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七話
しおりを挟む快楽天は春節の催しで賑わっていた。
通りの両岸には串物や安っぽい雑貨を売る露店が密に犇めき、上空では蓮の花や牡丹を模した燈火が後宮の美姫の如く妍を競い、中華風の町並みを華やがせる。
家族連れや恋人たちが仲睦まじくそぞろ歩く往来は喧騒に沸き、黒子が担ぐ張子の龍が勇壮に踊り狂い、極彩色の紙吹雪が盛大に降り注ぐ。
旧正月を迎えて間もないその日、呉たち一家は祭りに繰り出していた。
夫と並んで歩く夜鈴は朗らかな笑顔を絶やさず、シーハンは目に映るもの全てにはしゃいで手を伸ばす。
ふたりが着ている旗袍はこの日に備え新調した。呉も同じ色柄の長砲を纏っている。
着慣れない伝統衣装にしぶしぶ袖を通したのは、親子でお揃いにしたいと夜鈴がねだったから。
呉が屋台に陳列された珍味に興味を示す。
『トカゲの姿焼きだって。精が付きそうだな』
『これ以上付けてどうすんの』
『今夜のお愉しみ』
『ほんっと馬鹿』
『しっぽからいく?それとも頭からバリバリ』
『食べないわよ』
『ゲテモノ好きなくせに』
『私の旦那はかっこいいもん』
前から人が来る。
『おっと、』
咄嗟に抱き寄せて庇えば、得意満面切り返された。
『ほらね』
『爸爸』
だしぬけにシーハンが声を上げ、往来のど真ん中を指さす。円い広場で巨大な張子の龍が暴れていた。
『あれは蛇じゃないわよ、もっとおっきくてかっこいいヤツ』
『蛇だって十分デカツヨだろ。特に下半身』
『悪趣味な銃の彫刻見せびらかすから長くてにょろにょろしたのは全部蛇で爸爸だって思い込んじゃったのよ』
『お前だってかっこいいって褒めてたじゃん』
『あ~やだやだ、なんで男っておっきくなっても男の子なのかしら』
『乙女心を忘れねェ非処女とどっちがレアかな』
『それは結構多いわよ。よく言うでしょ、大事なのは最初の男じゃなくて最後の男。運命の人に出会うまで心の処女膜は破けないの』
『何それ怖ェ』
下ネタを投げ合うふたりをよそに娘の頬は上気し、大きな瞳はきらきら輝いていた。
『よく見えねえ』
広場には人だかりができていた。無理矢理割り込もうとする夫を引き戻し、夜鈴が悪戯っぽい目配せをよこす。
『よいしょ』
不意打ちでシーハンを肩車する。
『ちゃんと捕まってろ』
『うん』
首を跨いだ脚をしっかり支え、群衆の最後列にたたずむ。
胡弓や銅鑼のお囃子に合わせ長大な胴が波打ち、龍が跳躍する。呉の位置からは人の頭しか見えないが、シーハンが喜んでるならそれでいい。
地面にまかれた爆竹が爆ぜ、甲高い破裂音が響く。
『っ!』
『いてっ、むしんな』
爆竹の音にびっくりしたシーハンが父の髪に顔を埋め、大粒の涙をぽろぽろ零す。
『ふぇぇ』
『大丈夫。怖くねえ』
『ばんってゆった』
『花火だかんな』
『にょろにょろ?』
『お互いのケツ追っかけてぐるぐる回んのは仲良しの証拠』
頭上でべそかくシーハンをなだめていると、軽やかな足音と共に夜鈴が駆け寄ってきた。
串に刺さった糖葫芦を両手に持っている。
『はいシーハン。こっちはおまけ』
目の前にさしだされた糖葫芦に顔を輝かせ、シーハンが足をぱたぱたさせる。
全身で喜びを表現する娘から息を弾ます妻に視線を転じ、聞く。
『お前の分は?』
『手は二本しかないでしょ』
『片手に二本持て』
『うるさいなあ早く帰ってきたかったの、私がいないとシーハンがギャン泣きするでしょ。列に大勢並んでたしすぐ後ろで小さい子が待ってたし』
無類の甘党にもかかわらず夫と子供を優先した夜鈴のふくれ面に吹き、嬉々として糖葫芦をしゃぶるシーハンを眩げに仰ぐ。
『うまいか』
『好吃』
シーハンがきゃっきゃっ笑いながら腕をぶん回し、串からすっぽ抜けた糖葫芦が一粒飛んでいく。
『ごっそさん』
すかさず顔を突き出し咥えればさらに面白がって笑い転げ、真面目な顔を取り繕おうとして玉砕した夜鈴が続く。
『余っ程気に入ったのね、特等席』
『視点の高さが変わってテンション爆上がりってか』
西空が暮れなずむ頃合いを見計らい、十重二十重に張り渡された燈火の芯が灯り、シーハンと夜鈴の顔が暖色に滲む。
呉は夜鈴に串を回し、糖葫芦を分けて食べる。
それからも露店をひやかし、時折ぐずるシーハンをあやしながら食べ歩き、大道芸の紙芝居やら人形劇やらに打ち興じ、家族揃って祭りを楽しむ。
『綺麗ねえ』
『ああ』
『来年もこようね』
ランタンが幻想的に暈す中華街の夜景を眺め、感動した夜鈴が囁く。
肩車されたシーハンが明かりに手をさしのべ、掴み損ねて不思議がり、鈴なりのランタンを名残惜しげに振り仰ぐ。
再び爆竹が鳴る。
否、銃声が。
誰かが夜鈴の首に腕を回し、尖ったおとがいに銃を突き付ける。
『女房の具合は上々だったぜ。人妻の味見は癖になる』
例の賞金首が旗袍を引き裂き、豊満な乳房を捏ねくり回す。
瞬時に懐から銃を抜き放ち、引鉄を引くまさにその刹那、肩に座すぬくもりが消え失せた。
目の前の光景に注意を奪われ、肩車したシーハンの存在を忘れていた。
『ガキと女はもらった』
呉の頭上から転がり落ちたシーハンが賞金首の手に渡り、狂ったように泣きじゃくる。
『お願いこの子にだけは手を出さないで、私にはなにしてもいいから』
燃え滾る激情に駆られ咆哮。
女房を捕らえた賞金首にありったけの弾丸を叩きこまんとし、手ごたえのなさに戦慄する。
空砲。
シリンダーが気忙しく空回りし、引いても引いても撃てず焦燥と徒労を寸刻みにしたトリガーがカチンカチン虚無を噛む。
夜鈴とシーハンを返せ。
『そりゃ命令か?テメエの立場わかってんのか?』
頼む。
なんでもする。
このとおり。
『身代わりになるってか。殊勝な心がけだな』
賞金首の顔が奇怪に歪み、目鼻が埋没した醜悪な肉塊と化したのちおぞましく溶け崩れ、調教師や老大哥の顔に変化していく。
凄まじい葛藤が足を縛り付け、銃を持ったまま無防備に立ち尽くす。
『どうした?来いよ。やっぱりやめるか、ならそこで見てろよ』
賞金首が調教師が老大哥が、その全部の顔を持った男が夜鈴をもてあそぶ。
『たすけて浩然』
やめろ。
『お願いよ、シーハンだけでも』
やめてくれ。
銃口がブレてうるさく鳴り、リボルバーを構えた腕まで情けなく震えだす。
賞金首がむずがるシーハンを脱がし、乳臭い肌を嗅ぐ―――――
『爸爸あぁあぁ……』
即座にリボルバーをかなぐり捨て、その場に跪く。
何をすればいいかわかっていた。
ずっとしてきた事だ。
賞金首の股ぐらにむしゃぶり付き、両手と口でぴちゃぴちゃ奉仕する。
夫の奇行に夜鈴が立ち竦み、父の醜態にシーハンは泣き止む。
塩辛い。
生臭い。
吐きたくなるえぐみを我慢して嚥下、口の中で育ち始めたペニスに舌を這わす。
『浩然?』
るっせえ。
『爸爸?』
黙ってろ。
食い入るように注がれる妻と子の視線が嫌悪と軽蔑に冷え込むのをひしひし感じ、あらゆる感情を押し殺し、死ぬほどまずいペニスを舐め回す。
『竿をたっぷりねぶって、ストローク深くして、玉を手コキするんだ。歯ァ立てたら女房のケツにねじこむかんな』
大昔に叩き込まれた手管を反芻し、ぶり返す記憶に抗い、当時の感覚を取り戻す。
ぱく付く鈴口からとぷとぷあふれる苦い雫を啜り、ずんぐりした亀頭を吸い立て、二股の舌先でくびれをくすぐり唇の裏にひっかけ、相手を気持ちよくする事だけ考えふやけた頭で尽くす。
『じゅぽじゅぽ上手におしゃぶりするもんだなあラトルスネイク、汁まみれのエっロい面でチンポ咥えて嫁と娘がぽかんとしてるぜ』
苦しい。息が詰まる。口の中でまた膨らむ。喉の奥を突かれてえずき、しかし嘔吐は許されず、顎のぬめりを鬱陶しげに拭い、息を継いでまた頬張る。
『もっと下品に。ぐぽぐぽ音たてて。やらしい顔で』
膝立ちでペニスを捧げ持ち、粘りを増した唾液を捏ねる音も淫猥に愛撫し、頭を押さえ込む手を払いのけたい衝動を殺し、顔を右に左に傾げ微妙な捻りと緩急を加え、ご立派な肉棒の付け根から亀頭までちろちろ遡っていく。
『よく締まる喉マンだな、気分出してきたじゃねえか。エグいフェラに女どもがドン引きしてらあ』
背けた顔に突き刺さる視線がままならない火照りと疼きを広げ見るなと狂おしく念じれば念じるほど今すぐ蒸発したい惨めさ虚しさが募り今もって忘れ得ずあがき続ける過去を蒸し返され澱のような雑念が思考を蝕んでいく。
『脱皮を手伝ってやる』
見んな。
賞金首が呉の頭を掴み、固い尻に杭を打ち込む。
犬歯が食い破るまで唇を噛み縛り、それでも足りず腕を噛んで喘ぎ声を殺す間も先端からぱたぱた雫が滴り、長い歳月を経て再び破瓜された肛門は切れて激痛を与え、筋張った内腿を緩やかに血が伝い、体重を支える膝ががくがく笑いだす。
『腰が上擦ってきた、嫁と娘にガン見されて感じまくるとかあきれた節操なしだな』
淫靡な衣擦れを伴い、前身頃に結んだ紐をしゅるしゅるほどいてく誰かの手。
『絶頂するところを見せてやれ』
上衣が剥かれ。
『前がびんびんに勃ってるぜ、ケツマンの食い締めも最高だ。それでよく所帯もてたな、突っ込むより突っ込まれる方が好きなくせに』
下衣を捲られ。
『あなた……イッたの』
腕の肉をおもいきり噛んで突っ伏し、ドクドク脈打って奥に注がれる迸りに耐え抜く。
『恥知らず』
調教師が老大哥が賞金首が、三人の面影が悪夢のように混ざり合った異形の男が人と同じ左半身を上気させた呉に纏い付き、右半身の鱗をうまそうに舐め上げ、腫れた乳首をひっかき、切り立った腹筋を揉みしだき、裏漉しに弱い臍の窪みを亀頭でほじくり、蛇の抜け殻の如く窄んだ長砲に埋まる肢体を貪り尽くす。
老大哥が呉の引き締まった脚をこじ開け、前立腺刺激で強制的に勃起させられた陰茎を戴く。
『爸爸の股に生えた赤い蛇をごらん。お嬢ちゃんはここから生まれたんだよ』
シーハンが理解不能な表情で凍り付き、幻滅した夜鈴が身を翻し去って行く。
胃がでんぐり返り、吐いてもまだ打ち込まれた。
伸ばした手が虚しく宙を掴み、往生際悪く追い縋った影が離れ、後には妻子と揃いで仕立てた新しい長砲をよってたかって脱がされた男だけが残された。
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