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第8回活動報告:銀行の経営破綻を食い止めろ
オフサイト・モニタリング(その3)
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(3)オフサイト・モニタリング <続き>
俺たちはジャービス中央銀行でセレナ銀行のオフサイト・モニタリングの資料を確認しながら、ダビドから資料についての説明を受けている。
ダビドの話では、1年前の立入検査(オンサイト・モニタリング)の時よりも、セレナ銀行の資産・負債は2倍近くになっているらしい。セレナ銀行はここ1年間で急激に資産・負債の規模が拡大したことが分かる。
資産・負債の規模が急増した理由は、金融緩和で発生した金余りによって預金が急激に増えたこと、ベンチャー企業向け取引を強化したことによってベンチャー企業の預金口座がセレナ銀行に移管されてきたこと。その2つが同時に発生したことによって、セレナ銀行の資産規模は劇的に増加した。普通の銀行ではありえない状況だ。
俺たちは一応、1年前の立入検査(オンサイト・モニタリング)の結果を見せてもらったのだが、資産・負債の規模が違うため財務内容に関してはあまり参考にならなかった。
ただ、考査の実施報告において内部管理体制の不備がいくつか指摘されており、これが今回の雑な資産運用を招いたのかもしれない。
俺はアドルフにジャービス中央銀行の対応方針を確認することにした。
「セレナ銀行はジャービス中央銀行の重点モニタリング先でしたか?」と俺は聞いた。
「違います。セレナ銀行については、正直あまり気にしていませんでした。数年間まで資産規模は地銀の中でも小さくて、何の特色もない銀行でしたから。それが、ベンチャー企業向け取引に傾倒して一気に規模が大きくなりました」
「まあ、そうだろうね。ジャービス国内には他にもたくさん銀行があるし。それにしても、1年間で資産規模が2倍になるなんて異常な状況だね」
「とても珍しいケースだと思います」
「ところで、政策金利の変更を予定していたから、内務省から銀行に対して『長期債での運用を控えるように』と通達を出していたとチャールズから聞きました」
「それは、ジャービス中央銀行からも取引金融機関にアナウンスしていました」
「それにも関わらず、セレナ銀行は大量に長期のジャービス国債と米国債を購入しています。銀行は内務省の通達を守っていなかったのでしょうか?」
「うーん、それは難しいところですね・・・。私は為替対応の全容を伺っていましたので、政策金利が何度か変更されることを事前に知っていました。だから、内務省から通達が出たときに『銀行に含み損の発生を回避させる』ことを意図していると、読み取ることができました」
「そうだね」
「ただ、内情を知らない銀行はそこまで読み取ることができません。金融緩和政策で発生した金余りで預金が増えて、運用先に困った銀行が多かった。だから、銀行が国債等で運用するのは避けられなかったと思います」
「それはそうだけど、わざわざ10年の長期債で運用する必要はなかったんじゃないかな?」と俺は聞いた。
「それはそうなんですが、ジャービス国債で最も流通量が多いのが10年国債です。更に、あの時は残存期間が短い国債は国債利回りが市場金利よりも高かったので、誰も売りたがらなかったのです」
「残存期間が短期の国債は市場で買えなかったのか・・・」
「金余りの状況で新発の10年国債しか買えなかったから、しかたなく、セレナ銀行は10年国債を購入したのではないでしょうか」
「まあ、含み損が出るのはある程度はしかたなかったのか。問題は金額だな・・・」
「そう思います。多少の含み損は仕方ないとしても、セレナ銀行は大きすぎましたね」
俺とアドルフが雑談交じりに話していたのだが、隣のルイーズはイライラしているように見える。俺はルイーズと長い付き合いだから、僅かな表情の変化でルイーズの機嫌を読み取ることができるのだ。
何に怒っているのかは分からないが、何か気に入らないことがあったのだろう。
俺はルイーズに「どうしたの?」と小声で聞いた。
「いや、そういう銀行の暴走を食い止めるのが、ジャービス中央銀行の仕事じゃないかな?と思って」とルイーズはボソッと言った。
ルイーズの嫌味な言い方にアドルフはムッとしたようだ。
「そんなことを言われても、私たちは他にもジャービス国内の銀行をいくつもモニタリングしています。1つの銀行だけに掛り切りになれないんですよ」とアドルフは言った。
「そんなのは言い訳にならないわよ。職務怠慢じゃないかな?」ルイーズは声を大きくして言った。
「いえ、私たちは職務を全うしています! 職務怠慢など失礼極まりない!」アドルフも声を大にして言った。
険悪な二人に固まってしまう俺、スミス、ポールとダビド。
―― どうしてこうなった?
俺にはルイーズとアドルフが喧嘩している理由が分からない。
ジャービス中央銀行に来てからを思い出してみるが、ルイーズとアドルフの間には問題のある会話は無かったはずだ。それに、メインで話していたのはダビドだから、アドルフはほとんど発言していない。
俺が喧嘩の原因を考えている間も2人はヒートアップしていく。
「だーかーらー、いい加減な仕事しかできないんだったら、総裁なんてやめちまえ!」とルイーズ。
「なんだとー? どうやればよかったんだ?」とアドルフ。
「アホか? それを考えるのが、お前の仕事だろ?」
「うるさい! ルイーズ、それが父に対するものの言い方か?」
―― え? いま父って言った?
俺は衝撃の事実を知った。
ルイーズとアドルフは親子・・・?
<続く>
俺たちはジャービス中央銀行でセレナ銀行のオフサイト・モニタリングの資料を確認しながら、ダビドから資料についての説明を受けている。
ダビドの話では、1年前の立入検査(オンサイト・モニタリング)の時よりも、セレナ銀行の資産・負債は2倍近くになっているらしい。セレナ銀行はここ1年間で急激に資産・負債の規模が拡大したことが分かる。
資産・負債の規模が急増した理由は、金融緩和で発生した金余りによって預金が急激に増えたこと、ベンチャー企業向け取引を強化したことによってベンチャー企業の預金口座がセレナ銀行に移管されてきたこと。その2つが同時に発生したことによって、セレナ銀行の資産規模は劇的に増加した。普通の銀行ではありえない状況だ。
俺たちは一応、1年前の立入検査(オンサイト・モニタリング)の結果を見せてもらったのだが、資産・負債の規模が違うため財務内容に関してはあまり参考にならなかった。
ただ、考査の実施報告において内部管理体制の不備がいくつか指摘されており、これが今回の雑な資産運用を招いたのかもしれない。
俺はアドルフにジャービス中央銀行の対応方針を確認することにした。
「セレナ銀行はジャービス中央銀行の重点モニタリング先でしたか?」と俺は聞いた。
「違います。セレナ銀行については、正直あまり気にしていませんでした。数年間まで資産規模は地銀の中でも小さくて、何の特色もない銀行でしたから。それが、ベンチャー企業向け取引に傾倒して一気に規模が大きくなりました」
「まあ、そうだろうね。ジャービス国内には他にもたくさん銀行があるし。それにしても、1年間で資産規模が2倍になるなんて異常な状況だね」
「とても珍しいケースだと思います」
「ところで、政策金利の変更を予定していたから、内務省から銀行に対して『長期債での運用を控えるように』と通達を出していたとチャールズから聞きました」
「それは、ジャービス中央銀行からも取引金融機関にアナウンスしていました」
「それにも関わらず、セレナ銀行は大量に長期のジャービス国債と米国債を購入しています。銀行は内務省の通達を守っていなかったのでしょうか?」
「うーん、それは難しいところですね・・・。私は為替対応の全容を伺っていましたので、政策金利が何度か変更されることを事前に知っていました。だから、内務省から通達が出たときに『銀行に含み損の発生を回避させる』ことを意図していると、読み取ることができました」
「そうだね」
「ただ、内情を知らない銀行はそこまで読み取ることができません。金融緩和政策で発生した金余りで預金が増えて、運用先に困った銀行が多かった。だから、銀行が国債等で運用するのは避けられなかったと思います」
「それはそうだけど、わざわざ10年の長期債で運用する必要はなかったんじゃないかな?」と俺は聞いた。
「それはそうなんですが、ジャービス国債で最も流通量が多いのが10年国債です。更に、あの時は残存期間が短い国債は国債利回りが市場金利よりも高かったので、誰も売りたがらなかったのです」
「残存期間が短期の国債は市場で買えなかったのか・・・」
「金余りの状況で新発の10年国債しか買えなかったから、しかたなく、セレナ銀行は10年国債を購入したのではないでしょうか」
「まあ、含み損が出るのはある程度はしかたなかったのか。問題は金額だな・・・」
「そう思います。多少の含み損は仕方ないとしても、セレナ銀行は大きすぎましたね」
俺とアドルフが雑談交じりに話していたのだが、隣のルイーズはイライラしているように見える。俺はルイーズと長い付き合いだから、僅かな表情の変化でルイーズの機嫌を読み取ることができるのだ。
何に怒っているのかは分からないが、何か気に入らないことがあったのだろう。
俺はルイーズに「どうしたの?」と小声で聞いた。
「いや、そういう銀行の暴走を食い止めるのが、ジャービス中央銀行の仕事じゃないかな?と思って」とルイーズはボソッと言った。
ルイーズの嫌味な言い方にアドルフはムッとしたようだ。
「そんなことを言われても、私たちは他にもジャービス国内の銀行をいくつもモニタリングしています。1つの銀行だけに掛り切りになれないんですよ」とアドルフは言った。
「そんなのは言い訳にならないわよ。職務怠慢じゃないかな?」ルイーズは声を大きくして言った。
「いえ、私たちは職務を全うしています! 職務怠慢など失礼極まりない!」アドルフも声を大にして言った。
険悪な二人に固まってしまう俺、スミス、ポールとダビド。
―― どうしてこうなった?
俺にはルイーズとアドルフが喧嘩している理由が分からない。
ジャービス中央銀行に来てからを思い出してみるが、ルイーズとアドルフの間には問題のある会話は無かったはずだ。それに、メインで話していたのはダビドだから、アドルフはほとんど発言していない。
俺が喧嘩の原因を考えている間も2人はヒートアップしていく。
「だーかーらー、いい加減な仕事しかできないんだったら、総裁なんてやめちまえ!」とルイーズ。
「なんだとー? どうやればよかったんだ?」とアドルフ。
「アホか? それを考えるのが、お前の仕事だろ?」
「うるさい! ルイーズ、それが父に対するものの言い方か?」
―― え? いま父って言った?
俺は衝撃の事実を知った。
ルイーズとアドルフは親子・・・?
<続く>
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