魔女の弟子≪ヘクセン・シューラー≫

まさみ

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六話

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……落ち着きました?
あ~あめちゃくちゃですよ、こんなに散らかしちゃって。アインス・ツヴァイ・ドライで指ぱっちん、元通り。
誤解なさらず、責めてるんじゃありません。
貴方は錯乱していた。
力ずくで事を終えた後、愚にも付かない罪悪感に駆られたんでしょ?
そんな時に異端審問官ご一行様に踏み込まれたらそりゃあねえ、びびってケツ捲って逃げ出しますよ。

ダミアンは体を張って可愛い弟子を逃がした。
彼が暖炉に蹴り込んだ草の実は火中で弾け、審問官一行を脅かすのに成功した。
小屋を後にした貴方は夜通し道を駆け、逃げて逃げて逃げまくりました。
飲まず食わずでどれだけ歩いたでしょうか。峠道で行き倒れた所に、同胞の馬車が通りかかったのは僥倖でしたね。

親切な旅芸人一座は衰弱しきった貴方を介抱してくれました。
一週間もする頃には回復し、体を動かせるようになります。
人心地付いた貴方がまず真っ先に心配したのは、異端審問官に囚われた師匠の安否でした。
貴方は旅芸人一座に男魔女の消息を聞きました。すると簡単に所在が割れました。
「ああ、リルケの村外れで薬師をやってた若いのだろ?今は修道院の牢に捕まってるよ」
「自白したのか」
「さあねえ、そこまでは」

ダミアンはまだ生きていました。辛うじて。
心の底から安堵しました。貴方は師の救出を誓い、旅芸人一座と別れた足で隣町へ赴き、夜闇に乗じて修道院に忍び込みます。
潜入に際しては一人旅をしていた頃に培った、コソ泥の技術が役立ちました。

修道院の間取りはどこも似ています。
牢屋は大抵地下です。

柱から柱へ物陰を縫い進む最中、ふいに固い靴音が聞こえてきました。

「審問官様の気まぐれにゃまいるよなあ」
「人払いしてじっくりお愉しみだとさ」
「随分とあの男魔女にご執心じゃねえか、個人的な因縁でもあんのかね」

ダミアンは地下牢にいる。
審問官と一緒に。

どうようもなく不吉な胸騒ぎが募り、衛兵たちが離れるのを待って素早く移動します。

もうすぐ会える。
どうか無事でいてくれ。

狂おしく念じて石段を下り、饐えた匂いがする牢屋に辿り着きました。
鉄格子の奥には闇が立ち込めています。

「ダミアン・カレンベルク」

威圧的な声が殷々と反響し、ランプの仄明かりに恐ろしい光景が浮かび上がりました。

ああ、それは。
それは恐ろしい光景で。

「いい加減白状する気になったか」
地下牢の中には二人の人間がいました。片方は壮年の異端審問官、片方は上半身裸で逆さ吊りにされたダミアン。
足と腕を縛られ、樽に浸けられていました。
「うぐっ、げほっ、がっ」
審問官がゆっくりリールを巻き上げます。
無骨な鎖が軋み、ダミアンの顔が水面上に出ました。裸の上半身には鞭打たれた痕が痛々しく刻まれています。
「しな、い」
「そろそろ胃袋がはち切れる頃合いだが、まだ飲み足りないらしい」
審問官が酷薄に笑い、またしてもダミアンを水に沈めます。腕と足を縛られていては抵抗できません。

がぼがぼ、がぼがぼ。

やめてくれ。
もうよせ。
認めちまえ。

魔女だと認めさえすれば拷問は終わるのです。

「強情な男だな」

再びリールを巻き上げ、濡れ髪を張り付かせたダミアンと向き合い、審問官があきれました。

「さっさと告発しろ」

え?

「……しら、ない。魔女は僕だけ……あとは普通の人間……」
「そんなはなずない。ヴァイオリン職人の娘はどうだ、男に色目を使うのが好きな」
「彼女は、普通の、女の子だ。最近失恋した」
「ハンスの上の娘は」
「あの子も普通、の……きょうだいの面倒をよく見る……」
息も絶え絶えに言葉を紡ぐダミアン。業を煮やした審問官が舌を打ち、捕虜を石床に落としました。

ダミアンはとうに魔女だと認めていました。
拷問が長引いているのは、隣人の告発を拒んだから。

「お前を告発したのはそのハンスだぞ。赤ん坊を呪ったそうじゃないか」
「違、ぐっ!」
脇腹に靴の先端がめりこみました。あばらが折れたかもしれません。審問官は暴力がもたらす高揚に酔い痴れ、続けざまダミアンを蹴り飛ばします。
「男の身で産婆術を物し媚薬を煎じるとは、カトリックの教えに背く悪しき振る舞いだ。悪魔と乱交したか?家畜と番ったか?」
「がほっ」
鎖が這いずる音が響き、ダミアンが激しく噎せ、大量の水を吐きました。

まだだ。
まだ駄目だ。
地下牢は施錠されており、今飛び出した所で共倒れは避けられません。
手のひらに爪が食い込む痛みで理性を保ち、息を殺して機を伺い続ける貴方の耳に、審問官のため息が届きます。

「頑固だな。一週間ぶっ通しで痛め付けて吐かないとは、あのツィゴイネル女以来だ」

落雷のような衝撃が背筋を貫きました。
ランプの明かりが暴いた審問官の素顔は、数年前に見た、母の敵のものでした。

石床に倒れたダミアンの顎を上向け、審問官が囁きました。

「ヤツも最後には折れた。息子を拷問にかけると脅したら効果覿面。さんざん嬲りものにしても靡かなったのに」

魔女狩りの対象にはツィゴイネルも含まれました。
貴方のお母上は異端審問官に捕まり、一週間の拷問の末、火炙りに処されました。
当時滞在していた村の人間に告発されたのです。
いうまでもなく冤罪でした。ゾラさんの美貌を妬んだ主婦の計略。

身内から魔女を出したキャラバンは解散を余儀なくされ、魔女の息子は追放されました。

疑わしきは罰せよ。
それが魔女狩りの不文律。

ダミアンの顔を手挟み、審問官が猫なで声で言い聞かせます。

「可哀想に、凍えてるじゃないか。水責めはこたえたろ?たらふく飲んだものな」
それからまた離れ、炉で炙った焼き鏝を持って戻り、裸の背中を踏み付けました。
「温めてやる」
焼き鏝が灼熱の蒸気を噴き上げます。
地下牢に絶叫が響き渡り、真っ赤な烙印を捺されたダミアンがのたうち回ります。
「さあ吐け」
「しら、ない。関係ない」
「誰が魔女だ」
「僕だ。僕だけだ」
「他にもいるはずだ。庇い立てするな」
ジュッ。肉が焼ける音。絶叫。真っ赤な烙印。鼻孔を突く悪臭。こみ上げる吐き気。

貴方は階段の側壁に隠れ、地下牢で行われる惨たらしい拷問に目と耳を覆い、時が過ぎるのを懸命に待ち侘びました。

どうして。
わかりません。
あの村の連中に庇い立てする価値などないのに。

「うっ、ぐ」

えずくダミアンの肩甲骨に、背中の中心に、臀の丘陵に烙印が捺されました。

「ネタは割れてるんだぞ。お前が飼ってたツィゴイネルの小僧……アレも悪魔だろ。どっちが先に誑し込んだ?お前か、アイツか?村の連中が証言したぞ、アイツもお産を手伝ったそうだな、臍の緒は呪術の材料にしたのか」
「あの子は、赤の他人だ」

君は僕の弟子だ。

「何年か前に拾って、とるにたらない雑用を任せてたんだ。恩を売った分だけタダ働きしてくれて、使い勝手のいい下僕だったよ。ああそうだよ、召使いにするんじゃなきゃ誰がツィゴイネルなんか……所詮強請りたかりを生業にする野蛮な連中だ、あんな餓鬼に魔術の深奥がわかるもんかサバトに列する資格もない!」

ダミアンが狂った哄笑を上げ、脂汗と汚れにギト付く顔で宣言しました。

「よく聞け審問官、あの村の魔女は僕だけだ!僕こそ赤ん坊を呪い殺した張本人、村がおかしくなった元凶はダミアン・カレンブルクをおいて他ない、愚鈍な村人や居候は一切関係ない、連中が魔女なんて馬鹿も休み休み言えよ、あんな単細胞どもに他人を呪い殺す力と知識があるわけないだろ、これは我が主が僕にだけ授けた特別な力、神をも凌駕する万能の権能だ!凡愚の浅知恵で貶めるとは恥を知れ!」

凄まじい剣幕に気圧された審問官が、フンと鼻を鳴らしました。

「よろしい。ならばサバトの様子を申し述べよ」
「……」
「どうした。早く。悪魔と交わったんだろ」

低い恫喝。
ダミアンは俯きます。

「僕、は、悪魔と交わった」
「具体的に」
「……真っ黒な山羊の姿をした悪魔と……十年前から……最初は夢に現れて、それ、で」
「尻を貸したのか?」
「抱かれた」
「何回?」
「何度も。数えきれない位。毎晩のように身を捧げた」
「おさかんだな。居候は気付かなかったのか」
「彼は何も……ッ、ぐ、隣のベットで。僕、は、犯された」
「悪魔のイチモツはさぞでかいだろうな。人間と同じ形状をしてたのか」
「牡鹿の角、のように、固く、て、瘤がゴツゴツして、絶頂が止まらなッ、い」
審問官が舌なめずりし、ダミアンの後ろに回り込み、両脚をこじ開けました。
「どれ、調べてやる」
「~~~~ッあぁっ」

見たくない。
やめてくれ。

願い虚しく視線の先でダミアンが凌辱されます。
審問官が肛門にツプリと指を突き立て、前立腺のしこりを意地悪くピストンします。
「初物ではないな。やはり小姓と……」
「ちが、うっ、相手は悪魔、だ」
「村人たちが噂してたぞ、夜な夜な背徳に耽っていると」
「誤解だ、ッあンっぐ」
「助手は建前、本当は稚児じゃないのか。お前たちは出来ていた。故に所帯を持たず、夜毎乳繰り合っていたのだろ」

今漸く、ダミアンが独り立ちをほのめかした理由を悟りました。

異端は罪。
男色は罪。
男の身で薬師を務めるだけで白い目で見られるのに、この上師弟の仲まで疑われたら打撃を被るのは貴方。

下世話な噂話が届かなかったのは、ダミアンに守られていたから。

「これは異端審問だ。お前が悪魔と番ったかどうか、奥の奥まで暴いて確かめてやる」

鎖が軋みます。
審問官がリールを操り、再びダミアンを吊るし上げ、勃起した男根を打ち込みました。

「あッ、が」
「淫らな体だな。悪魔が虜と化すわけだ」

次第に喘ぎ声が高まり、抽送のスピードが上がっていきます。
審問官は時折ダミアンの背や臀を鞭打ち、それと連動する括約筋の食い締めを楽しみ、固く太い剛直を根元まで埋め、かと思えば真っ赤に爛れた烙印をぴちゃぴちゃ舐め回し、萎縮しきった青年の陰茎を律動に合わせしごきたてます。

「ぁッ、ぁッ、ふぁんっ、ぁあっあ」

魔女が被虐の官能に目覚め、肛虐の快感に慄き、陰茎が雄々しくそそり立ちます。
鈴口からは粘り気帯びた濁流がとぷとぷ滴り、赤らんだ顔は淫らに蕩け、肉棒が抉り込まれる都度鎖が複雑に絡まり、水浸しの裸身が艶めかしく踊り狂います。
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