幽霊になって出てきたけど、成仏のしかたが分かりません

kkkkk

文字の大きさ
上 下
3 / 7

3月12日 父の話

しおりを挟む
(3)3月12日

 私は今では珍しくなった喫煙者だ。その日は外回りから支店に戻ってきた後、喫煙所に向かっていた。銀行の行員専用出入口は、来客用の出入口とは違って薄暗い。出入口にある警備室にいつも挨拶する警備員の山本がいる。私が山本に「お疲れ様です」と言って出入口から出ようとすると、「副支店長」と山本に呼び止められた。
 私が「どうかしましたか?」と聞くと、山本は「ちょっと相談したいことがありまして、今日の夜時間ありますか?」と言った。

 山本が私に相談することなど今まで一度もない。そもそも、山本は丸の内銀行が契約している警備会社の社員だから、待遇などの面で私が山本の役に立てることはない。だから、支店の部下が私に相談するのとは全く次元が異なる。
 山本は静かな言い方だったが、私に何か重要なことを伝えようとしているようにも思えた。

 私が「夜の7時以降でしたら大丈夫です」と伝えたら、「終わったら電話して下さい。これが私の携帯電話です」と山本からメモを渡された。

 ***

 私の仕事が片付いたのが7時過ぎ、支店を出て山本に電話をしたのが7時10分だった。私が電話をすると、山本は兜町支店から少し離れた飲食店を待ち合わせ場所に指定してきた。その飲食店は茅場町駅を通り過ぎたビルの地下にあり、兜町支店の行員が普段使う店ではない。
 私が店に入ると、先に来ていた山本が私に手を振った。

 私は店員に案内されて席に着くと、飲み物を注文してから「どうしましたか?」と山本に尋ねた。

「実は・・・、安里副支店長のことです」
「安里副支店長がどうかしましたか?」
「昨日の巡回中だったのですが、非常階段のところで安里副支店長が取引先の社長と電話していたのを聞いたのです」
「どういう内容でしたか?」
「会話の内容は、『書類の偽造が宍戸副支店長にバレるところだった』とか『もう振込んでくれたか?』という話でした」

 私が書類の偽造を疑ったのは芝浦興産だから、電話の相手は芝浦興産の村木社長だ。そうすると、安里は改竄した決算書を使って芝浦興産に20億円の融資を実行し、キックバックを受取ったのだろう。
 私がこの不正融資をどう対処すべきか考えていたら、山本は私の前にUSBメモリを差し出した。

「これは?」
「不正の証拠だと思いましたから、安里副支店長の会話を録音しました。携帯電話の録音機能を使いましたから、雑音が混ざっていると思いますが」

 私は「ありがとうございます」と言ってUSBメモリを受取った。
 私が2日前に見た芝浦興産の決算書は、昨日の時点で修正されていたから証拠にはならない。それに、芝浦興産から安里への送金は丸の内銀行以外の銀行口座を利用しているはずだから、私では送金内容を調査できない。
 山本から受け取った録音データは不正融資の事実を示す重要な証拠だ。これを入手できたのは有難い。

 他の行員がこの店に来ないとは限らないから、私はこの場に長居するのは避けた方がいいと考えた。「お会計はこれでお願いします」と言って山本に1万円札を渡して店を出た。

― やっぱりな・・・

 私は以前から安里の良くない噂を聞いていた。金に関わる商売をしているとよくあることだ。今は支店長が休暇中だから支店長権限を代理している私が対応することになる。だが、さすがに若杉に一言も相談せずに支店内の不正の告発するのはまずいだろう。

 ここで一つの疑問が私の中に生まれた。

― 支店長が共犯という可能性はないだろうか?

 安里は6年間も芝浦興産と取引があるが、若杉が兜町支店に赴任してきたのは2年前だ。可能性は高いとは言えないが、共犯の可能性はある。
 もし若杉が安里と共犯であれば、若杉に連絡すると証拠を隠蔽するために私に圧力を掛けてくるだろう。

 私は若杉が安里の共犯の可能性を捨てきれないから、信頼できる同期の望月にも不正融資の件を伝えておこうと考えた。望月は審査部の次長をしている同期だ。お互いに出世が早くないが、私の信頼できる仲間だ。
 私は望月に電話して不正の概要を伝えて、証拠の音声データは行内便で明日送ることにした。

 望月に不正の事実を伝えた後、私は若杉の携帯電話に連絡をした。休暇中ではあるが緊急事態だから許されるだろう。私の電話に出た若杉は、不正の事実を聞いた後、「2日後に出勤するからそれまで公表しないように」と私に言った。若杉が言うには、「支店の管理者として自分が対応しないといけない」とのことだ。支店長が不在の間に不正が行われ、発覚した不正を支店長不在のまま報告されると出世に響くと思ったのだろう。

 私も銀行員だから若杉の気持ちは理解できる。私は若杉に「分かりました」と言って電話を終えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大学寮の偽夫婦~住居のために偽装結婚はじめました~

石田空
現代文学
かつては最年少大賞受賞、コミカライズ、アニメ化まで決めた人気作家「だった」黒林亮太は、デビュー作が終了してからというもの、次の企画が全く通らず、デビュー作の印税だけでカツカツの生活のままどうにか食いつないでいた。 さらに区画整理に巻き込まれて、このままだと職なし住所なしにまで転がっていってしまう危機のさなかで偶然見つけた、大学寮の管理人の仕事。三食住居付きの夢のような仕事だが、条件は「夫婦住み込み」の文字。 困り果てていたところで、面接に行きたい白羽素子もまた、リストラに住居なしの危機に陥って困り果てていた。 利害が一致したふたりは、結婚して大学寮の管理人としてリスタートをはじめるのだった。 しかし初めての男女同棲に、個性的な寮生たちに、舞い込んでくるトラブル。 この状況で亮太は新作を書くことができるのか。そして素子との偽装結婚の行方は。

少女と三人の男の子

浅野浩二
現代文学
一人の少女が三人の男の子にいじめられる小説です。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

鬼母(おにばば)日記

歌あそべ
現代文学
ひろしの母は、ひろしのために母親らしいことは何もしなかった。 そんな駄目な母親は、やがてひろしとひろしの妻となった私を悩ます鬼母(おにばば)に(?) 鬼母(おにばば)と暮らした日々を綴った日記。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...