コーカス・レース

まさみ

文字の大きさ
上 下
7 / 23

コーカス・レース6

しおりを挟む
「横浜行くぜ」
「はい?」
ミキサーのスイッチを切って顔を上げる。遊輔は肩に背広を引っかけ、あっけらかんと言ってのけた。
「一日位出かけたってバチあたんねーぞ」
「なんで横浜?テレビや雑誌で特集組んでたんですか」
「久しぶりに中華食いてえ」
スムージーをタンブラーに移し、一口飲んで考え込む。
昨夜、遊輔と喧嘩した。留守中に元カノを引っ張り込み、しっぽり乳繰り合っていたのが諍いの原因だ。
遊輔の素行が悪いのは言わずもがな、真っ只中に立ち会ってしまうとは……タイミングの神様は余程薫が嫌いと見える。帰宅早々浮気を見せ付けられたやるせなさは燻り続け、今朝からマトモに話してない。
もっとも、顔を合わせ辛い理由は別にあるのだが。
これまでも喧嘩は経験した。大抵は薫が譲歩した。遊輔が折れることもないではない。今回は珍しく居候の方から歩み寄ってきた。朝の挨拶はおろか会話さえ避け続ける薫の態度に、彼なりに思うところがあったらしい。
それもそのはず、部屋を追い出されて困るのは遊輔自身なのだ。
棚の上の時計は午前九時をさしている。今から出れば昼前には到着する計算だ。遊輔がカウンターに寄りかかり片手で拝む。
「一日だけ!なっ?」
「ご機嫌取りなら俺の第一希望聞いてください」
「行きてえ場所は」
「特にありません」
「聞き損じゃん」
「しいていうなら『Lewis』に」
「昨日も一昨日も行ったろ、仕事場は行きたい場所に入んねーよ」
「好きに使える貴重な機会に腕を磨いて何が悪いんですか」
「休日って概念ねえのか。一応日曜だぜ今日、週末は休め」
「安息日だからって休む義務ありません。無宗教の無神論者でしょ俺たち」
スムージーを一杯飲むのは母から引き継いだ朝の習慣。遊輔は鼻を鳴らし、コーヒーメーカーで淹れたコーヒーを飲む。普段は二人分淹れてやるが、今日はお預けだ。
グリーンスムージーを渡すたび「藻を飲んでるみてえ」とぼやくので、もともと有難迷惑だった可能性は否めない。
「曜日関係ないのはお互い様ですよ、平日だろうが休日だろうが競馬やパチンコ通いまくって」
「平日休日祝日関係なく一年中開いてんだもん、そりゃ通うさ」
「三十路過ぎた人が語尾に『もん』とか付けないでください、痛々しい」
「うざ。ガキのくせに説教すんな」
空っぽのタンブラーを荒々しく置く。
「都合悪くなるとすぐ年齢盾にするんだから。遊輔さんの言動端的に言って老害ですよ」
「俺はまだ三十、」
「年相応の振る舞いしてくれって言ってるんです」
苛立ちが募り、眉間を顰めてこめかみを揉む。
「おごる」
聞き間違いを疑い正面を見れば、遊輔がドシリアスな顔で言った。
「カネは出す」
「そんなに中華街で食い倒れしたいんですか」
万年金欠の遊輔がおごるなんて。それも男に。信じられない思いで見返す薫に対し、皮肉っぽい笑顔を作る。
「気晴らし必要だろ。俺らみてえのは特に」
「俺たちみたいな社会不適合者?」
「言わせんな」
「否定はしないんだ」
最大限の譲歩、出血大サービス。断腸の思いで「おごる」と口にした証拠に、財布の中身を確認する目は血走り、痩せ我慢の汗をかいていた。
仕方ない。わざとらしく息を吐き、几帳面に洗ったタンブラーを伏せて水を切る。
「車で行くんですか。停められないし混みますよ」
「電車」

新宿駅三番ホームからJR相鉄直通線海老名行に乗り、武蔵小杉で横須賀線久里浜行に乗り換える。片道四十分足らず、往復でも八十分かからない。
日帰りで楽しめる近場の観光地として、真っ先に横浜を挙げた遊輔の発想は合理的といえた。
電車で移動するのは久しぶりだ。週末ということもあり、家族連れやカップルで車内は賑わっていた。
「服、それでいいんですか」
「文句あっか」
薫はカジュアルなシャツとズボン、遊輔はラフに着崩したダークスーツ。前を開けた背広からは紫のシャツが覗き、とてもじゃないがカタギに見えない。周囲の客も距離をとり、チラチラ盗み見ている気がする。
「ただでさえ身を持ち崩したインテリヤクザと落ち目のホスト足して割ったような外見なんですから、コーディネート考えてください」
「他の服持ってねえし……便利なんだよスーツ」
「その格好で取材行ってたんですか。アングラ専門に成り下がるわけだ」
「逆だ逆、合わせたカッコしてるうちに馴染んじまった」
「物は言いようですね」
ガタンゴトンと電車が揺れ、都心の高層ビル群が車窓を流れて行く。生憎席には座れず、仲良く並んで吊り革を掴む。
「すごーい、ビルでっかーい」
「靴脱いでたっくん」
景色に夢中な男児を父親が諫め、母親が「すいません」と頭を下げる。微笑ましい光景。父親に靴を脱がされた男の子と目が合った。にっこり笑いかけられ、こちらも笑い返す。
それとなく視線を切れば、正面のガラスにぼやけたシルエットが映りこむ。

俺と遊輔さん、どんなふうに見えるんだろ?

友人にしては年が離れすぎだ。先輩後輩や兄弟ならあり得なくもないが、服装の方向性や雰囲気が違いすぎて、客観的に接点を見出すのは難しい。
まずもって確かなのは、恋人と誤解する人間はごくわずかだろうということ。男同士のカップルは新宿駅構内でちらほら見かけたが、日本最大の歓楽街を擁す場所柄を差し引いても、二人の間に甘い雰囲気は皆無だった。ヤクザとカモが現実的な路線だろうか。

強引な誘いを断りきれずここにいるのは、与り知らぬ所でオカズにしている負い目のせい。

「子供にモテるな」
ぶっきらぼうな声に向き直る。
「見られちゃいました?」
「歌のお兄さんになれよ」
鼻で笑われた。
「遊輔さんと一緒なら考えます」
薫の当て擦りに言い返そうと口を開く。同時に駅に着いてドアがスライド、前に座っていた会社員が腰を浮かす。
「ん」
無造作に顎をしゃくり、空いた席を譲る。
「腰辛くないですか」
「年寄り扱いすんな、しまいにゃ怒るぞ」
「それじゃ遠慮なく」
好意に甘えて着席し、膝の上にバックを抱く。規則正しい振動が靴裏に伝い、正面に佇む遊輔を上目遣いに観察する。首の凝りをほぐすように手を当てる仕草に崩れた色気を感じる。捲れた襟の下、首筋に赤い痣を発見した。キスマーク。
片眉が上がる。
「なんで怒ってんの?」
「怒ってません」
「変な奴」
幸か不幸か本人は気付いてない。捨て台詞は聞き流し、スマホをいじるふりをしながら時折目をやる。遊輔は黙り込んで何かを見ていた。素朴な好奇心から視線を追い、網棚に忘れられた週刊誌に気付く。遊輔が以前書いてた雑誌、週刊リアルがそこにあった。
網棚の上のリアルを眺める顔に複雑な表情が過ぎる。声をかけるのを躊躇わせる雰囲気。古巣に未練があるのか否か、その様子からは判じがたい。

この人はどこでも真実を追っかけている。
報われなくてもずっと。

「パクんないでくださいね」
「しねえよンなこと」
間髪入れずよこされた返事に安堵し、明るい顔と口調で茶化す。
「昨日テーブルにあったのは?」
「帰りがけにホームレスのおっさんから買った。一冊五十円」
「ああ、終電から回収してるヤツですね。ちょっと前まで遺失物係の駅員さんがこっそり卸してるのかと思ってました」
「ホームレス支援団体が出してるケースもある。ビッグイシューとか面白いぜ、割と」
「何ですかそれ」
「ホームレスにだけ手売りが許されたロンドン生まれの雑誌、社会問題の特集の他に有名人のインタビューなんかも載ってる。映画にもなった」
「知りませんでした。さすが詳しいですね」
勉強不足を恥じて素直に感心する。遊輔が得意げに吊り革を揺らす。
「腐っても記者ってな」
「NBAは知らなかったのに」
「バーテンにインタビューしたことねえんだよ!」
電光掲示板が駅名を表示する。
「乗り換えですよ」
減速した電車がホームに滑り込む。武蔵小杉駅で下りた薫の肩を、隣を歩く遊輔がトントン突付く。顔には悪戯っぽい笑み。
「お友達が呼んでんぞ」
さっきの男の子がガラスに張り付き、小さく手を振っていた。面映ゆげに手を振り返す薫に対し、すまなそうに両親が会釈する。遊輔はニヤニヤしていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい

椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。 その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。 婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!! 婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。 攻めズ ノーマルなクール王子 ドMぶりっ子 ドS従者 × Sムーブに悩むツッコミぼっち受け 作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

処理中です...