春日野道で会いましょう

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明石海峡大橋

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 僕たちは阪急王子公園駅から海の方へバイクを走らせた。阪急沿線をから南に進むにつれて被害が大きくなっていた。

 この辺りに断層が東西に走っているのだが、断層に沿った阪急~JR~阪神の地盤の弱い場所や、海側や埋立地の方が被害は大きかった。一方、地盤の固い山側の方が被害は少なかった。
 海に近づくにつれて道路の陥没は酷くなり、僕たちはバイクで走れなくなった。所謂、液状化現象だ。
 ハーバーランド方面へ向かおうとしたが、バイクで走れそうになかったから諦めた。この様子だと、旧居留地エリアにも液状化が広がっていそうだ。

 僕と山田は事前に割り当てられた地域を一通り回った後、学生寮に戻った。

***

 僕と山田が学生寮に戻ったら、Aグループの何人かは戻ってきていた。シゲが取りまとめ役をしていたので、僕たちはシゲにエリアごとの被害状況、どの道が通れるかを報告した。
 シゲは地図に僕たちが伝えた内容を書き込んでいた。被害の大きいエリアはある程度分かりそうだが、どういう法則性なのかはさっぱり分からなかった。

 僕は大学院で地盤や地質の研究をしていたから、この周辺の地盤や地質についてはある程度理解していた。弱そうな地盤、地滑りの起きそうな場所は分かっていたつもりだ。が、実際の被害は僕の予想とは違っていた。
 僕が「被害が大きいのは断層のところかな?」とシゲに聞いたら、「そう簡単でもなさそうやな」と言っていた。シゲも僕と同じような感想を持ったようだった。僕もシゲも専攻のはずなのに……分からなかった。僕の知識は何の役にも立たない。

***

 少し落ち着いたら、僕は急に亜紀のことが心配になった。
 僕が勝手に行動するとみんなに迷惑が掛かるかもしれないから、シゲに一言断ってから亜紀の実家に行ってみることにした。
 そうしたら、シゲに山田と一緒に行くことを勧められた。山田は「心配でしょうから、全然いいですよ」と言ってくれたが、個人的なことに山田を付き合わせるのは申し訳なかった。

 僕と山田は亜紀の実家がある元町へ向かった。その途中、家屋やビルが倒壊しているところがいくつもあったが、なんとか亜紀の家までたどり着いた。亜紀の実家は花隈公園を少し上ったところにあった。海側に比べると被害は大きくなさそうだ。

 外壁の一部が崩れて庭に屋根瓦が散らばっていたが、家は無事そうだ。僕はインターホンを鳴らそうとしたのだが、反応しなかった。
 停電しているから鳴るはずがない。少し考えたら分かることだ。

 僕は「すいませーーん」と何度か家の中に向けて叫んだが、何の反応もなかった。

 家の周りを見回っていた山田は「誰もいなさそうですねー」と言いながら戻ってきた。

「家の中は見えた?」と僕は山田に尋ねた。

「家具が散らばってました。けど、中の人は無事だったと思います。それに……」

 山田は庭を指さしながら「ガレージに車がなかったから、どこかに避難したかもしれませんよ」と言った。

 亜紀の父親は貿易商をしている。海外で起こった暴動や災害を知っているだろうから、妻や娘の危険を案じた父親は早めに非難したのだろう。

 亜紀も両親も無事なはず……。僕は自分を安心させるために、そう思った。

 亜紀の家から南の方へ下っていくと、旧居留地にある大丸神戸店が歪な形になっていた。ビル自体は崩落していないが、フロアの一部がひしゃげたような形になっていた。この辺りは液状化の被害が酷かった箇所だ。
 僕の記憶によれば、液状化被害のある地域の復旧工事において、地中の水分を冷却ガスで氷にして基礎工事を行ったと記憶している。液状化が激しくて、他の工法だと工事ができなかったからだ。

 僕と山田は一通り被害状況を見た後、学生寮に戻った。
 学生寮から下を見渡すと、遠くに建設中の明石海峡大橋が見えた。

「これから……どうしよう?」
 僕は自分だけに聞こえるように小さく言った。


***


 亜紀に最後に会ったのは、地震の日の前の土曜日か日曜日だったと思う。どっちだったかは覚えていない。
 亜紀の運転する車で垂水(たるみ)の公園に行った。僕は助手席に座って彼女が車をどこかにぶつけないかを見張っていた。
 亜紀は油断すると、すぐに車をぶつけるから。

 神戸は瀬戸内海に面しているから、どこにでも海浜公園がある。
 その当時、明石海峡大橋が建設されている途中で、僕は建設中の橋を眺めていた。
 明石海峡大橋は神戸市垂水区と淡路島の淡路市をつなぐ1998年に開通した橋だ。開通した当時は世界最長の吊橋だった。
 阪神・淡路大震災と言われるように、淡路島も地震被害があった。

 僕の研究室は淡路島側のトンネルの調査をしていたから、明石海峡大橋は僕の研究対象だった。飽きずに橋の工事現場を見ていた僕に亜紀が言った。

「あの橋が出来た時、ホセは日本にいるんかな?」

 僕は何て答えようか迷った。けど、そのまま答えることにした。

「どうかな? まだ分からん。日本にいるかもしれんし、他の国にいるかも」
「そっか……」
「亜紀は?」
「うーん。私は神戸にいると思う」
「家業を継ぐは亜紀じゃなくてもいいわけだし……自分のやりたいようにすればいいんじゃない?」
「ひょっとして、ホセが私をさらってどこかに連れて行ってくれる?」

 亜紀はたまにこういう無茶ぶりをする。

「僕はルパンみたいに上手に君をさらえないけど……それもいいかもね」
「ルパンはさらってないで。心を盗んだだけ」
「そうやったっけ?」

 亜紀は何も言わずに笑っていた。そんな亜紀に僕は尋ねた。

「どこか行きたいところある?」
「それって……駆け落ちの誘い?」
「そうじゃなくて、デートの場所として……」

 少し考えてから亜紀は言った。

「ホセがいつも行ってるところ!」
「僕がいつも行くところ……春日野道にお好み焼きを食べにいく」
「来週、そこに行こ!」
「ええよ」

 亜紀は僕に言った。

「来週、春日野道で! 約束やで!」
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