魔女の弟子≪ヘクセン・シューラー≫

まさみ

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五話

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一週間後、坊やの後を追うようにハンスの女房が亡くなりました。
村には謎の病が蔓延し、家畜や人間が次々倒れていきます。
貴方とダミアンが住む家には石や生卵が投げ込まれ、外出のたび心ない中傷にさらされました。

村外れの森に男の魔女が住んでいる。
臍の緒や胎盤を煮込んで、媚薬を作っている。

そんな噂が近隣の村や町に出回り、ダミアンは鬱々と塞ぎこみ、貴方はせめてもの慰めにと傍らでヴァイオリンを弾いて過ごします。
もはや黒い森の師弟と親しく口を利く村人はおらず、誰も薬を乞いにきません。
失意のどん底のダミアンは、同居する貴方すら遠ざけるようになりました。

「図鑑の整理?手伝うよ」
「ひとりにしてくれ」

地下室へ消えてく背中に突っぱねられ、階段の上に立ち尽くします。

「絶対に覗かないで」
「師匠……」
「決まりごとを破ったら追い出す。本気だ」

木戸には閂が下り、師の心も閉ざされました。

以来、ダミアンは地下室にひきこもります。中の様子はわかりません。たまにゴトゴト音がします。

重苦しい日々が続いた夜。
ダミアンの図鑑の写本中、机に突っ伏して居眠りしていた貴方は、戸を開け閉めする音に目覚めました。

「ダミアン?」

夜半にどこへと怪しみ、こっそり尾行します。
最近のダミアンは酷く窶れて足取りも覚束ず、夜の森をさまようすがたは幽霊さながら存在感が希薄でした。
やがて村の入口にさしかかります。

一軒目。
ダミアンが懐から何かを出し、窓辺や戸口に置きます。なんでしょうか?
入れ違いに覗き込み、キツい匂いをまき散らす野草の束に言葉を失いました。

悪魔の鉤爪に似て先端が尖った葉っぱ。
鈴なりにしなだれた、真っ黒で歪な実。
強烈な幻覚作用を引き起こす毒草。

ダミアンは夜闇に乗じ村の家々を回り、一軒一軒毒草を置いていたのです。
魔女の誹りを免れない奇行でした。

さて、貴方はどうしたでしょうか?答えは簡単、見て見ぬふりです。ダミアンが向かうさきを確かめず、森の小屋に飛んで帰り、知らんぷりを決め込んだのです。
しかし遠からず限界が訪れます。

ダミアンは何してるんだ?
あの毒草のブーケは何なんだ?
もし本当にダミアンが魔女で、嫌がらせした村人に呪いをかけてんなら、弟子の俺が止めなくちゃいけない。

待てよ。
本当にそれが正しいのか。
ダミアンの復讐は正当じゃないか。恩を仇で返されたんだ、怒って当然だ。
ハンスの恩知らずな仕打ちは許せない、自分から泣き付いてきた癖に。
他の村人もそうだ、ダミアンが役立たずと判明した途端手のひら返して追い詰めて……。


ダミアンは悪くない。
俺だって悪くない。
俺たちはただ森の奥で寄り添い合って暮らしてただけじゃないか、ひっそり息を潜めて生きてただけじゃないか、俺はずっとずっと平穏な日々が続けばいいと願ってたのに。


毎夜軒先に置かれる毒草の束に村人たちは恐れ慄き、ダミアンの仕業じゃないかと噂し合います。

「呪術の一種?」
「目印を置いて回ってるんだよ」
「縁起でもねえ、竈で焼き捨てろ」

ひそひそ、ひそひそ。
村人たちが集団ヒステリーに陥る一方で、家畜はどんどん病み衰え数を減らしていきます。
遂には百姓たちが飼っている鶏が消え始めました。泥棒がいるのです。

「病んだ鶏なんか盗んでどうすんだ?」
「生き血で魔方陣を描くんだよ、でもって悪魔を召喚する」
「犯人は……」

広場や道端に老若男女が寄り集まる都度憶測が飛び交い、ダミアンへの疑惑が深まります。
森の入口から小屋の方角にかけ、点々と滴る血を見たと証言したのはエルマー親方です。

貴方は親方に食ってかかりました。

「赤子殺しの次は鶏泥棒かよ、ふざけんな!」
「実際地面に血が落ちてたんだ」
「どうせお前らが仕組んだんだろ」
「あ?」
「一緒に住んでるけどなあ、鶏の鳴き声なんかちっとも聞いちゃいねえよ!師匠が鶏盗んだのがホントならおかしいじゃねえか、その前に病気の鶏の卵なんか食えっかよ!」
「騒ぐ元気もねえってこったろ、それか途中で絞めたかうろんな草で酔っ払わせたか」

真っ黒な実を付けた毒草。
めまい。
幻覚。

「でたらめぬかすな!」

最後まで聞いていられず取っ組み合い、されど叩き伏せられ、絶望的な気分で森に帰りました。

しめやかな衣擦れ。密やかな足音。今夜もまた扉が開き、ダミアンがどこかへ出かけていきます。

行き先は村でしょうか。ブロッケン山でしょうか。サバトでしょうか。山羊の姿をした悪魔と交わり堕落するのでしょうか。

待って。
行かないで。
ひとりぼっちにしないで。

夢とも現実とも判じかねる闇の中、遠ざかる背中に手を伸ばします。
疑心暗鬼に苛まれ、夜もろくに眠れず、そんな日々が三か月ほど続きました。

「ダミアン!」

遂に声を上げました。

「毎晩どこ行くんだ」
「散歩に」
「こんな遅くに?苦しい言い訳だな。知ってんだぞ、村中の家に毒草の束置いて回ってること」
「……」
「ありゃなんだ。まじないか。俺とアンタの仲で水臭い、教えてくれよ。恩知らずのハンスにくそったれエルマー親方、いけすかねえ村人呪ってんの?」
「違、」
苦しげに顔を歪めて否定するダミアンを見た瞬間、激情が弾けました。
「行くな」
怯えた声で引き止めます。
「……すまない」
ダミアンは小声で謝罪し、闇の彼方へ駆け去ろうとしました。
すかさず肘を掴んで引き戻し、縺れるように倒れ込んで、唇を奪いました。
「アンタ、魔女なのか?」

ダミアンはぽかんとしました。
当たり前です。
今まで弟子と思い育てた少年が下剋上を企て、自分に跨ったのですから。

「ハンスの赤ん坊を殺したのか」
「……かもしれない」
「断言できねえのかよ」
「教会の教えに背いたから」
「で、なんで罪もねー赤ん坊が罰されなきゃなんねーんだよ。ていうか、さ、それなら俺も同罪だろ。お前の言いなりで臍の緒切った」

俺は魔女の弟子だ。
もういい。
それでいい。
ごめん、母さん。

拳でダミアンの胸を叩き、やるせない表情で思いの丈をぶちまけます。

「どうして頼ってくんないんだ、全部ひとりでしょいこもうとするんだよ!俺はお前の弟子だ、二年間毎日読み書き習って薬草を仕分けした、だったらまじないの片棒も担がせろ!仕返ししてえっていうなら手伝うよ、恩知らずなハンスやエルマーをぎゃふんと言わせてやろうぜ、連中が憎いのは俺も一緒だ、きちんとやり方教えてよ!村人んちに置いて回る毒草の意味は?本当に鶏盗んだの?二年間一生懸命勉強したんだ、全部アンタが教えてくれた、今じゃ綴りを間違わず名前を書ける、アインス・ツヴァイ・ドライ以上の勘定だって余裕だ、魔方陣だって描ける!サバトでもどこでもお供する、ッ、から」

喉も裂けよと叫びます。

「ちゃんと俺を巻き込んでよ!!」

村人たちはダミアンの献身に悪意で報いました。村に貢献したダミアンを迫害しました。

「あんな奴ら、死んで当然だ」

嗚咽を詰まらす貴方を毅然と見据え、敬愛する師が無表情に告げます。

「でてけ」

事実上の絶縁宣言でした。

「ツィゴイネルに情けをかけたのが間違いだった」
「師匠」
「もううんざりだ。疲れたよ。君ときたら僕の本性も知らずうるさく纏わり付いて、正直イライラした」

紫色の双眸に狂気を滾らせ、いざ胸ぐらを掴み返し、普段の温厚さをかなぐり捨て。
人間性の極北といえる、醜悪な形相で。

「薄汚いツィゴイネルを家においたのは生贄にする為、我があるじへの捧げものとして家畜のように飼いならしたのさ。下ごしらえに二年もかかったのは誤算だった、どのみち茶番はおしまい、村の連中に怪しまれちゃ潮時だ。口が減らない役立たずの顔なんて二度と」

たった十五年の人生において最も満ち足りていた歳月を否定され、衝動が爆ぜました。
即座にダミアンの着衣を剥ぎ、きめ細かい肌を愛撫します。

「何、を」
「教会が禁じてんのは産婆だけじゃねえ、男色もだ。男が赤ん坊を取り上げるのが罪だってんなら、これだって罰されてしかるべきだよな」

色恋沙汰に興味ないのかと聞かれ、ないと答えたのは半分嘘。
ずっとダミアンに惹かれていました。

「師匠でも弟子でもねえなら遠慮はいらねえ、追ん出る前に美味しい思いしたってかまわねェよな」

日に日に深まり募った憧憬と思慕が執着に裏返ったのは、ダミアンに手のひら返しで厄介払いされかけた時。

「なあダミアン、まさか俺が童貞だって思ってたの?おめでたいな」

ダミアンの四肢を組み敷き、ねっとり囁きます。

「ロマのガキの一人旅だぜ。旅費稼ぐにゃ身を売るしかないって、世間知らずでもわかりそうなもんじゃねえか」

そうです。
貴方は処女でも童貞でもない、両方とも子供の時分に奪われていました。

「あの日雨ん中追われてたのは、ヤッたあと殺されかけたからだよ」

行く先々で悪意が牙を剥いた。
独りぼっちだった。
手をさしのべてくれたのはダミアンだけ。

「離れ、ろ」
「嫌だ」
「聞き分けて」
「抱かせて」

ダミアンは食事が喉を通らず痩せ衰え、片や貴方は成長し体格で上回ります。

「痛ぐ、あ」

ダミアンは貴方の全てだ。
失いたくない。

「俺の知らねえとこで魔女や悪魔とまぐわってたの」

異形の悪魔や妖艶な魔女と師が絡む痴態を妄想し、嫉妬に狂って口付け、貧相な胸板を切実に撫で擦り、形良い陰茎を捏ね回します。

「よせ、うッぁ」
「悪魔とヤんのがそんなにいいの。俺だって上手いよ。絶対気持ちよくする」
「手をどけ、て、あッふぁ、そんなところさわるな」
「一緒に堕ちたい」

嗚呼、それほどまでに彼を。

「アンタと契りゃ、はれて魔女の眷属だ」

ダミアンは泣いていました。
何度も貴方の名前を呼び、離れろと懇願しました。
しかし貴方は無視し、ひくひくもたげ始めた陰茎が分泌する雫をすくい、会陰に塗り広げてよく揉み込み、上品な色合いの後孔をこじ開けました。

「ァっ、ああっ、ぁうっ」

破瓜の痛みに仰け反るダミアンを押さえ込み、両膝を掴んで割り開き、激しい抽送を開始します。

「愛してる。好きだ」
「ぅ、ひぐっ、ンぁあっ」

青年の腰が上擦り、お互いの顔が赤らみ、絶頂が近付いてきました。貴方は夢中でダミアンの唇を吸い、赤く芽吹いた乳首を抓って刺激し、涎をたらして喘ぐ顔にまた催し、奥の奥まで突きまくりました。

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッぁあ」

ダミアンが果てるのと貴方が達するのは同時。
しっとり汗ばんだ茶髪を散りばめ、射精の余韻で痙攣するダミアンの目から、理性の光が蒸発していきます。

直後、小屋の扉が蹴破られました。

「リルケ村の薬師ダミアン・カレンベルク、異端の容疑で逮捕する」

怒涛を打って雪崩れ込んできたのは異端審問官の一行。
陣頭指揮にあたる男が朗々と罪状を読み上げ、役人に命じてダミアンを捕縛し、貴方を引き離しました。
下半身を露出した貴方を苦々しげに一瞥、審問官が吐き捨てました。

「噂は本当だったか、汚らわしい」

ダミアンがなりふり構わず暴れ狂い、押し倒された拍子に撒かれた薬草を暖炉に蹴り込みました。
刹那、ボッと炎が膨らみました。
「逃げろ!!」
審問官たちが気圧された隙を突き、全速力で部屋を突っ切り、窓から脱出しました。
「魔女の下僕が逃げた!」
「捕まえろ!」


貴方は逃げた。
師匠を見捨て。
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