14 / 80
第8回活動報告:銀行の経営破綻を食い止めろ
オフサイト・モニタリング(その3)
しおりを挟む
(3)オフサイト・モニタリング <続き>
俺たちはジャービス中央銀行でセレナ銀行のオフサイト・モニタリングの資料を確認しながら、ダビドから資料についての説明を受けている。
ダビドの話では、1年前の立入検査(オンサイト・モニタリング)の時よりも、セレナ銀行の資産・負債は2倍近くになっているらしい。セレナ銀行はここ1年間で急激に資産・負債の規模が拡大したことが分かる。
資産・負債の規模が急増した理由は、金融緩和で発生した金余りによって預金が急激に増えたこと、ベンチャー企業向け取引を強化したことによってベンチャー企業の預金口座がセレナ銀行に移管されてきたこと。その2つが同時に発生したことによって、セレナ銀行の資産規模は劇的に増加した。普通の銀行ではありえない状況だ。
俺たちは一応、1年前の立入検査(オンサイト・モニタリング)の結果を見せてもらったのだが、資産・負債の規模が違うため財務内容に関してはあまり参考にならなかった。
ただ、考査の実施報告において内部管理体制の不備がいくつか指摘されており、これが今回の雑な資産運用を招いたのかもしれない。
俺はアドルフにジャービス中央銀行の対応方針を確認することにした。
「セレナ銀行はジャービス中央銀行の重点モニタリング先でしたか?」と俺は聞いた。
「違います。セレナ銀行については、正直あまり気にしていませんでした。数年間まで資産規模は地銀の中でも小さくて、何の特色もない銀行でしたから。それが、ベンチャー企業向け取引に傾倒して一気に規模が大きくなりました」
「まあ、そうだろうね。ジャービス国内には他にもたくさん銀行があるし。それにしても、1年間で資産規模が2倍になるなんて異常な状況だね」
「とても珍しいケースだと思います」
「ところで、政策金利の変更を予定していたから、内務省から銀行に対して『長期債での運用を控えるように』と通達を出していたとチャールズから聞きました」
「それは、ジャービス中央銀行からも取引金融機関にアナウンスしていました」
「それにも関わらず、セレナ銀行は大量に長期のジャービス国債と米国債を購入しています。銀行は内務省の通達を守っていなかったのでしょうか?」
「うーん、それは難しいところですね・・・。私は為替対応の全容を伺っていましたので、政策金利が何度か変更されることを事前に知っていました。だから、内務省から通達が出たときに『銀行に含み損の発生を回避させる』ことを意図していると、読み取ることができました」
「そうだね」
「ただ、内情を知らない銀行はそこまで読み取ることができません。金融緩和政策で発生した金余りで預金が増えて、運用先に困った銀行が多かった。だから、銀行が国債等で運用するのは避けられなかったと思います」
「それはそうだけど、わざわざ10年の長期債で運用する必要はなかったんじゃないかな?」と俺は聞いた。
「それはそうなんですが、ジャービス国債で最も流通量が多いのが10年国債です。更に、あの時は残存期間が短い国債は国債利回りが市場金利よりも高かったので、誰も売りたがらなかったのです」
「残存期間が短期の国債は市場で買えなかったのか・・・」
「金余りの状況で新発の10年国債しか買えなかったから、しかたなく、セレナ銀行は10年国債を購入したのではないでしょうか」
「まあ、含み損が出るのはある程度はしかたなかったのか。問題は金額だな・・・」
「そう思います。多少の含み損は仕方ないとしても、セレナ銀行は大きすぎましたね」
俺とアドルフが雑談交じりに話していたのだが、隣のルイーズはイライラしているように見える。俺はルイーズと長い付き合いだから、僅かな表情の変化でルイーズの機嫌を読み取ることができるのだ。
何に怒っているのかは分からないが、何か気に入らないことがあったのだろう。
俺はルイーズに「どうしたの?」と小声で聞いた。
「いや、そういう銀行の暴走を食い止めるのが、ジャービス中央銀行の仕事じゃないかな?と思って」とルイーズはボソッと言った。
ルイーズの嫌味な言い方にアドルフはムッとしたようだ。
「そんなことを言われても、私たちは他にもジャービス国内の銀行をいくつもモニタリングしています。1つの銀行だけに掛り切りになれないんですよ」とアドルフは言った。
「そんなのは言い訳にならないわよ。職務怠慢じゃないかな?」ルイーズは声を大きくして言った。
「いえ、私たちは職務を全うしています! 職務怠慢など失礼極まりない!」アドルフも声を大にして言った。
険悪な二人に固まってしまう俺、スミス、ポールとダビド。
―― どうしてこうなった?
俺にはルイーズとアドルフが喧嘩している理由が分からない。
ジャービス中央銀行に来てからを思い出してみるが、ルイーズとアドルフの間には問題のある会話は無かったはずだ。それに、メインで話していたのはダビドだから、アドルフはほとんど発言していない。
俺が喧嘩の原因を考えている間も2人はヒートアップしていく。
「だーかーらー、いい加減な仕事しかできないんだったら、総裁なんてやめちまえ!」とルイーズ。
「なんだとー? どうやればよかったんだ?」とアドルフ。
「アホか? それを考えるのが、お前の仕事だろ?」
「うるさい! ルイーズ、それが父に対するものの言い方か?」
―― え? いま父って言った?
俺は衝撃の事実を知った。
ルイーズとアドルフは親子・・・?
<続く>
俺たちはジャービス中央銀行でセレナ銀行のオフサイト・モニタリングの資料を確認しながら、ダビドから資料についての説明を受けている。
ダビドの話では、1年前の立入検査(オンサイト・モニタリング)の時よりも、セレナ銀行の資産・負債は2倍近くになっているらしい。セレナ銀行はここ1年間で急激に資産・負債の規模が拡大したことが分かる。
資産・負債の規模が急増した理由は、金融緩和で発生した金余りによって預金が急激に増えたこと、ベンチャー企業向け取引を強化したことによってベンチャー企業の預金口座がセレナ銀行に移管されてきたこと。その2つが同時に発生したことによって、セレナ銀行の資産規模は劇的に増加した。普通の銀行ではありえない状況だ。
俺たちは一応、1年前の立入検査(オンサイト・モニタリング)の結果を見せてもらったのだが、資産・負債の規模が違うため財務内容に関してはあまり参考にならなかった。
ただ、考査の実施報告において内部管理体制の不備がいくつか指摘されており、これが今回の雑な資産運用を招いたのかもしれない。
俺はアドルフにジャービス中央銀行の対応方針を確認することにした。
「セレナ銀行はジャービス中央銀行の重点モニタリング先でしたか?」と俺は聞いた。
「違います。セレナ銀行については、正直あまり気にしていませんでした。数年間まで資産規模は地銀の中でも小さくて、何の特色もない銀行でしたから。それが、ベンチャー企業向け取引に傾倒して一気に規模が大きくなりました」
「まあ、そうだろうね。ジャービス国内には他にもたくさん銀行があるし。それにしても、1年間で資産規模が2倍になるなんて異常な状況だね」
「とても珍しいケースだと思います」
「ところで、政策金利の変更を予定していたから、内務省から銀行に対して『長期債での運用を控えるように』と通達を出していたとチャールズから聞きました」
「それは、ジャービス中央銀行からも取引金融機関にアナウンスしていました」
「それにも関わらず、セレナ銀行は大量に長期のジャービス国債と米国債を購入しています。銀行は内務省の通達を守っていなかったのでしょうか?」
「うーん、それは難しいところですね・・・。私は為替対応の全容を伺っていましたので、政策金利が何度か変更されることを事前に知っていました。だから、内務省から通達が出たときに『銀行に含み損の発生を回避させる』ことを意図していると、読み取ることができました」
「そうだね」
「ただ、内情を知らない銀行はそこまで読み取ることができません。金融緩和政策で発生した金余りで預金が増えて、運用先に困った銀行が多かった。だから、銀行が国債等で運用するのは避けられなかったと思います」
「それはそうだけど、わざわざ10年の長期債で運用する必要はなかったんじゃないかな?」と俺は聞いた。
「それはそうなんですが、ジャービス国債で最も流通量が多いのが10年国債です。更に、あの時は残存期間が短い国債は国債利回りが市場金利よりも高かったので、誰も売りたがらなかったのです」
「残存期間が短期の国債は市場で買えなかったのか・・・」
「金余りの状況で新発の10年国債しか買えなかったから、しかたなく、セレナ銀行は10年国債を購入したのではないでしょうか」
「まあ、含み損が出るのはある程度はしかたなかったのか。問題は金額だな・・・」
「そう思います。多少の含み損は仕方ないとしても、セレナ銀行は大きすぎましたね」
俺とアドルフが雑談交じりに話していたのだが、隣のルイーズはイライラしているように見える。俺はルイーズと長い付き合いだから、僅かな表情の変化でルイーズの機嫌を読み取ることができるのだ。
何に怒っているのかは分からないが、何か気に入らないことがあったのだろう。
俺はルイーズに「どうしたの?」と小声で聞いた。
「いや、そういう銀行の暴走を食い止めるのが、ジャービス中央銀行の仕事じゃないかな?と思って」とルイーズはボソッと言った。
ルイーズの嫌味な言い方にアドルフはムッとしたようだ。
「そんなことを言われても、私たちは他にもジャービス国内の銀行をいくつもモニタリングしています。1つの銀行だけに掛り切りになれないんですよ」とアドルフは言った。
「そんなのは言い訳にならないわよ。職務怠慢じゃないかな?」ルイーズは声を大きくして言った。
「いえ、私たちは職務を全うしています! 職務怠慢など失礼極まりない!」アドルフも声を大にして言った。
険悪な二人に固まってしまう俺、スミス、ポールとダビド。
―― どうしてこうなった?
俺にはルイーズとアドルフが喧嘩している理由が分からない。
ジャービス中央銀行に来てからを思い出してみるが、ルイーズとアドルフの間には問題のある会話は無かったはずだ。それに、メインで話していたのはダビドだから、アドルフはほとんど発言していない。
俺が喧嘩の原因を考えている間も2人はヒートアップしていく。
「だーかーらー、いい加減な仕事しかできないんだったら、総裁なんてやめちまえ!」とルイーズ。
「なんだとー? どうやればよかったんだ?」とアドルフ。
「アホか? それを考えるのが、お前の仕事だろ?」
「うるさい! ルイーズ、それが父に対するものの言い方か?」
―― え? いま父って言った?
俺は衝撃の事実を知った。
ルイーズとアドルフは親子・・・?
<続く>
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

万永千年宇宙浮遊一万年後地球目指
Mar
経済・企業
一万年後の地球。想像できるだろうか。 長い年月が経ち、人類の痕跡はほとんど見当たらない地球かもしれない。もしかしたら、自然の力が再び支配する中で、新たな生命や文明が芽生えているかもしれない。 人間ではなく、きっと我々の知らない生命体。 それが一万年後に生きている人間かもしれない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる