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第5回活動報告:仮想通貨の詐欺集団を捕まえろ
家族会議(その1)
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(4) 家族会議
総務省に戻った俺は、その足で国王が招集した定例会議に参加した。ジャービス王国は王族が政治の中心にいて、重要な方針を定期的に話し合っている。
この定例会議は、参加者が国王と王子4人だけなので、役所で働く公務員からは『家族会議』と呼ばれている。
ジャービス王国では、家族会議で決まったことが、そのまま政策や法律として反映されるわけではない。
ジャービス王国において、政策や法案を審議するのは議会だからだ。
大雑把に言うと、家族会議で決まった事項のうち、議会で承認されるのは約50%だろう。
半分は議会に否決される。
思い付きで起案したものや、国民受けが良くないもの、意味がなさそうな案は、ほぼ全て議会に否決されるのだ。良く言えば、国家としてのガバナンスが効いている。
家族会議が終わりに近づいたころ、国王が俺に質問してきた。
「内部調査部では、最近どういう案件を調査しているのだ?」
「今はジャービット・コインの件を調査しています。内部告発ホットラインに届いた案件です。ちなみに、ジャービット・コインは仮想通貨や暗号資産と呼ばれるものです。過去のパフォーマンスが他の暗号資産と比べて良過ぎるので、何か裏があるのではないかと情報提供があり、調査を開始しました。」と俺は答えた。
「仮想通貨か。確か、数年前に国内での取引を禁止するかどうかを議論した記憶がある。一時期よりも取引量は少なくなったと聞いているけど、どうなの?」と国王が俺に聞いてきた。
「昔のように、買えば必ず儲かるということもないので、取引は正常化していると思います。」と俺は答えた。
「そうか。そういえば、暗号資産交換業者の大手、XFTの買収を同業者が検討しているというニュースを見たよ。今後、同業を買収するM&Aが活発化するのかな?ダニエルはどう思う?」と国王が言った。
「規模を追求するのは理にかなっています。暗号資産交換業者は、システムの運用コストや広告費が大きいので、規模が大きくないと利益が出にくいですから。ただ、暗号資産交換業者は財務内容を誤魔化しやすいので、デューデリジェンス(資産査定)を慎重にする必要があると思います。」
「そういうものか。まあ、頑張ってくれ。」と国王は言った。
今日の定例会議の議題は一通り議論したので、会議はこれで終わりだと思っていたら、第2王子のチャールズが発言した。
「ダニエル。暗号資産交換業者で、どこか安く買えそうな会社ないかな?」
俺は嫌な予感がした。こういう時、チャールズは仕事を俺に押し付けようとしている。
まず、チャールズの真意を確かめた方がいいだろう。
「兄さん、どういうことですか?」
「ジャービス王国は、国の財源を補うために国債を発行しているよね。例えば、10年国債を発行すると年率3%の金利を払わないといけない。」とチャールズは言った。
「当たり前じゃないですか。国債は国の借金ですから、国債保有者に利息を払わないといけません。」
「でもさ、ジャービス王国が仮想通貨を発行したら、利息を払わなくていいよね。例えば、ジャービス王国が100%株主の会社が暗号資産を発行する。その暗号資産は市場で取引されて、価格は変動するけど、国の借金じゃないから、償還する必要がない。ジャービス王国は利息を払う必要ない。暗号資産交換業者を買収できれば、ジャービス王国の暗号資産を流通させることができるから、国債を発行しなくてよくなる。」
チャールズの考えそうなことだ。国債利息の支払いをケチろうとしている。いつも通り、セコいやつだ。
チャールズの言う通りにしていると、俺の仕事が増えていきそうだから、何とかして考えを改めさせないといけない。
「兄さんの言っていることは、中央銀行で貨幣量を発行するのと同じですよね。インフレが起きるリスクをどう考えていますか?」
「それは違うよ。中央銀行で貨幣を発行したらマネーサプライが増えるけど、暗号資産を発行してもマネーストックが増えない。暗号資産の買い手は、市中に流通している貨幣で暗号資産を購入するから、マネーストックには影響しない。
マネーストックを増やせば、インフレ率が増加する可能性があるけど、暗号資産だとインフレに影響はないと思うよ。」とチャールズは言った。
どうやら、俺は論破されているようだ。このままではマズイ。
チャールズは国王の前で俺を説得し、この件を俺に押し付けようとしている。
何とかして、回避しなければ。
<続く>
総務省に戻った俺は、その足で国王が招集した定例会議に参加した。ジャービス王国は王族が政治の中心にいて、重要な方針を定期的に話し合っている。
この定例会議は、参加者が国王と王子4人だけなので、役所で働く公務員からは『家族会議』と呼ばれている。
ジャービス王国では、家族会議で決まったことが、そのまま政策や法律として反映されるわけではない。
ジャービス王国において、政策や法案を審議するのは議会だからだ。
大雑把に言うと、家族会議で決まった事項のうち、議会で承認されるのは約50%だろう。
半分は議会に否決される。
思い付きで起案したものや、国民受けが良くないもの、意味がなさそうな案は、ほぼ全て議会に否決されるのだ。良く言えば、国家としてのガバナンスが効いている。
家族会議が終わりに近づいたころ、国王が俺に質問してきた。
「内部調査部では、最近どういう案件を調査しているのだ?」
「今はジャービット・コインの件を調査しています。内部告発ホットラインに届いた案件です。ちなみに、ジャービット・コインは仮想通貨や暗号資産と呼ばれるものです。過去のパフォーマンスが他の暗号資産と比べて良過ぎるので、何か裏があるのではないかと情報提供があり、調査を開始しました。」と俺は答えた。
「仮想通貨か。確か、数年前に国内での取引を禁止するかどうかを議論した記憶がある。一時期よりも取引量は少なくなったと聞いているけど、どうなの?」と国王が俺に聞いてきた。
「昔のように、買えば必ず儲かるということもないので、取引は正常化していると思います。」と俺は答えた。
「そうか。そういえば、暗号資産交換業者の大手、XFTの買収を同業者が検討しているというニュースを見たよ。今後、同業を買収するM&Aが活発化するのかな?ダニエルはどう思う?」と国王が言った。
「規模を追求するのは理にかなっています。暗号資産交換業者は、システムの運用コストや広告費が大きいので、規模が大きくないと利益が出にくいですから。ただ、暗号資産交換業者は財務内容を誤魔化しやすいので、デューデリジェンス(資産査定)を慎重にする必要があると思います。」
「そういうものか。まあ、頑張ってくれ。」と国王は言った。
今日の定例会議の議題は一通り議論したので、会議はこれで終わりだと思っていたら、第2王子のチャールズが発言した。
「ダニエル。暗号資産交換業者で、どこか安く買えそうな会社ないかな?」
俺は嫌な予感がした。こういう時、チャールズは仕事を俺に押し付けようとしている。
まず、チャールズの真意を確かめた方がいいだろう。
「兄さん、どういうことですか?」
「ジャービス王国は、国の財源を補うために国債を発行しているよね。例えば、10年国債を発行すると年率3%の金利を払わないといけない。」とチャールズは言った。
「当たり前じゃないですか。国債は国の借金ですから、国債保有者に利息を払わないといけません。」
「でもさ、ジャービス王国が仮想通貨を発行したら、利息を払わなくていいよね。例えば、ジャービス王国が100%株主の会社が暗号資産を発行する。その暗号資産は市場で取引されて、価格は変動するけど、国の借金じゃないから、償還する必要がない。ジャービス王国は利息を払う必要ない。暗号資産交換業者を買収できれば、ジャービス王国の暗号資産を流通させることができるから、国債を発行しなくてよくなる。」
チャールズの考えそうなことだ。国債利息の支払いをケチろうとしている。いつも通り、セコいやつだ。
チャールズの言う通りにしていると、俺の仕事が増えていきそうだから、何とかして考えを改めさせないといけない。
「兄さんの言っていることは、中央銀行で貨幣量を発行するのと同じですよね。インフレが起きるリスクをどう考えていますか?」
「それは違うよ。中央銀行で貨幣を発行したらマネーサプライが増えるけど、暗号資産を発行してもマネーストックが増えない。暗号資産の買い手は、市中に流通している貨幣で暗号資産を購入するから、マネーストックには影響しない。
マネーストックを増やせば、インフレ率が増加する可能性があるけど、暗号資産だとインフレに影響はないと思うよ。」とチャールズは言った。
どうやら、俺は論破されているようだ。このままではマズイ。
チャールズは国王の前で俺を説得し、この件を俺に押し付けようとしている。
何とかして、回避しなければ。
<続く>
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