春日野道で会いましょう

kkkkk

文字の大きさ
上 下
7 / 10

僕と銭湯とヤクザのおっちゃん

しおりを挟む
 災害時に僕が心配したのは治安の悪化だ。

 日本は治安のよい国だと言われている。僕の国(ブラジル)と比べたら治安は良すぎる。日常的に強盗はないし、殺人事件もない。酔っぱらって外で寝ていても危険はない。泥酔するまでアルコールを飲むなんて、最初は信じられなかった。さらには、財布を落としてもお金が取られずにそのまま返ってくるらしい。

 喫茶店の席に鞄を置いたままトイレに行く人を見かけるが、もう少し、危機意識を持った方がいいような気もするのだが……

 ブラジルで地震が起きたら、誰もがスーパーマーケットに押入って食料や飲料を強奪する。貴金属店も強盗被害に遭うだろう。
 災害時において、他人のモラルに期待してはいけない。誰もが生きるために必死だから。

 僕が感心したのは、災害時でも日本人がそういう行動に出ないことだった。
 僕が知る限りそういう光景(強奪・強盗)はなかったけど(全くないわけではなかった)、いくら治安のよい日本でも気を付けないといけない。
 学生寮にバリケードを設置した方がいいかもしれないし、武器を用意しておいた方がいいかもしれない。僕はそう思ったから、シゲに提案した。

「シゲ、治安が悪化した時のために、武器を携帯したり、学生寮に見張りを設置した方がよくないかな?」
「そやなー、交代で見張でもしよか。あと武器っていっても、金属バットとかそんなんしかないで。それでいいん?」
「ここは日本やから、それくらいで十分かな。僕の国だったら拳銃無いとヤバいけど……」
「まぁ、そこまで心配せんでもいいと思うで。ここは〇〇組のお膝元や。そんなに犯罪は起きひんのちゃうか?」

 〇〇組は日本最大の指定暴力団だ。この学生寮を南に下った辺りに本部がある。僕は銭湯で何度か会ったおっちゃんのことを思い出した。おっちゃんは元気だろうか?


***


 あれは、シゲに誘われて銭湯に行ったときのことだ。学生寮に風呂はあるのだが「銭湯は日本の文化やから経験しといた方がええ」とシゲに言われたからついていった。

 ブラジルにも温泉はある。が、温泉に入る時には水着を着用する。ブラジルの温泉は、日本の温水プールに近い施設だと思ってもらえればいいと思う。日本では、温泉や銭湯は裸で入る。僕は日本風の「裸の付き合い」をこの時初めて経験した。
 少し恥ずかしかったけど、「郷に入っては郷に従え」だ。

 その銭湯へは僕、シゲ、遠藤と村田の4人で行った。
 中に入ると僕たちの他にもお客さんはいて、洗い場にひと際目立つ中年男性が体を洗っていた。
 なぜ目立つかというと、中年男性の腕・肩・背中にかけてタトゥー(刺青)が入っていたからだ。僕の国にはないタイプのタトゥー。和柄だし、タトゥーを入れている箇所が違う。
 さすがの僕も、おっちゃんがジャパニーズ・マフィアだということは分かった。

 僕がジロジロと見ていたからだろう、そのおっちゃんは僕に話しかけてきた。

「兄ちゃんの紋々(もんもん)は小さいのー」

――もんもん?

 おっちゃんは難解な日本語を使った。

 僕が知っている日本語は「悶々とする」の「もんもん」だ。悩みがあるとき、欲求不満のときに使う言葉だから……下半身の一物のことだと僕は推測した。

 僕のホセ・ジュニアは、それなりのはず。
 いやいや……日本人のおっちゃんに小さいと言われるサイズではない。
 日本人のよりも長いはずだし、日本人のよりも太いはずだ。

 僕は下半身を指さしながら、おっちゃんに「小さい?」と尋ねた。
 僕の様子を見ていたおっちゃんは笑って「兄ちゃん、おもろいなー」と言った。

「紋々はチ〇ポとちゃう。肩のそれや」

 そういうと、僕の肩にあるタトゥーを指した。
 ああ、僕のタトゥーのことを言っているのか。少し安心した。
 ホセ・ジュニアのサイズを侮辱されたわけではないようだ。

※紋々(もんもん)とは倶利迦羅紋紋(くりからもんもん)のことです。本来は倶利迦羅竜王の入れ墨を指しますが、単に入れ墨としても使われます。

 たしかに、おっちゃんのタトゥーは僕の数十倍大きかった。

「僕は外国人なので、日本語がよく分からなくて……」
「ほー、ガイジンさんかー。どおりで、おしゃれな模様やなー」

 おっちゃんは僕のタトゥーを褒めてくれた。

「おっちゃんのこそ、大きいですね」
「あー、これは昔入れたやつや。痛かったでー」
「そのサイズだと痛そうですね。麻酔は使ったんでしょ?」
「そんなん、使うかいなー。バカにされるわ!」
「うわー、痛そう……」

 僕にはなぜ麻酔を使わないのか理解できなかったが、それが、おっちゃんのポリシーなのだろう。

「兄ちゃんは、何しに日本に来たんや? 仕事か?」
「学生です。近くの大学に通ってます」
「近くって〇〇大か?」
「そうです」
「はー、兄ちゃん偉いんやなー」
「そんなことないですよ」
「おっちゃんも、勉強しとけば良かったわー。アホはこの業界でも出世せんしなー」
「へー」
「兄ちゃんは、おっちゃんみたいにならんように、よー勉強しいや!」
「はぁ」
「それとな、悪いことはしたらあかんで」

 そういうと、おじさんは湯船に浸かりに行って、湯船にちょっと浸かったら出ていった。
 僕に「悪いことしたらあかんでー!」と言いながら。

 僕は銭湯の解放感が好きになったから、その後も何度か銭湯に行った。
 たまに銭湯でおっちゃんに会ったが、毎回「勉強しいやー」と「悪いことしたらあかんでー」と言われた。
 僕が「おっちゃんもなー」と言ったら、おっちゃんは笑っていた。


 おっちゃん元気かな? 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

世界の端に舞う雪

秋初夏生(あきは なつき)
現代文学
雪が降る夜、駅のホームで僕は彼女に出会った まるで雪の精のように、ふわりと現れ、消えていった少女── 静かな夜の駅で、心をふっと温める、少し不思議で儚い物語

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

その男、人の人生を狂わせるので注意が必要

いちごみるく
現代文学
「あいつに関わると、人生が狂わされる」 「密室で二人きりになるのが禁止になった」 「関わった人みんな好きになる…」 こんな伝説を残した男が、ある中学にいた。 見知らぬ小グレ集団、警察官、幼馴染の年上、担任教師、部活の後輩に顧問まで…… 関わる人すべてを夢中にさせ、頭の中を自分のことで支配させてしまう。 無意識に人を惹き込むその少年を、人は魔性の男と呼ぶ。 そんな彼に関わった人たちがどのように人生を壊していくのか…… 地位や年齢、性別は関係ない。 抱える悩みや劣等感を少し刺激されるだけで、人の人生は呆気なく崩れていく。 色んな人物が、ある一人の男によって人生をジワジワと壊していく様子をリアルに描いた物語。 嫉妬、自己顕示欲、愛情不足、孤立、虚言…… 現代に溢れる人間の醜い部分を自覚する者と自覚せずに目を背ける者…。 彼らの運命は、主人公・醍醐隼に翻弄される中で確実に分かれていく。 ※なお、筆者の拙作『あんなに堅物だった俺を、解してくれたお前の腕が』に出てくる人物たちがこの作品でもメインになります。ご興味があれば、そちらも是非! ※長い作品ですが、1話が300〜1500字程度です。少しずつ読んで頂くことも可能です!

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

処理中です...