だから公爵令嬢はニセ婚することにした

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子猫を助けて記憶喪失

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 学園祭の次の日、私がイザベル王立学園に向かっていたら、道の真ん中に子猫が立ち止まっていた。子猫は行きかう人や馬車にびっくりして動けずにいる。この道は交通量が多いから、早く助けないと子猫が馬車にかれてしまう。

 私は子猫を助けるためにタイミングを見計らって子猫が止まっている場所まで進んだ。
 子猫を拾い上げて道の端まで避難しようとしたら、

「危なーーーい!」

 どこからか声が聞こえた。
 声の方向を振り返ったら、目の前に馬車が見えた。

――ダメだ。避けられない……

 私は意識を失った。

***

 目を覚ました私は病院のベッドの上にいた。頭に包帯を巻かれているから、馬車と接触したのだろう。子猫を助けるためとはいえ、バカなことをしたものだ。

 私が医師から説明を聞いていたら、同級生が病室に入ってきた。ソフィアだ。

「アンナ、大丈夫だった?」
「ええ、大丈夫よ」

 続いて幼馴染のカルロが「子猫を助けようとしたんだって?」と入ってきた。

「そうなのよ。子猫が馬車に轢かれたら危ないと思ったから。そしたら、まさか自分が轢かれるなんて……」

 と私がカルロに言ったら、「お前、そういうとこ抜けてるよなー」と誰かが入ってきた。

 ソフィアやカルロと一緒に入ってきたのだから、イザベル王立学園の同級生なのだろう。
 でも、見覚えのない顔だ。誰か分からない……
 誰だろう?

「えぇっと、あなた誰?」
 私はその青年に尋ねた。

「誰って、どういうこと?」
 私の質問に対して、その青年は質問で返す。

「だから、あなたが誰か分からないんだけど……私の同級生かな?」

 ソフィアとカルロは驚いている。

「ひょっとして……事故で記憶がなくなった?」とカルロは私に尋ねた。

「ソフィアとカルロは分かる。でも、そっちの人が分からない……」

 そんな私を見かねたのか、ソフィアが「アンナの婚約者よ」と言った。

「婚約者?」
「ええ、そうよ。じゃあ、本人から自己紹介を」

 ソフィアはそういうと青年に自己紹介を促した。

「えっ? 俺が自己紹介するの?」

 ソフィアとカルロは頷いている。

「じゃあ、俺はウィリアム・ジェームス・クラーク。クラーク王国の第3王子だ。そして、君の婚約者だ」
「えぇっ? 私、王子と婚約したの?」
「そうだな」
「偽王子じゃなくて?」
「いちおう本物の王子だ。偽物ではない」
「いつ? どこで知り合ったのですか?」

 ウィリアムは私との出会いを話してくれた。

「先月、俺とお前はお見合いした。そこで婚約することになった」
「えぇっ? 連敗記録を更新していたのに……」
「ああ、そうだな。俺とお見合いした時は10連敗中だった」
「10連敗……」

「その後、正式に婚約することになって、クラーク王国で婚約披露パーティが開かれた」
「へー。出席者はどういった人ですか?」
「かなり多かった。クラーク王国とイザベル王国の王族、貴族だな。かなりの数が出席したから両国の上層部は大体俺たちの婚約のことを知っている」
「はぁ、実感ないけど大事おおごとになっているわけですね」
「そうだな。それで、俺とお前の父上の策略で、俺はイザベル王立学園に転校してきた」
「それは、また、災難なことで……」
「だから俺は、お前の婚約者で、同級生で、同居人でもある」
「うちに? 住んでいるのですか?」
「ああ、お前の父上にイザベル王国の滞在中はマルカン公爵家に住むように言われて……」
「はぁ」

 何も思い出せない。私は念のためにソフィアに「本当なの?」と聞いたのだが頷いている。
 ウィリアムの言ったことに間違いはないようだ。

 私のケガは大したことなかったのだが、念のために次の日まで入院することになった。
 ウィリアム、ソフィアとカルロは私としばらく雑談してから帰っていった。

***

 夜、私が病室に一人でいたらウィリアムが入ってきた。

「急にどうしたのですか?」と私が尋ねたら、ウィリアムは「これ好きだろ?」とオリボーレンを差し出した。

「あっ、オリボーレン。懐かしい! これをどこで?」
「やっぱり覚えてないんだな。この前行ったケーキ屋で一緒に食べたんだけど」
「ごめんなさい。覚えていなくて……」
「まあ、記憶はすぐに戻るはずだから、気にしなくていい」
「ありがとうございます」

「なあ、その言葉遣い……」
「私の言葉遣いが何か? 変ですか?」
「いや、変じゃないけど……いつもと違う……かな」
「あらっ。いつもは私、どんなふうに王子と話しているのですか?」
「うーん、説明が難しいな」
「聞きたいです!」
「まず、タメ口だ。俺のことを『王子』なんて言わない」
「王子のことを私は何と呼んでいたのですか?」
「『あんた』とかが多いかな」
「なんて失礼な!」
「慣れてるから気にしなくていい。それに、俺が気に食わないことを言ったら『ぶっ殺す!』と言われたな」

 私は普段の言動をウィリアムに聞かされ、軽くショックを受けている。

――公爵令嬢にあるまじき言動……

「私、そんな失礼なことを言っているのですか?」
「まぁな。でも別に気にしてない。俺も同じくらい失礼だからな」
「はあ、なんて広い心をお持ちなのでしょう。ウィリアム王子は聖人君子のようです」
「そんなんじゃねーよ」

 ウィリアムはそう言ったものの、まんざらでもなさそうだ。

「まあ、なんだ。俺は差入を持ってきただけだから、そろそろ帰る。今日はゆっくり休んで。明日もお見舞いにくるよ。じゃあな!」
 照れくさそうにしながらウィリアムは病室から出ていった。

――私はウィリアム王子とどんな関係だったのかな?

 私はウィリアムのことを何も覚えていない。でも、ウィリアムの話を聞く限りでは、仲は悪くなかったのだろう。
 それに、ウィリアムは私のことを心配して、オリボーレンを持ってきてくれた。

――私はウィリアム王子に愛されていたのかな?

 私は明日もウィリアムがお見舞いに来てくれることを楽しみにしている。
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