上空はほとんど見えないはずだから、リード(ワイバーン)が上空を飛んでいても騒ぎにならないだろう。

 私は初めての空の旅を楽しんだ。上空からの景色は、当然ながら地上からの景色とは違う。上空からはいろんな人が見えた。
 通りで口論になっている男性グループ、酒場で酔っぱらって喧嘩したのだろうか?
 仲良く手をつないで歩く老夫婦、レストランで外食して家に帰る途中だろうか?
 走っていく子供たち、前を見ないとあぶないよ!
 あの人たちには、私とは違う人生があるのだ。普段と変わらないはずだけど、上空からだと違った街に思えた。

 私は眼下に広がる町の景色を楽しんでいたのだが、後ろを振り返ったらクリスティ王女は目を瞑ったままだった。下を見るのが怖いのかもしれない。目を瞑ったまま私の服を引っ張っている。同じく猫のマリーも微動だにしない。

 クリスティ王女の胸元には鳥の羽の細工のある首飾りが見えた。
 私が知っている首飾りによく似たデザインだ。どこで見たのだろう。
 思い出せない・・・

***

 しばらく飛行したリードはハース城の上空に到着し「そこの広場に着陸します」と言って下降した。

“バッサー バッサー”

 リードが上空から降りていくと轟音とともに強風が城内に吹き荒れた。何事かと城の中から衛兵が数人か出てきた。衛兵たちは急に現れたワイバーンを見て騒いでいる。

「ワイバーンの襲撃だ!」
「応援を呼べ!」
「盾を持て!」
「弓矢はどこだ?」

―― 完全にパニックだ・・・

 衛兵に攻撃されると困る。だから、私は「私はアリス・フィッシャー女男爵です。クリスティ王女を城までお連れしました」と衛兵に伝えた。

「クリスティ王女? おお、クリスティ王女だ!」

 私とクリスティ王女はリードの背中から広場に降り立った。
 私がリードに「ありがとう」とお礼を言うと、リードは「お気をつけて」と言って上空へ飛び去っていった。

 そこへカール王子がやってきた。城内の騒ぎを聞き付けたのだろう。

「アリス、空を飛んできたの?」
「飛んできました。空の散歩は楽しかったですよ」
「いいなー。次は僕も乗せてよ」
「ええ、もちろんです」

 次に、カール王子はクリスティ王女に「空からの景色はどうだった?」と話しかけた。クリスティ王女は楽しそうにカール王子に空から見た町の様子を話している。
 クリスティ王女は目を閉じていたから見えていなかったはず。だけど、クリスティ王女が嬉しそうだから内緒にしておこう。

―― クリスティ王女はカール王子が大好きなんだな・・・

 私はカール王子とクリスティ王女に挨拶をして、ハース城から自宅に戻った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】炒飯を適度に焦がすチートです~猫神さまと行く異世界ライフ

浅葱
ファンタジー
猫を助けようとして車に轢かれたことでベタに異世界転移することになってしまった俺。 転移先の世界には、先々月トラックに轢かれて亡くなったと思っていた恋人がいるらしい。 恋人と再び出会いハッピーライフを送る為、俺は炒飯を作ることにした。 見た目三毛猫の猫神(紙)が付き添ってくれます。 安定のハッピーエンド仕様です。 不定期更新です。 表紙の写真はフリー素材集(写真AC・伊兵衛様)からお借りしました。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

処理中です...