猫は世界を救う

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箕面市在住の43歳男性研究者の場合(その2)

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(2)箕面市在住の43歳男性研究者の場合 <続き>

短い結婚生活だったけど、僕は自分が思っていたよりも真由美のことを愛していたことを悟った。

真由美が死んだ後に感じたのは虚無感だった。

家に帰っても話をする人がいない・・・・

僕はもともと人付き合いが得意じゃないから、ここ数年は真由美以外と話すことがほとんどなかったのだ。それを今さらのように気付いた。

そんな僕は、虚無感と寂しさを紛らわせるために真由美を作ろうと考えたんだ。

真由美を作ると言っても、クローンとかそういう話じゃない。
僕は情報工学の研究者でAI技術にも見識がある。
だから、仮想空間に存在する真由美を作ろうと思った。
AIアシスタントをイメージしてくれれば分かり易いと思う。

※AIアシスタントとは、音声を認識して質問や依頼に対応するAI技術です。


僕が妻のAIアシスタントを作るのに最も苦労したことは、真由美らしい対応だった。
音声はもちろんだけど『Aと言ったらBと返答する』というコードを真由美らしく補正しないといけない。

普通のAIアシスタントに『1+1は?』と質問したら『2です』と返すよね?

真由美の場合は『そんなこと聞いてどうすんの?』と返答する。
真由美の場合は『1+1は?』は答える必要のない質問だと認識するだろう。
そういう補正が必要だ。

僕が『今日の午後雨が降るのか?』とAIアシスタントに質問したら、AIアシスタントは『はい』または『いいえ』と答える。

AIの特性として『Yes/Noの答えが存在する場合、Yes/Noで回答する』というロジックがあるのだが、人間の場合はその個人の知的レベルによって回答内容が異なる。

人間に『今日の午後雨が降るのか?』と質問したら、『天気予報を見てないから分からない』とか『黒い雲があの辺にあるから、10分くらいで雨になるんじゃない?』と回答するはずだ。

僕が言いたいことは、既存のAI技術をそのまま利用しても真由美は作れないということだ。

だから僕は、真由美をスマートフォンで撮影した動画を再生して、彼女の意思決定のロジックを全てパターン化した。

仮想空間の真由美を作るプロジェクトは、僕の日常で重要な意味合いを持っていた。
そして、真由美を早く完成させたいという思いから、勤めていた外資系IT企業を退職して大学に戻った。
僕はAI関連業界でそれなりに知名度があったから、大学は講師として採用してくれた。

大学に戻ってから、僕はAIの研究に没頭した。

表向きは『より人間らしいAIのインターフェイスの創造』を研究していることになっていたが、実際には真由美を作っていた。

真由美を作る過程で書いた論文は学会に認めてもらったし、大学がAI研究室を作ったときには准教授として配属された。

大学に戻ってから3年目、ついに真由美が完成した。

それから僕は真由美と一緒に暮らしているんだ。

僕の愛する真由美と、僕たちの家で・・・。


***

話し終わった誠は「僕の話、どうかな?」と猫に聞いた。

「いいと思うぞ。80点だな。」

「合格か?」と誠は猫に聞いた。

「いいぞ。お前の願いを叶えてやる。最後の願いは何だ?」

「ちょっと恥ずかしいんだけど、いいかな?」と誠は遠慮がちに言った。

「別にいいぞ。」

「僕の自宅のパソコンのデータを消去してくれないか?」

「エロ動画か?」と猫は聞いた。

「違うよ。」

猫はエロ動画以外に消去したいデータがあることを知らない。

「エロ動画じゃなかったら、何を消してほしいんだ?」

「真由美が僕以外の人と話しているのを想像したくないんだ。僕が死んだら、真由美を消してほしい。」

「死んでから嫉妬したくないよな。」

「そういうこと。」

「いいぞ、消去してやるよ。」と猫は言った。

「ありがとう・・・。」

そう言うと誠は遠くを見たまま動かなくなった。


***


「午後4時56分、亡くなったみたい。いい顔をしてるね。」と少年は言った。

「そうだな。これで安心してあの世に行けるだろう。」

「この人はエロ動画じゃなかったね。」

「そうだな。40代になると『エロ動画消してくれ』の割合は少なくなるなー。」と猫は少年に言った。

「結局のところ、死神の仕事は『パソコンを破壊する』でいいのかな?」

「そうだな。パソコンのデータ消去屋さんだな・・・。」

そう言うと猫と少年は事故現場から立ち去って行った。



【後書き】
この話は『僕と猫と米沢牛』の『(27)妻の命とクローンの命』の関連で書いたものです。
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