9 / 10
明石海峡大橋
しおりを挟む
僕たちは阪急王子公園駅から海の方へバイクを走らせた。阪急沿線をから南に進むにつれて被害が大きくなっていた。
この辺りに断層が東西に走っているのだが、断層に沿った阪急~JR~阪神の地盤の弱い場所や、海側や埋立地の方が被害は大きかった。一方、地盤の固い山側の方が被害は少なかった。
海に近づくにつれて道路の陥没は酷くなり、僕たちはバイクで走れなくなった。所謂、液状化現象だ。
ハーバーランド方面へ向かおうとしたが、バイクで走れそうになかったから諦めた。この様子だと、旧居留地エリアにも液状化が広がっていそうだ。
僕と山田は事前に割り当てられた地域を一通り回った後、学生寮に戻った。
***
僕と山田が学生寮に戻ったら、Aグループの何人かは戻ってきていた。シゲが取りまとめ役をしていたので、僕たちはシゲにエリアごとの被害状況、どの道が通れるかを報告した。
シゲは地図に僕たちが伝えた内容を書き込んでいた。被害の大きいエリアはある程度分かりそうだが、どういう法則性なのかはさっぱり分からなかった。
僕は大学院で地盤や地質の研究をしていたから、この周辺の地盤や地質についてはある程度理解していた。弱そうな地盤、地滑りの起きそうな場所は分かっていたつもりだ。が、実際の被害は僕の予想とは違っていた。
僕が「被害が大きいのは断層のところかな?」とシゲに聞いたら、「そう簡単でもなさそうやな」と言っていた。シゲも僕と同じような感想を持ったようだった。僕もシゲも専攻のはずなのに……分からなかった。僕の知識は何の役にも立たない。
***
少し落ち着いたら、僕は急に亜紀のことが心配になった。
僕が勝手に行動するとみんなに迷惑が掛かるかもしれないから、シゲに一言断ってから亜紀の実家に行ってみることにした。
そうしたら、シゲに山田と一緒に行くことを勧められた。山田は「心配でしょうから、全然いいですよ」と言ってくれたが、個人的なことに山田を付き合わせるのは申し訳なかった。
僕と山田は亜紀の実家がある元町へ向かった。その途中、家屋やビルが倒壊しているところがいくつもあったが、なんとか亜紀の家までたどり着いた。亜紀の実家は花隈公園を少し上ったところにあった。海側に比べると被害は大きくなさそうだ。
外壁の一部が崩れて庭に屋根瓦が散らばっていたが、家は無事そうだ。僕はインターホンを鳴らそうとしたのだが、反応しなかった。
停電しているから鳴るはずがない。少し考えたら分かることだ。
僕は「すいませーーん」と何度か家の中に向けて叫んだが、何の反応もなかった。
家の周りを見回っていた山田は「誰もいなさそうですねー」と言いながら戻ってきた。
「家の中は見えた?」と僕は山田に尋ねた。
「家具が散らばってました。けど、中の人は無事だったと思います。それに……」
山田は庭を指さしながら「ガレージに車がなかったから、どこかに避難したかもしれませんよ」と言った。
亜紀の父親は貿易商をしている。海外で起こった暴動や災害を知っているだろうから、妻や娘の危険を案じた父親は早めに非難したのだろう。
亜紀も両親も無事なはず……。僕は自分を安心させるために、そう思った。
亜紀の家から南の方へ下っていくと、旧居留地にある大丸神戸店が歪な形になっていた。ビル自体は崩落していないが、フロアの一部がひしゃげたような形になっていた。この辺りは液状化の被害が酷かった箇所だ。
僕の記憶によれば、液状化被害のある地域の復旧工事において、地中の水分を冷却ガスで氷にして基礎工事を行ったと記憶している。液状化が激しくて、他の工法だと工事ができなかったからだ。
僕と山田は一通り被害状況を見た後、学生寮に戻った。
学生寮から下を見渡すと、遠くに建設中の明石海峡大橋が見えた。
「これから……どうしよう?」
僕は自分だけに聞こえるように小さく言った。
***
亜紀に最後に会ったのは、地震の日の前の土曜日か日曜日だったと思う。どっちだったかは覚えていない。
亜紀の運転する車で垂水(たるみ)の公園に行った。僕は助手席に座って彼女が車をどこかにぶつけないかを見張っていた。
亜紀は油断すると、すぐに車をぶつけるから。
神戸は瀬戸内海に面しているから、どこにでも海浜公園がある。
その当時、明石海峡大橋が建設されている途中で、僕は建設中の橋を眺めていた。
明石海峡大橋は神戸市垂水区と淡路島の淡路市をつなぐ1998年に開通した橋だ。開通した当時は世界最長の吊橋だった。
阪神・淡路大震災と言われるように、淡路島も地震被害があった。
僕の研究室は淡路島側のトンネルの調査をしていたから、明石海峡大橋は僕の研究対象だった。飽きずに橋の工事現場を見ていた僕に亜紀が言った。
「あの橋が出来た時、ホセは日本にいるんかな?」
僕は何て答えようか迷った。けど、そのまま答えることにした。
「どうかな? まだ分からん。日本にいるかもしれんし、他の国にいるかも」
「そっか……」
「亜紀は?」
「うーん。私は神戸にいると思う」
「家業を継ぐは亜紀じゃなくてもいいわけだし……自分のやりたいようにすればいいんじゃない?」
「ひょっとして、ホセが私をさらってどこかに連れて行ってくれる?」
亜紀はたまにこういう無茶ぶりをする。
「僕はルパンみたいに上手に君をさらえないけど……それもいいかもね」
「ルパンはさらってないで。心を盗んだだけ」
「そうやったっけ?」
亜紀は何も言わずに笑っていた。そんな亜紀に僕は尋ねた。
「どこか行きたいところある?」
「それって……駆け落ちの誘い?」
「そうじゃなくて、デートの場所として……」
少し考えてから亜紀は言った。
「ホセがいつも行ってるところ!」
「僕がいつも行くところ……春日野道にお好み焼きを食べにいく」
「来週、そこに行こ!」
「ええよ」
亜紀は僕に言った。
「来週、春日野道で! 約束やで!」
この辺りに断層が東西に走っているのだが、断層に沿った阪急~JR~阪神の地盤の弱い場所や、海側や埋立地の方が被害は大きかった。一方、地盤の固い山側の方が被害は少なかった。
海に近づくにつれて道路の陥没は酷くなり、僕たちはバイクで走れなくなった。所謂、液状化現象だ。
ハーバーランド方面へ向かおうとしたが、バイクで走れそうになかったから諦めた。この様子だと、旧居留地エリアにも液状化が広がっていそうだ。
僕と山田は事前に割り当てられた地域を一通り回った後、学生寮に戻った。
***
僕と山田が学生寮に戻ったら、Aグループの何人かは戻ってきていた。シゲが取りまとめ役をしていたので、僕たちはシゲにエリアごとの被害状況、どの道が通れるかを報告した。
シゲは地図に僕たちが伝えた内容を書き込んでいた。被害の大きいエリアはある程度分かりそうだが、どういう法則性なのかはさっぱり分からなかった。
僕は大学院で地盤や地質の研究をしていたから、この周辺の地盤や地質についてはある程度理解していた。弱そうな地盤、地滑りの起きそうな場所は分かっていたつもりだ。が、実際の被害は僕の予想とは違っていた。
僕が「被害が大きいのは断層のところかな?」とシゲに聞いたら、「そう簡単でもなさそうやな」と言っていた。シゲも僕と同じような感想を持ったようだった。僕もシゲも専攻のはずなのに……分からなかった。僕の知識は何の役にも立たない。
***
少し落ち着いたら、僕は急に亜紀のことが心配になった。
僕が勝手に行動するとみんなに迷惑が掛かるかもしれないから、シゲに一言断ってから亜紀の実家に行ってみることにした。
そうしたら、シゲに山田と一緒に行くことを勧められた。山田は「心配でしょうから、全然いいですよ」と言ってくれたが、個人的なことに山田を付き合わせるのは申し訳なかった。
僕と山田は亜紀の実家がある元町へ向かった。その途中、家屋やビルが倒壊しているところがいくつもあったが、なんとか亜紀の家までたどり着いた。亜紀の実家は花隈公園を少し上ったところにあった。海側に比べると被害は大きくなさそうだ。
外壁の一部が崩れて庭に屋根瓦が散らばっていたが、家は無事そうだ。僕はインターホンを鳴らそうとしたのだが、反応しなかった。
停電しているから鳴るはずがない。少し考えたら分かることだ。
僕は「すいませーーん」と何度か家の中に向けて叫んだが、何の反応もなかった。
家の周りを見回っていた山田は「誰もいなさそうですねー」と言いながら戻ってきた。
「家の中は見えた?」と僕は山田に尋ねた。
「家具が散らばってました。けど、中の人は無事だったと思います。それに……」
山田は庭を指さしながら「ガレージに車がなかったから、どこかに避難したかもしれませんよ」と言った。
亜紀の父親は貿易商をしている。海外で起こった暴動や災害を知っているだろうから、妻や娘の危険を案じた父親は早めに非難したのだろう。
亜紀も両親も無事なはず……。僕は自分を安心させるために、そう思った。
亜紀の家から南の方へ下っていくと、旧居留地にある大丸神戸店が歪な形になっていた。ビル自体は崩落していないが、フロアの一部がひしゃげたような形になっていた。この辺りは液状化の被害が酷かった箇所だ。
僕の記憶によれば、液状化被害のある地域の復旧工事において、地中の水分を冷却ガスで氷にして基礎工事を行ったと記憶している。液状化が激しくて、他の工法だと工事ができなかったからだ。
僕と山田は一通り被害状況を見た後、学生寮に戻った。
学生寮から下を見渡すと、遠くに建設中の明石海峡大橋が見えた。
「これから……どうしよう?」
僕は自分だけに聞こえるように小さく言った。
***
亜紀に最後に会ったのは、地震の日の前の土曜日か日曜日だったと思う。どっちだったかは覚えていない。
亜紀の運転する車で垂水(たるみ)の公園に行った。僕は助手席に座って彼女が車をどこかにぶつけないかを見張っていた。
亜紀は油断すると、すぐに車をぶつけるから。
神戸は瀬戸内海に面しているから、どこにでも海浜公園がある。
その当時、明石海峡大橋が建設されている途中で、僕は建設中の橋を眺めていた。
明石海峡大橋は神戸市垂水区と淡路島の淡路市をつなぐ1998年に開通した橋だ。開通した当時は世界最長の吊橋だった。
阪神・淡路大震災と言われるように、淡路島も地震被害があった。
僕の研究室は淡路島側のトンネルの調査をしていたから、明石海峡大橋は僕の研究対象だった。飽きずに橋の工事現場を見ていた僕に亜紀が言った。
「あの橋が出来た時、ホセは日本にいるんかな?」
僕は何て答えようか迷った。けど、そのまま答えることにした。
「どうかな? まだ分からん。日本にいるかもしれんし、他の国にいるかも」
「そっか……」
「亜紀は?」
「うーん。私は神戸にいると思う」
「家業を継ぐは亜紀じゃなくてもいいわけだし……自分のやりたいようにすればいいんじゃない?」
「ひょっとして、ホセが私をさらってどこかに連れて行ってくれる?」
亜紀はたまにこういう無茶ぶりをする。
「僕はルパンみたいに上手に君をさらえないけど……それもいいかもね」
「ルパンはさらってないで。心を盗んだだけ」
「そうやったっけ?」
亜紀は何も言わずに笑っていた。そんな亜紀に僕は尋ねた。
「どこか行きたいところある?」
「それって……駆け落ちの誘い?」
「そうじゃなくて、デートの場所として……」
少し考えてから亜紀は言った。
「ホセがいつも行ってるところ!」
「僕がいつも行くところ……春日野道にお好み焼きを食べにいく」
「来週、そこに行こ!」
「ええよ」
亜紀は僕に言った。
「来週、春日野道で! 約束やで!」
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
世界の端に舞う雪
秋初夏生(あきは なつき)
現代文学
雪が降る夜、駅のホームで僕は彼女に出会った
まるで雪の精のように、ふわりと現れ、消えていった少女──
静かな夜の駅で、心をふっと温める、少し不思議で儚い物語

その男、人の人生を狂わせるので注意が必要
いちごみるく
現代文学
「あいつに関わると、人生が狂わされる」
「密室で二人きりになるのが禁止になった」
「関わった人みんな好きになる…」
こんな伝説を残した男が、ある中学にいた。
見知らぬ小グレ集団、警察官、幼馴染の年上、担任教師、部活の後輩に顧問まで……
関わる人すべてを夢中にさせ、頭の中を自分のことで支配させてしまう。
無意識に人を惹き込むその少年を、人は魔性の男と呼ぶ。
そんな彼に関わった人たちがどのように人生を壊していくのか……
地位や年齢、性別は関係ない。
抱える悩みや劣等感を少し刺激されるだけで、人の人生は呆気なく崩れていく。
色んな人物が、ある一人の男によって人生をジワジワと壊していく様子をリアルに描いた物語。
嫉妬、自己顕示欲、愛情不足、孤立、虚言……
現代に溢れる人間の醜い部分を自覚する者と自覚せずに目を背ける者…。
彼らの運命は、主人公・醍醐隼に翻弄される中で確実に分かれていく。
※なお、筆者の拙作『あんなに堅物だった俺を、解してくれたお前の腕が』に出てくる人物たちがこの作品でもメインになります。ご興味があれば、そちらも是非!
※長い作品ですが、1話が300〜1500字程度です。少しずつ読んで頂くことも可能です!

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる