コーカス・レース

まさみ

文字の大きさ
上 下
17 / 23

コーカス・レース16

しおりを挟む
遊輔が真顔に切り替わる。
「クスリ、前に使われたって言ったよな?」
「はい」
質問の意図が理解できず正直に答えれば、食い気味に突っ込まれた。
「なんで他人事みたいに話せんの」
「昔のことだし」
「他の奴にも?」
「俺が誰とどんなセックスしようが遊輔さんには関係ないでしょ。貴方には道具やクスリ使ったことないし、できるだけ丁寧に扱ってきました」
「手錠・目隠し・氷」
「子供のオモチャを大人のオモチャと同列に語らないでください」
「ハードSMもイケるクチかよ。ドラッグのリスク、当然わかってヤッてんだよな?」

黙ってればいいのに。
そうすれば気持ちよくなれるのに。

「インタビューの続きですか」
額に額を押し当てる。
「俺があの人と何したか、何されたか知りたいんですか。だったら教えてあげます」
胴を跨ぐ。
「知り合ったのは高校生の頃、あの人はバーテンとして働いてました。最初のうちはよかった。向こうも優しかったし、カクテルの作り方教えてもらえて楽しかった。おかしくなったのは同棲後しばらくしてから」
蜜月はすぐに終わった。何かがどうしようもなく狂い出した。気付いた時には手遅れだった。
「やたら俺のこと束縛したがって、出先にメールしてくるんです。既読無視するとすごい勢いで電話してきて、他の男や女と遊んでたろって決め付けられて、本当うんざりしました。ドラッグにハマってることも気付いてましたよ、一緒に暮らしてるんだからわからないわけないじゃないですか。合法だから心配いらないって本人笑ってました」
「脱法の間違いだろ」
「一番のお気に入りは大麻、煙草みたいに巻いて吹かすんです。俺も少し分けてもらいました、喫うとやなこと忘れられるって唆されて……すぐやめましたけどね、舌が馬鹿になっちゃバーテンとしてやってけない」
湊の執着の度合いは日毎に増していった。束縛が激しくなるのと比例し、薫に手を上げる頻度も増えた。
「でもね、バスタブに監禁されるとは思いませんでした」
伏せた顔に失笑が滲む。遊輔の顔が強張る。
「別れを切り出すタイミング間違えました。あの人はすごくキレて、俺をバスルームに引きずってって、ダクトテープで手足をぐるぐる巻きにした。次の日には鎖になった。一応気遣ってくれたのかな、留守の間はスマホで動画見せてくれました。チャンネル替えられないのが不便でしたけど」
「どれ位そこにいた?」
「ざっと一週間」
わざとらしく指折り数えてみせる。
遊輔が沈痛に黙り込む。
「反抗的なのが気に喰わなかったんでしょうね、たまにお仕置きされました」
「飯抜かれたのか」
試すように目を覗く。
「オモチャ付けて放置するんです、帰ってくるまで」
「……」
「残業の日もあったから長くて六時間とか七時間とか。幸い水だけは飲み放題だったんで飢え死にしないですみました。カランがシングルレバーで助かりました、鎖を巻かれた手でもハンドル押すだけで水が出た」
躁的な饒舌で続ける。
「ご機嫌損ねたらギャグや目隠しが加わりました。もっと悪い時は蓋閉められて、真っ暗で狭苦しいバスタブに何時間も閉じ込められました」

『いってきます。留守番よろしく』

粘膜を巻き返す機械の蠕動に絶えず苛まれ、バスタブの底に突っ伏す時間は苦痛だった。

「帰宅時に蓋が落ちてるとまたお仕置きされるから、頑張って耐えましたよ」

『太腿びちょびちょ。潮吹いたのか?』『一旦シャワーで流さなきゃ』

「どうやって逃げた」
「媚びたんです」

鎖が食い込んで痛い。見てよ、内出血。もうすこし緩めて……安心してよ、逃げたりしない。俺には貴方だけ、貴方しかいない。お願い捨てないで、これさえ取ってくれたらほら、もっと気持ちよくしてあげる。

「媚びるの得意なんで」

だますのも欺くのも。

「以来、彼とは会いませんでした。麻薬不法所持が原因の逮捕と脱出時期が被ったのも幸運でした、裁判出廷や保釈金用立てるのに忙しくて俺なんかに構ってらんなかったんだと思います、多分」

愚かな遊輔は知らない。湊が監禁に踏み切った動機に、他ならぬ自分が噛んでる事実を。

『別れてどうする、ユウスケって奴の所に行くのか』
『なんでその名前』
『寝言で呼んでたぞ。誰だよカザマツリユウスケって、お前の本命か?俺より好きなのか、愛してるのか』

風祭遊輔。
蓮見尊のフェイクニュースを書いた週刊リアルの記者、性倒錯者の父の支配から薫を解放してくれた人。

その名前だけは忘れまいと刻み付け、眠りに落ちる瞬間も心の中で唱えていた。

『隠れてこっそり会ってんだろ、馬鹿にしやがって!!』

隣でまどろむ薫の寝言を聞き、半年同棲を続けた恋人の裏切りを思い知った湊は、麻薬中毒進行に紐付く被害妄想で破綻した関係も仕事のミスも不安定な精神状態も全部まだ見ぬ間男と薫のせいにし、暴力と快楽で躾け直す選択をとった。
だから言った。
息絶え絶えになるまで嬲り抜かれ、水浸しのバスタブの底に丸まり凍える薫を見下ろし、『俺とユウスケどっちが好きだ』と自信満々聞いてきた湊に。薫を折檻し、真実を捻じ曲げようとした男に。

『アンタと比べるなんてユウスケさんに失礼だ』

「遊輔さん」

目の前にいる。さわれる。答えてくれる。それだけで満たされるはずなのに、もっともっと欲しくなる。

無個性な活字の署名を繰り返しなぞり、どんな人か想像した。堅苦しい字面から叩き上げの中年を予想したら、思いのほか若くて格好良くて驚いた。そこは軍艦マーチが爆音で掛かるパチンコ店で、遊輔は学生服の薫に気付かず、咥え煙草でパチンコ台に張り付いていた。

あの日からこの人が離れない。全部がこの人に埋め尽くされる。

「好きです」

好きだから。尊敬してるから。貴方に助けられる被害者じゃなくて、同じ目線で誰かを助ける人間になりたかった。
観覧車に逃げ込む人たちの為にゴンドラの扉を支え、彼等彼女等がステップで躓かぬように手助けしたかった。

佐々木まりえを。
間宮春人を。
俺一人貴方一人じゃ救いたくても救えなかった、だけど二人なら間に合うかもしれない、正義にそっぽ向かれた大勢を。

「俺の安心は観覧車ハリボテじゃなくて、貴方なんだ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

助けの来ない状況で少年は壊れるまで嬲られる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...