オレオレ御曹司

まさみ

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三十六話

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 『詐欺師は知能犯だ』
 それが御影の口癖だった。
 『極端な例じゃ人様を殺傷するより厳しく裁かれるケースもある。考えてもみろ、計画殺人が世の中占める比率を。統計の一割にも満たねえよ。殆どがついカッとして、だ。衝動殺人や行き当たりばったりの強盗なんかと違って詐欺ってのは極めて自覚的計画的な犯罪、未必の故意の抜け道が通用しねーのさ』
 『みひつのこいってなんすか?』
 『いーい質問だ』
 人さし指を立てご満悦に笑う。
 『未必の故意とは実害の発生を積極的に希望ないし意図するものではないが自分の行為により結果として実害が発生してもかまわないって心理状態をさす。たとえば飲酒運転のトラックが車に衝突し運転手が死亡したら事故るかもしれねーのを承知で飲んだのがこれに準ずる。結果的に殺っちまったが殺人の意志はなかった、故意じゃなけりゃ罰せられない、よって減刑の余地ありって論法だな』
 ギッと椅子を揺すりあたりを見回す。
 『詐欺はこれに当てはまらねえ、実害でるのを前提で人を騙すんだからな。いうなりゃ必須の故意だ。泥酔した運転手が十人中十人事故おこすとは限らねーが詐欺のカモは十人中十人破産、後者のがより罪深いって見方もできる。人を殺すのは誰でもできる、事前に仕入れた情報や知識を元手に人を騙すのはそうはいかねえ。強盗や窃盗で上がる稼ぎなんてたかが知れてる、それに引き換え詐欺はたった一回で何千何億のボロ儲けだ。いいか?詐欺ってのは仕掛け手を選ぶ知的な犯罪なんだ』
 知略と詐術を駆使して巧妙に人を騙すのが詐欺師の本質。
 上手く人を騙すのは頭のいいヤツにしか出来ないというのがその持論。
 悦巳が見たところ御影は与えられた肩書きに満足してるようだった。
 御影は実利主義を奨励した。
 振り込め詐欺に歩合制を導入し月毎のノルマを設け、バイトが互いをライバル視し競い合うよう仕向け、期待された以上の結果を出し組に利益を還元した。
 儲けた金は暴力団の運用資金となり、地盤固めに役立ったという。
 詐欺は頭のいいヤツしかできないというのが御影の口癖だった。
 他の単純な犯罪とは違い奥が深いと、まるで誇るように言ったものだ。
 『詐欺には仕込みがいる。お前らだってわかってると思うが、成功させたいと思うなら入念な下調べが必要だ。振り込め詐欺はバカでもできるって思ってんだろ?とんでもねえ、こいつは意外に頭を使う。いくら痴呆老人が相手つってもあやしまれちゃおしまいだ、そこをいかにごり押しで納得させるかテクニックの見せ所ってわけさ。要は機転だよ、機転。高校中退だからって卑下すんな、お勉強ができるのと頭がいいのとは違うんだ。お前がいい例だ、悦巳』
 頬杖をつきこめかみをつつく。饒舌に興が乗る。
 お気に入りのペットでも眺めるような目つきで悦巳を見、椅子に体重を掛けて続ける。
 『年寄りは孫に甘い、お願いじいちゃんばあちゃんて泣きつかれたらほいほい言う事聞いちまう。バイクで事故った、車で事故った、ヤクザのベンツにぶっつけちまった、示談金が入用だ。死にぞこないに泣き落としは効果的、孫のピンチに一肌脱ごうって連中がどんだけ多いことか。普段忘れ去られてる反動だろうな、必要としてもらうのが何より嬉しいのさ。が、お前は特別だ。あしらいってもんがわかってる。お前のその人懐こいしゃべり方は年寄りウケがいい、甘え上手でイヤミがねえ、何をどうすりゃひとに気に入られるか心得てる』
 それまで人に褒められるという経験を滅多にしてこなかった。
 学校の成績は下から数えた方が早く、学費を払う伯母に金の無駄遣いだとさんざん嫌味を言われた。
 運動はそこそこできたが公式競技で記録は出せず、逃げ足の速さだけじゃ自慢にならない。
 施設では年少の面倒をよく見た。小さい子がお漏らししたら下着を取り替えてやり後始末をし、職員の手の届かない範囲をカバーした。そんな悦巳を職員はいい子だと褒めてくれたが、それは手伝いへの代価であって個人の能力への評価ではない。

 誰かに評価されたかった。
 認められたかった。
 居場所が欲しかった。
 お前じゃなきゃだめだと言ってほしかった。

 保護者代わりの職員に褒められたくて、あたたかい手で頭をなでてもらいたくて、下心ありきで雑事を手伝ったのは否定しない。
 ダメだクズだと伯母に否定され続けて育った悦巳は大人の承認を渇望し、長所を伸ばす努力をした。
 とりえは明るさと愛嬌だけ、ならいつも笑っていよう、元気なふりをしていよう、ひとに好かれる努力をしよう。
 だからいつだって平気なふりをしていた、平気じゃなくても平気なふりをした、伯母に電話で悪罵され部屋の隅で膝を抱えながら笑う練習をした、ぬきうちで様子を見にくる職員に心配かけないよう素早く涙を拭いて笑顔を作った、そんな無理が綻び始めた、大志が手をさしのべてくれなかったらどうなってたかわからない、あの頃悦巳は体も心も限界ギリギリだった、あそこから連れ出してくれる頼れる誰かの登場を待ち侘びていた、それが大志だった、悦巳は何も考えずただただ夢中でその手にとびついた、溺れるものが漂流物にしがみつくような必死さで大志にしがみついた、電話のベルが聞こえないところへ行きたいと耳を塞ぎ願って縋った、伯母の嫌味が追いかけてこない場所へ、もう誰も憎まず怖がらずにすむように……
 御影はいつも笑っている。
 夜毎訪れる夢の中でもデスクに頬杖つきにたにた笑いながら悦巳を眺めている。
 サディスティックかつ狡猾、ニヒリスティックかつ冷酷な、唇に切り込みを入れたような笑み。
 歪みとよんだほうが似つかわしいその笑みは目にしたものの警戒心を呼び起こす。
 おだてに乗せられた時期があったのは否定できない、すげえじゃんやったな悦巳とはしゃぐ大志に肘でつつかれ嬉しさを噛み締めた時期もあった、御影の世辞を鵜呑みにして詐欺師こそ天職だと思い上がった時期もあった。
 御影の本性を知るまでの話、自分のしてることを真に理解する日までの話だった。


 「おうちまでおくってやるよ、えっちゃん」
 ばれた。
 見つかってしまった。
 革靴が砂利をにじる音が響く。
 逃亡手段を模索する。
 川原の下生えに埋もれた自転車はないか、放置自転車に跨って逃げるのは可能か否か。
 残念ながら路駐された自転車は見当たらない。
 御影の背後には車がとまっている。
 何の変哲もない白のセダン、住宅街にも自然に溶け込む。
 相手は車、悦巳は足。本気で走って逃げても追いつかれてしまうのは予想がつく。
 今ならまだ間に合うんじゃないか、引き返せるんじゃないか?
 危険な誘惑に心がぐらつく。
 本音を言えば今すぐ逃げ出したい、みはなのもとへ引き返したい、誠一のもとへ帰りたい。
 かっこなんかつけるんじゃなかった。
 本当に欲しいものをガマンなんかするんじゃなかった。
 腰が引ける。靴裏と砂利が擦れてざらつく。
 「御影さん……」
 「覚えててくれたのか?嬉しいね。もう忘れちまったのかと思ったぜ」
 忘れるわけがない。忘れられるわけがない。
 忘却を念じても御影の影は網膜に巣を張って悦巳に取り憑き夜毎忌まわしい悪夢を見せる。
 悦巳の肩をぽんと叩き、車の方へと顎をしゃくる。
 「立ち話もなんだし、乗れよ」
 悦巳には弱みがある。
 御影にだけは誠一とみはなの存在を知られちゃいけない、あの人たちをどんなに大切に思ってるか知られちゃいけない、紆余曲折を経て漸く家族としてやり直したあの人たちを俺の身勝手に巻き込んで危険にさらしちゃいけない。
 逃げ帰りたい本音を信念と覚悟でねじ伏せ御影のあとについていく。
 キーを回す。エンジンがかかる。車がゆっくりとスタートする。
 閑静な住宅街を流しながら御影が口を開く。
 「ご無沙汰だな。どこほっつき歩いてたんだ」
 「………そのへんてきとーに……」
 「昼っぱらから川べりをお散歩か?」
 助手席に身を縮こめ、そろえた膝に手をおき、俯く。
 どうしてこの人がここに?
 頭が混乱する。
 手のひらをズボンになすりつけハンドルを握る男を窺う。
 灰汁の強さと知性が同居する風貌は人並み以上に整ってこそいるが、斜に構えた笑い方に隠し切れない胡散臭さが滲む。
 スーツも靴も洒落ており、パッと見芸能プロダクションの社長のような印象。フットワークの軽さと頭脳の切れを武器に世間を渡ってきた人間特有のクレバーな雰囲気をまとい、優雅に車を運転する姿は全然ヤクザらしくない。
 運転手の存在感に食われてすっかり萎縮しきり、ちらちらとその横顔を盗み見、卑しげに捲れた唇の角度と企みの光を孕む目元に根強い抵抗感を抱く。 
 御影に抱く感情の核は忌避と畏怖、そして警戒心。
 細く長い人さし指がハンドルを叩く。
 今だ。
 助手席のドアを蹴り開けて飛び降りろ。
 受け身をとって地面に転がれ。
 「逃げる気か」
 心臓が縮む。
 即座に手を引っ込めた悦巳の方は見ようともせず、狩りに興じるような軽薄な残酷さで警告を飛ばす。
 「やってみろ。轢いてやる」
 容姿も服装も申し分なく洗練されているが、下卑た口調にヤクザな地金が覗く。
 余興でも提案するかのように愉快げな様子から慌てて目を逸らす。
 恣意的な示威ともとれるエキセントリックな言動にいちいちびくついてしまうのは、手段を目的化し拷問を娯楽化する残忍な本性をいやというほど知り抜いてるせいか。
 重苦しい沈黙に窒息し緊張が頂点にピークに達した頃、隣の男が口を開く。
 「大志になんも言わずいなくなったんだろ?薄情だな」
 「なんか言ってました」
 「怒ってたぜ。お前がいなくなった時の慌てよう見せてやりたいぜ、片っ端から心当たりをあたって大騒ぎだ。まるきし女に逃げられた男の行動パターンだ」
 「そっすか……」
 ぼろぼろになって帰って来た悦巳を表向き快く迎え入れた大志だが、親友の身勝手に腹を立てないわけもない。
 落ち込んで肩を落とす悦巳をバックミラー越しに一瞥、含みありげに呟く。
 「仲いいな」
 「腐れ縁っす」
 「もちつもたれつってやつか」
 「一方的に凭れかかってる感じっす……はは」
 「樹海に消えたんじゃねえかって心配した」
 「すいません」
 「無事見つかってなにより」
 聞くなら今だ。
 フロントガラスのむこうを見つめる横顔に声をひそめて問う。
 「尾行してたんですか」  
 「バレバレ?」
 「タイミングよすぎっす」
 「狙ってたんだよ。演出って大事だろ?印象左右するし」
 どう転んでも最悪の印象しか持ちようない。
 「ひさしぶりに遠出したから駆け落ちかとはりきってついてきちまったぜ。思ったよか近場で損した」
 「いつからっすか」
 「帰ってからずっと。気づかなかったのか」
 アパートの前に白のセダンがとまってるのは何度か見かけた。隠そうという意図もなかったのだろう。
 あるいは妙な気を起こさないようわざと姿をちらつかせ牽制していたのか。
 「大志が連絡したんすか」
 「お前が帰って来た夜にな」
 ずっと張り込んでいたのか。
 冷静に考えれば大志が御影に連絡をとらないはずがない。
 「ダチに売られてショックか?」 
 「!んな……、」
 「チクったんだぜ。腹立たねえか」
 「……それは……しかたねっす、あいつは御影さんの舎弟だし……俺と御影さんなら御影さん選ぶだろうし。もうすぐ盃もらえるってはりきってたのに俺が後ろ足で泥かけて逃げたせいで干されたんじゃねえかって、かっこつけだからなんも言わねーけどだったら腹立てんのも当然つーか、今までどおり部屋に置いてもらえるだけでも感謝しなきゃ……迷惑かけっぱなしでいつ愛想尽かされたって文句いえねっす」
 大志は御影に心酔している。
 上に取り次ぐのは舎弟の義務かつ保身の定石、ヤクザ社会の掟だろう。仮に黙っていたとして罰を受けるのは大志、親友に矛先が向くのは悦巳も望まない。
 「相変わらずダチ離れできねーな、えっちゃんは」
 足場固めと引き換えに悦巳を売り渡した―もとい引き渡した行為を裏切りと責める気はさらさらない。その一方いつもどおり馬鹿やりながら尾行の手引きをしていたのかとへこみつつ、ひたむきに親友を庇う甘さを御影がからかう。
 「また逃げられちゃかなわねーし……商売敵に捜索願いだすわけにもいかねーだろ?でもま、そろそろ頃合だろうってことでおむかえにきてやったのさ。ゆっくり話したかったし」
 「………」
 「なんで消えたんだ?」
 「………」
 「失踪の動機は?ダチにも話せねえような事か」
 「その……誰かに話したりとか警察にたれこんだりとかそういう心配してるなら全然ねっすから、こー見えて口固いっすから、御影さんの不利になるような事は何も」
 「誰がんなこと聞いてんだよ?」
 恫喝するようにクラクションを鳴らす。
 バックミラーを射抜く目が神経質に尖る。
 「大体それバラしたら真っ先に逮捕されんのお前だろ」
 「…………カンベンしてください」
 インテリの優男に擬態して巧妙に周囲を欺いているが、落ち着きなくハンドルを叩く指先や苛立たしげに動く爪先が、飼いならせぬ暴力衝動と破壊願望の兆しを炙りだす。
 御影は軽薄だが軽率ではない。
 直接出向いたということはそれだけ事態が差し迫ってるのだろう。
 失踪中の足取りについてどの程度調べがついてるのか、よもや誠一に匿われていたことまで突き止められてまいか、暗澹と思い悩む悦巳におもむろに話題を振る。
 「知ってるかえっちゃん。出会い系サイトの女の子って殆どサクラなんだぜ」
 つられて顔を上げる。
 御影はことさら陽気に言う。
 「女の子のふりしてメールするサクラを雇うんだよ。大抵は若い男だ。結構時給いいんだぜ。下心まるだしのバカなオヤジをおもわせぶりなメールでじらしにじらして釣るだけで何万て貰えるんだ、ぼろい商売だよな」
 バックミラーに映る目元がひそやかに笑う。
 「ところが、長続きするヤツは少数派なんだそうだ。大抵は罪悪感に負けてやめちまう。女のふりしてだますだけで何万円って懐に入るのにもったいねーと思わねえか?それにさ、俺の持論だと……被害者だって騙されたくて騙されてるんだよ」
 「……どういう意味っすか?」
 「言葉どおりの意味さ。出会い系詐欺にひっかかるような連中は皆よろこんで騙されてるんだ。人は皆心の底じゃ騙されたがってる、潜在的な被害者願望をもつ。誰も彼も悲劇のヒーローヒロインになりたがってるのさ。そうすりゃまわりから同情してもらえる、優しくしてもらえる。出会い系に嵌まる男なんて典型だろ。本気で運命の相手をさがしてるヤツがどれ位いる、大半はわかってるのさ、メールをやりとりしてる相手が若くて可愛い女の子じゃなくてむさ苦しい野郎だって。だけど夢を見る。お約束を踏まえた現実逃避。画面の向こうにいるのが缶ビールをちびちび舐めてる野郎でもスナック菓子でべとべと汚れた手でキーを打ってる野郎でも、万が一、ひょっとしたらって期待しちまうのさ。所詮この世はギブアンドテイク、搾取するものと搾取されるもので成り立つ弱肉強食の世界、資本主義万歳。けれども搾取される側が一方的に被害者だと言い切れるか?騙されるのを望んで自分から釣り針に食いつくやつだっているだろ」
 「いねっすよ、そんなひと」
 「いるんだよ」
 残忍に片頬歪める。
 「騙される快感ってのもあるのさ、世の中には」
 腐った芯に愛想のよさを糊塗したような、悪い大人の手本のような信用おけない笑みで断言。

 御影は実益を生む悪徳を推奨する知能犯だ。
 「欲望と絶望はつがいの歯車だ」
 それもまた御影の口癖。
 人間の欲望は半永久的に尽きせぬ資金源で、欲望と絶望はつがいの歯車となって経済を支え世界を回すという認識に基づき、犯罪さえも必要悪と割り切っている。
 酔っ払ったような饒舌さでのたまう御影に反論ひとつ返せず、ぎゅっと手を握る。
 
 「戻ってこいよ。大志も待ってるぜ」
 ハンドルを切りがてらついでのように軽く誘うも、返答次第で態度が豹変するだろうと予想がつく。
 大志が待ってるという言葉に心が動かないといえば嘘になる。
 誠一に追い出された自分に行くあてがあるとしたら、それはもう御影のところしかない。

 既に一度大志の顔を潰してる。
 大人しく戻らなければ親友の立場が悪くなる?

 悦巳は稼ぎ頭だ。利用価値があるうちは手放そうとしないだろう。おそらく身柄を確保した時点で御影に報告がいったのだろう、尾行と監視の継続は逃走を防ぐためか。
 悦巳を取り戻す為なら手段を選ばないと暗にほのめかしこめかみをつつく。
 「卑下すんなよえっちゃん、上手に人を騙すのは立派な才能のひとつだ」
 ひとを不幸にする才能なんて欲しくなかった。
 褒められたところで全然嬉しくない。
 「正直どうしてお前に年寄りがひっかかんのかわかんねーけどな……それは特技だ。向いてるんだよ、この仕事が。適性があるんだ。待遇だってよくしてやる、ボーナスもやる。もどってこい」
 ぽんぽんと好条件を出す。悦巳はのろのろと口を開く。
 「……待遇に不満はねっす。御影さんは十分よくしてくれたっす。それには感謝してます、ほんと……焼肉や焼き鳥おごってくれたし」
 「筆おろしも手伝ってやったろ?」
 冗談半分にからかわれ赤面する。ハンドルを切りながら御影はにやつく。
 十八にもなって童貞なんてかっこ悪ィと大志に尻を叩かれ、御影に引っ張られ風俗店を訪れた赤っ恥が甦る。
 「あん時の子とは連絡とってんのか?」
 「携帯料金支払ってねーし一回ぽっきりで……何言わすんすか破廉恥な!」
 「その年で一人っきゃ知らねえなんて奥手すぎて泣けるね」
 「一人というか……一回っていうか……」
 口の中でごにょごにょと呟く。うぶな反応を笑いつつ、悦巳の膝のあたりにそっと手を這わす。
 「また紹介してやる」
 「風俗はいっすよ」
 「バカ、俺だって堅気の知り合いはいる。どんなのがいい?好みをいってみな」
 「巨乳」
 「了解」
 取り引き成立。
 「待て待て待って、今の取り消し」
 「待ったは聞かねえ」
 「今のはついぽろっと本能に忠実に……ほんといっすから!」
 「心に決めたやつでもいんのかよ」
 反射的に浮かぶ誠一の顔。
 前方に何かを発見した御影が窓を引き下げて顔を突き出す。
 「どうしたんすか?」
 短く口笛を吹く。
 「見な、えっちゃん。大志とターミネーターが殺しあってる」
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