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僕とモダン焼き
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神戸というと、みなさんはどのような食べ物を思い浮かべるだろうか。
神戸周辺まで範囲を広げると、神戸牛、鯛(明石)、アナゴ(高砂)、明石焼き、そばめし、いかなごのくぎ煮、丹波の黒豆などいろいろ名物がある。
ちなみに、日本三大和牛といわれる神戸牛は、飼育環境、血統、肉質などの基準を満たした但馬(たじま)牛に与えられる称号のようなものだ。神戸牛は松阪牛、近江牛よりも審査基準が厳しいとされている。
同じ但馬牛のブランドで三田(さんだ)牛というのもある。僕は神戸牛と三田牛の違いを詳しく知らないのだが、姉妹ブランドのようなものだと理解している。
さて、僕は貧乏学生だった。貧乏学生にはお金がない。
だから、僕は神戸に住んでいたけど神戸牛を食べたことがなかった。初めて神戸牛を食べたのは出張で東京に行ったときだ。
学生寮に住んでいると、1カ月ミートスパゲティで暮らす学生、夏は素麺だけ食べている学生などがいる。野菜は食べないから栄養バランスは最悪だ。
僕の食生活はこれらに比べれば少しマシだった。昼は大学の学食で300~400円払えばお腹いっぱい食べれたし、何よりも英会話教室のアルバイトでそれなりに収入があったから、贅沢しなければ食事には困らない。お金の掛かる趣味もなかった。
ちなみに、1カ月ミートスパゲティを食べている学生がアルバイトもせずに金欠状態なのかというと、そういう訳ではない。アルバイトで稼いだ金を、ほぼ全て趣味に使っているのだ。
シゲたちが典型例だった。趣味のバイクに惜しみなく金を使うと、食費が削られていく。学生寮では食生活を犠牲にして、趣味に金を使う学生が多かった。
僕は無趣味だったから他の寮生よりも金銭的な余裕はあった。学生寮の中では、中の上の貧乏学生だったと思う。
それでも毎日外食できるだけの余裕はない。だから、僕は週に1~2回買い出しに行った。
主に買い出しに行ったのは3カ所。王子公園にある水道筋商店街、春日野道にある春日野道商店街、あと三宮と春日野道の間にある大安亭市場だ。大安亭市場が一番安かった。
バイト代が入った時に100グラムが20~30円の鶏肉を数キロ購入し、大量に作った唐揚げを寮生に振舞ったのを覚えている。もちろん、野菜は高いから無い。栄養バランスよりもタンパク質を優先する、男っぽい料理をいつも作っていた。男子学生の食事はこんなものだと思う。
***
三宮駅から2駅の阪急王子公園駅の近くにはジャイアントパンダとコアラで有名な王子動物園がある。僕は至近距離に住んでいたけど、王子動物園には行ったことがない。上野動物園よりも飼育頭数が多いらしいから、一度くらいジャイアントパンダを見に行けばよかった、と今になって思う。
王子公園の隣の春日野道駅は、三宮駅から1駅というロケーションにありながら庶民的な街だった。
神戸の中心地である三宮から、西に1駅の元町、東に1駅の春日野道。西の元町は神戸の中で最も高級なエリアだ。僕が付き合っていた亜紀の実家があった。
東の春日野道は庶民の街。同じ1駅なのにまるで雰囲気が違った。三宮駅から2駅の王子公園、3駅の六甲の方が高級感はある。春日野道は神戸の中心地と高級住宅街に挟まれたスラムのような場所だった。
阪急と阪神の春日野道駅をつなぐように、春日野道商店街が南北に走っている。
春日野道と三宮の中間地点にあったのが大安亭市場だ。戦後の韓国系の闇市から生まれた商店街と聞いたことがあるが、違和感はない。まさにそんな感じの商店街だった。
大安亭市場のアーケードに入ると食品を販売している店が並んでいた。特に、韓国系の食品店舗が多かったような気がする。何なのか分からない魚介類が店頭に並んでいて、僕はどうやって食べるのか想像できなかった。
そもそも、僕の国(ブラジル)では魚はフライにするのが一般的だ。生魚を食べる習慣はない。刺身や寿司を食べるのは僕の食文化にはなかった。僕は日本に来て初めて生魚を食べた時は手が震えた。生魚のプニプニした感触が最初は気持ち悪かったのを覚えている。
だけど、慣れると生魚はいいものだ。ヘルシーだし繊細な味がする。食べず嫌いは良くないな、と僕は思ったものだ。
***
僕はシゲとよくお好み焼きを食べに行った。シゲは春日野道のお好み焼き屋『ひかりや』が好きだったから、一緒に行くのは大体そこだった。僕はいつも豚モダンを注文していた。
僕が初めてお好み焼き屋に行ったとき、シゲに尋ねたことがある。
「なぁ、お好み焼き定食って、なに?」
「あーそれな。ご飯とみそ汁がセットで出てくんねん。アジフライ定食みたいな感じやな」
「アジフライとお好み焼きは一緒なん?」
「そうやで。お好み焼きは「おかず」や。だから、ご飯と一緒に食べる」
「へー」
それから、お腹が空いているときはライスも注文した。おかずのお好み焼きを一口食べて、ライスをかきこむ。
ちなみに、東京のお好み焼き屋でライスを注文しようとしたら、一緒に行った知人に「炭水化物で炭水化物を食べるの?」と屈辱的な質問をされたことを覚えている。
親切な僕は「お好み焼きは「おかず」やから、ご飯と一緒に食べるんやで」と教えてあげたら、知人は「じゃあ、ピザはご飯と一緒に食べる派?」と質問してきた。何も分かっていない……
シゲにはウソもたくさん教えられた。僕がモダン焼きについて尋ねた時のことだ。
「モダン焼きって何?」
「焼きそば入りのお好み焼きやな。昔の人が、焼きそば入れたら、ハイカラな感じがしたんやろな。だから「モダン」って付けたんや」
「へー」
「ちなみに、モダン焼きは別名、広島風お好み焼きとも言う!」
「じゃあ、関西はお好み焼きがスタンダードで、焼きそばを足したのがモダン焼き。広島はスタンダードのお好み焼きに焼きそばが入ってるん?」
「そうやで。モダン焼きと広島風お好み焼きは同じ食べ物なんやけど、呼び方が違うねん。ハマチとブリみたいな感じやな」
「へー」
ウソである。
僕が東京で広島風お好み焼きを注文したら、別物が出てきた。
広島焼きとモダン焼きの中に入っている具材はほぼ同じなのだろう。だが、作り方が違うから見た目が違う。
その時に僕が「広島焼きとモダン焼きは同じ」と言っていたら、「コイツ分かってないなー」と言われたことだろう。
ちなみに、神戸のお好み焼き屋には『どろソース』というピリ辛のソースがある。
他のソースと並んで置いてあったから、シゲに聞いた。
「これ何?」
「どろソース。どろソースで食べることができたら、一人前の男と認められるねん!」
「大人として認められるための儀式的な?」
「そうや! 言ってみれば、神戸で童貞を卒業するために必要な儀式やな」
「へー」
どこかの部族のような話であるが、これもウソである。
僕の食生活はそんな感じだった。
神戸周辺まで範囲を広げると、神戸牛、鯛(明石)、アナゴ(高砂)、明石焼き、そばめし、いかなごのくぎ煮、丹波の黒豆などいろいろ名物がある。
ちなみに、日本三大和牛といわれる神戸牛は、飼育環境、血統、肉質などの基準を満たした但馬(たじま)牛に与えられる称号のようなものだ。神戸牛は松阪牛、近江牛よりも審査基準が厳しいとされている。
同じ但馬牛のブランドで三田(さんだ)牛というのもある。僕は神戸牛と三田牛の違いを詳しく知らないのだが、姉妹ブランドのようなものだと理解している。
さて、僕は貧乏学生だった。貧乏学生にはお金がない。
だから、僕は神戸に住んでいたけど神戸牛を食べたことがなかった。初めて神戸牛を食べたのは出張で東京に行ったときだ。
学生寮に住んでいると、1カ月ミートスパゲティで暮らす学生、夏は素麺だけ食べている学生などがいる。野菜は食べないから栄養バランスは最悪だ。
僕の食生活はこれらに比べれば少しマシだった。昼は大学の学食で300~400円払えばお腹いっぱい食べれたし、何よりも英会話教室のアルバイトでそれなりに収入があったから、贅沢しなければ食事には困らない。お金の掛かる趣味もなかった。
ちなみに、1カ月ミートスパゲティを食べている学生がアルバイトもせずに金欠状態なのかというと、そういう訳ではない。アルバイトで稼いだ金を、ほぼ全て趣味に使っているのだ。
シゲたちが典型例だった。趣味のバイクに惜しみなく金を使うと、食費が削られていく。学生寮では食生活を犠牲にして、趣味に金を使う学生が多かった。
僕は無趣味だったから他の寮生よりも金銭的な余裕はあった。学生寮の中では、中の上の貧乏学生だったと思う。
それでも毎日外食できるだけの余裕はない。だから、僕は週に1~2回買い出しに行った。
主に買い出しに行ったのは3カ所。王子公園にある水道筋商店街、春日野道にある春日野道商店街、あと三宮と春日野道の間にある大安亭市場だ。大安亭市場が一番安かった。
バイト代が入った時に100グラムが20~30円の鶏肉を数キロ購入し、大量に作った唐揚げを寮生に振舞ったのを覚えている。もちろん、野菜は高いから無い。栄養バランスよりもタンパク質を優先する、男っぽい料理をいつも作っていた。男子学生の食事はこんなものだと思う。
***
三宮駅から2駅の阪急王子公園駅の近くにはジャイアントパンダとコアラで有名な王子動物園がある。僕は至近距離に住んでいたけど、王子動物園には行ったことがない。上野動物園よりも飼育頭数が多いらしいから、一度くらいジャイアントパンダを見に行けばよかった、と今になって思う。
王子公園の隣の春日野道駅は、三宮駅から1駅というロケーションにありながら庶民的な街だった。
神戸の中心地である三宮から、西に1駅の元町、東に1駅の春日野道。西の元町は神戸の中で最も高級なエリアだ。僕が付き合っていた亜紀の実家があった。
東の春日野道は庶民の街。同じ1駅なのにまるで雰囲気が違った。三宮駅から2駅の王子公園、3駅の六甲の方が高級感はある。春日野道は神戸の中心地と高級住宅街に挟まれたスラムのような場所だった。
阪急と阪神の春日野道駅をつなぐように、春日野道商店街が南北に走っている。
春日野道と三宮の中間地点にあったのが大安亭市場だ。戦後の韓国系の闇市から生まれた商店街と聞いたことがあるが、違和感はない。まさにそんな感じの商店街だった。
大安亭市場のアーケードに入ると食品を販売している店が並んでいた。特に、韓国系の食品店舗が多かったような気がする。何なのか分からない魚介類が店頭に並んでいて、僕はどうやって食べるのか想像できなかった。
そもそも、僕の国(ブラジル)では魚はフライにするのが一般的だ。生魚を食べる習慣はない。刺身や寿司を食べるのは僕の食文化にはなかった。僕は日本に来て初めて生魚を食べた時は手が震えた。生魚のプニプニした感触が最初は気持ち悪かったのを覚えている。
だけど、慣れると生魚はいいものだ。ヘルシーだし繊細な味がする。食べず嫌いは良くないな、と僕は思ったものだ。
***
僕はシゲとよくお好み焼きを食べに行った。シゲは春日野道のお好み焼き屋『ひかりや』が好きだったから、一緒に行くのは大体そこだった。僕はいつも豚モダンを注文していた。
僕が初めてお好み焼き屋に行ったとき、シゲに尋ねたことがある。
「なぁ、お好み焼き定食って、なに?」
「あーそれな。ご飯とみそ汁がセットで出てくんねん。アジフライ定食みたいな感じやな」
「アジフライとお好み焼きは一緒なん?」
「そうやで。お好み焼きは「おかず」や。だから、ご飯と一緒に食べる」
「へー」
それから、お腹が空いているときはライスも注文した。おかずのお好み焼きを一口食べて、ライスをかきこむ。
ちなみに、東京のお好み焼き屋でライスを注文しようとしたら、一緒に行った知人に「炭水化物で炭水化物を食べるの?」と屈辱的な質問をされたことを覚えている。
親切な僕は「お好み焼きは「おかず」やから、ご飯と一緒に食べるんやで」と教えてあげたら、知人は「じゃあ、ピザはご飯と一緒に食べる派?」と質問してきた。何も分かっていない……
シゲにはウソもたくさん教えられた。僕がモダン焼きについて尋ねた時のことだ。
「モダン焼きって何?」
「焼きそば入りのお好み焼きやな。昔の人が、焼きそば入れたら、ハイカラな感じがしたんやろな。だから「モダン」って付けたんや」
「へー」
「ちなみに、モダン焼きは別名、広島風お好み焼きとも言う!」
「じゃあ、関西はお好み焼きがスタンダードで、焼きそばを足したのがモダン焼き。広島はスタンダードのお好み焼きに焼きそばが入ってるん?」
「そうやで。モダン焼きと広島風お好み焼きは同じ食べ物なんやけど、呼び方が違うねん。ハマチとブリみたいな感じやな」
「へー」
ウソである。
僕が東京で広島風お好み焼きを注文したら、別物が出てきた。
広島焼きとモダン焼きの中に入っている具材はほぼ同じなのだろう。だが、作り方が違うから見た目が違う。
その時に僕が「広島焼きとモダン焼きは同じ」と言っていたら、「コイツ分かってないなー」と言われたことだろう。
ちなみに、神戸のお好み焼き屋には『どろソース』というピリ辛のソースがある。
他のソースと並んで置いてあったから、シゲに聞いた。
「これ何?」
「どろソース。どろソースで食べることができたら、一人前の男と認められるねん!」
「大人として認められるための儀式的な?」
「そうや! 言ってみれば、神戸で童貞を卒業するために必要な儀式やな」
「へー」
どこかの部族のような話であるが、これもウソである。
僕の食生活はそんな感じだった。
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